134 第30回WBWとレジェンドの寂寥

 3月のその日。日本はかつてない程の挫折を味わうこととなった。

 何故なら、4年振りに開催された世界的最重要イベント。

 第30回世界野球大戦。その決勝トーナメントの初戦にて。

 くじ運悪く、またしてもアメリカ代表と当たってしまった日本代表は、シャレにならないレベルの大敗を喫してしまったからだ。


 まず初回に投手陣が滅多打ちにされ、打者して1回27失点。

 これは何とWBW記録にして世界記録。

 初っ端から悪い意味で歴史に名を刻んでしまったのみならず、更に悪夢は続く。

 投手はビックイニングを何度も献上。

 打者は15者連続三振。8回までノーヒット。

 相手は5回の時点で控えメンバーに総入れ替えし、7回からは野手に登板させるなどという舐めプをかましてくる始末。

 挙句、最終的なスコアは2-52という見るも無残なもの。

 既に50点もの大差をつけられておきながら、その点差以上の力の差があることを国民全員が分からされてしまった。


 尚、この2点は当代日本一のバッター、海峰永徳選手のホームランによるもの。

 初回で負け確になったことで特殊スキルやマイナススキルのデバフ効果が作用せず、かつ【焼け石に水】で能力が上がったおかげで打つことができたのだろう。

 ただし、これは9回の出来事なので相手ピッチャーは野手。本職ではない。

 それでも一矢報いた唯一の選手という形で、大衆からの評価は微増した様子。

 正直、俺としては余計なことをしてくれやがったなという思いだった。


 それはさて置き。

 この有様を目の当たりにした日本国民は、大きなショックを受けてしまった。

 まあ、当然だろう。

 今までだって大人と子供ぐらいの差はあった。

 しかし、今回はあの陰謀論的な暴露を受けて、打倒アメリカの機運が僅かながら盛り上がっていたところだった。

 少しでも食らいつこうと、かつてなく選手のモチベーションも高かった。

 にもかかわらず、今まで以上の絶対的な力の差を見せつけられてしまった。

 曲がりなりにも正面から立ち向かおうとしていただけに尚のこと、壁にぶち当たったダメージが大きくなってしまったようだ。


 もっとも。悲惨な結果に終わったのは何も日本だけの話ではない。

 アメリカ代表と当たった国は一様に、目も当てられないスコアで負けている。

 だから敗北の傷が和らぐという話ではないけどな。

 アメリカ以外全部沈没、みたいな状態なのは事実として伝えておきたい。


「……尋常じゃない強さ」


 と、ソファに俺と並んで座っていたあーちゃんが思わずといった様子で呟く。

 練習終わりに立ち寄った鈴木家。

 そのリビングの大型テレビには、WBWのダイジェストが映し出されている。

 日本の決定的な敗北から2週間。

 WBWの全日程が終わって組まれた特別番組だ。


『若返りを果たし、驚異的な成績を収めたアメリカ代表。その強さの秘密は――』


 言わずもがなだが、第30回WBWの優勝国はアメリカだった。

 それ自体は今までと何も変わらない。

 しかし、決定的な違いが今回にはあった。

 それはアメリカ代表がほぼ全員、弱冠20歳の選手で構成されていたことだ。

 スタメンは全員。ピッチャーも控え選手も、ほとんどがそうだった。

 それがまた、各国の敗北感を強めていた。


 だが、俺からすると当然の結果でしかなかった。

 何故なら、彼らは前世のレジェンドの魂を宿した者達。

 今生でも既に大リーグにて記録的な成績を残している選手達なのだから。


「あれが、今後10年以上日本の前に立ち塞がるのか……」


 別のソファに座ってテレビ画面に目を向けていた明彦氏が呻くように言う。

 それは日本の、いや、アメリカを除いた世界の総意に違いない。

 弱冠20歳の選手が大部分を占めながら史上最強の呼び声高いアメリカ代表。

 今回代表に選出された選手達は次回も、次々回も、そのまた先も健在だろう。

 他の国にとっては絶望的な事実だ。

 折角次回から開催間隔が2年になり、戦いを挑む機会が増えても勝ち目がない。

 そんな風に考えてしまってもおかしくはない。


『WBW優勝の感想は如何ですか?』


 テレビの画面