146 昇格戦の相手

 都市対抗野球が一段落すれば、話題の中心はペナントレース終盤戦に移る。

 既に今年も公営1部セパ・私営1部東西の全リーグにおいてマジックナンバーが1桁となっており、優勝決定秒読み段階に入っていた。

 当該チームファンは、当然その瞬間を今か今かと待ち構えている。

 しかし、たとえファンではなくとも無関心ではいられない。

 野球に狂ったこの世界では優勝セールや優勝キャンペーンの規模も前世とは桁違いで、それによる経済効果や株価への影響も甚大だからだ。

 俺も各所の盛り上がりを肌身で感じている。


 ……まあ、毎年のことだけど。


「今年のリーグ優勝は公営1部が大阪トラストレオパルズと兵庫ブルーヴォルテックス、私営1部は静岡ミントアゼリアーズと岡山ローズフェザンツか」


 鈴木家のリビングでスポーツニュースを眺めながら呟く。

 さすがにここからの逆転はないだろう。

 ゲーム差的にも。戦力的にも。

 ソファの隣に座るあーちゃんも「1位はほぼほぼ確定」と頷いている。


「逆にプレーオフ進出の方はまだ分からないな」

「どのリーグも4位がまだ十分可能性があるんだって! 今年は熱いね!」


 逆側から暁が機嫌よさそうに言う。

 そんな彼の手には、ひよこ的な形のお菓子が食べかけの状態で握られている。

 都市対抗野球で訪れた東京のお土産の1つだ。

 前世でよく知るそれそのままの形で普通に売られていた。


 初めて見た時は正直驚いたものだが、それもそのはず。

 このお菓子の歴史は古く、大正元年の誕生。

 前の世界との大きな分岐が起こった第1次世界大戦以前の話だ。

 お菓子も店全く同じ名前で存在していても、おかしなことではない。


 実際、浅草寺の仲見世とかも普通にあるしな。

 空を冠する塔は存在せず、別の電波塔がランドマークになっているけれども。


 それはさて置き。


『現在の順位を振り返りましょう』


 テレビ画面には各リーグの順位表が映し出されていた。

 順位だけを抜粋すると以下の通りだ。


公営1部セレスティアルリーグ

1位 大阪トラストレオパルズ

2位 広島オリエンタルバハムーツ

3位 神奈川ポーラースターズ

4位 東京プレスギガンテス

5位 東京ラクトアトミクス

6位 愛知ゴールデンオルカーズ


公営1部パーマネントリーグ

1位 兵庫ブルーヴォルテックス

2位 千葉オケアノスガルズ

3位 福岡アルジェントヴァルチャーズ

4位 宮城オーラムアステリオス

5位 埼玉セルヴァグレーツ

6位 北海道フレッシュウォリアーズ


私営1部イーストリーグ

1位 静岡ミントアゼリアーズ

2位 札幌ダイヤモンドダスツ

3位 富山ブラックグラウス

4位 横浜ポートドルフィンズ

5位 長野ハイドバックウィーツ

6位 仙台グリーンギース


私営1部ウエストリーグ

1位 岡山ローズフェザンツ

2位 京都フォルクレガシーズ

3位 堺ノーブルオーロックス

4位 熊本ヴァリアントラークス

5位 宮崎サンライトフェニックス

6位 奈良キーンディアーズ


 プレーオフもそうだが、私営リーグは最下位争いも注目の的となっている。

 何せ、最下位になってしまったチームは、下部リーグで優勝したチームとの入れ替え戦(昇格戦)に臨まなければならないのだから当然のことだろう。

 もっとも、1部リーグから降格してしまったチームは少なくとも俺が生まれてからは存在していないのだが……。

 それだけに、プレッシャーも生半可なものではないはずだ。


 村山マダーレッドサフフラワーズがいずれ挑むのは私営1部イーストリーグ。

 ここ数年の成績と現戦力を見た感じだと、今年6位の仙台グリーンギースが2部落ちするチームになってしまう可能性が高い。

 などと言うのは、既定路線ながらさすがに気が早過ぎるか。


 それよりも先に。

 より悲惨な形で降格の憂き目に遭うチームが存在するのだから。


『先日の都市対抗野球を圧倒的な強さで勝ち抜いた注目の村山マダーレッドサフフラワーズと、3部リーグ末席の座を賭けて争うチームも決まりました』


 俺達からすると、企業チームからプロ球団に成り上がるための最後の関門。

 目前に迫る3部リーグへの昇格戦の相手。

 言ってしまえば、踏み台にしていく存在だ。

 だからこそ等閑なおざりにはすべきではない。

 心に留めておかなければ。


「……山形県にとっては不幸中の幸いか」


 佳境を迎えつつあるペナントレース。

 その陰で2部リーグ、3部リーグの後期日程も既に9割方消化されている。

 そして3部リーグでは、少なくとも1位と最下位は確定していた。

 つまり、俺達がどの球場でどこのチームと戦うかまで既に分かっている状況だ。


『私営3部イーストリーグ最下位に決まったのは山形マンダリンダックス。奇しくも同じ山形県のチームが昇格戦の相手となりました』

「アマチュア降格待ったなし」


 アナウンサーの発言を受け、淡々と無慈悲に告げるあーちゃん。

 ちょっと可哀想だが、事実は残酷な響きを持つものだ。


 くだんの山形マンダリンダックス。

 この山形県が誇る(3部)プロ野球球団は数年前、エースと4番がFAで2部リーグに移籍して以降、万年最下位という悲惨な状況に陥っていた。

 それでも何とか入れ替え戦では勝利を拾い続け、崖っぷちの状況ながら今日まで3部リーグを維持してきたしぶといチームでもある。


 しかし、その粘りも今回ばかりは通用しない。

 相手が村山マダーレッドサフフラワーズでは、プロ野球球団から一般企業チームに転落してしまうことが確定的だ。

 まあ、危うい状況でフラフラしている地元チームの入れ替え戦の相手が同じ山形県内のチームであることは、県や県民にとってはせめてもの慰めになるだろう。

 山形マンダリンダックスにとっては死活問題だが。


「お兄ちゃん?」


 と、暁が俺の顔を見て首を傾げる。

 どうやら複雑な気持ちが表に出てしまっていたらしい。


「何でもないよ」


 そんな彼に、意識して和らげた表情を向けて誤魔化す。

 10歳に満たない子供に心配させる訳にはいかない。


「しゅー君」

「うん。分かってる。大丈夫」


 そっと俺の手を握ってきたあーちゃんにも微笑んで頷く。

 この温もりもずっと変わらない。

 だから、本当に大丈夫だ。


 3部リーグのプロと企業チームとでは待遇面で天と地程の差がある。

 選手、スタッフ、関係者。その家族。

 相当な人数の人生が降格によって一気に変わってしまうだろう。

 俺達のようなイレギュラーに薙ぎ倒されて将来の夢や希望を粉砕されてしまった子達と比較するのもどうかとは思うが、実生活への影響は比ではないはずだ。


 3部リーグながらも元プロ野球選手。

 堅実に行動してさえいれば、いきなり路頭に迷うようなことはないだろう。

 しかし、いきなり生活水準を下げるのは結構難しいものだ。

 過去の栄光に縋った結果、崩壊してしまう家庭もあるかもしれない。

 その引き金を俺が引く訳だ。


「100人の夢を打ち砕いたなら1000人に夢を見せられる人間になればいい」

「懐かしい。美海ちゃんの言葉だな」


 ドヤ顔で言ってやった感を出しながらその台詞を口にしていた当時の彼女の姿も一緒に思い出し、自然と頬が緩む。

 あーちゃんもニヤリとしている。

 今度美海ちゃんと会った時に話題に出して弄るつもりだな。これは。


「暁はお兄ちゃんやわたしがプロ野球選手になったら嬉しい?」

「もちろん嬉しい! 僕もお兄ちゃんみたいになりたい!」

「…………暁? わたしは?」

「お姉ちゃんは地味だから別に」


 弟の言葉にショックを受けたように固まるあーちゃん。

 子供の残酷さよ……。

 まあ、あーちゃんの活躍のヤバさはもう少し大人にならないと分からないか。

 同い年だと女子の方が体格がいいぐらいの時期だろうしな。


 それはともかく。


「暁、応援してくれるか?」

「うん!」

「そっか。じゃあ、頑張らないとな」


 100人の夢を打ち砕くなら1000人に夢を見せる。

 暁のように俺に夢を見てくれる子を増やしていくこと。

 それこそが、俺にできる最大の責任の取り方なのだろう。

 ちゃんと分かっている。

 覚悟もできている。


「と言うか、そもそも曲がりなりにもプロ野球選手だったんだから、自分達を鍛え直してまた3部リーグに上がってくればいい」


 簡単に言い放つあーちゃんだが、まあ、正論でもある。

 選手個人にしても、実力が十分なら別のチームに入団することだって可能だ。

 スタッフにしてもそう。

 村山マダーレッドサフフラワーズが昇格したら、プロ野球球団として最低限の体裁を色々と整えていかなくてはならなくなる。

 少なくとも来シーズンの開幕までには。

 実務経験と実力があって浮いた人材がいれば、拾い上げることになるはずだ。


「わたし達は自分が持つもの全てを駆使して、ひたすら突き進んでいけばいい。懸命に生きていればいい」

「そうだな。ずっと一緒に、な」

「ん」


 我が意を得たりと満足そうなあーちゃんと微笑み合う。

 迷うことなく、真っ直ぐに。

 立ち塞がるもの全てを薙ぎ倒し、まずは日本の頂点に立とう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る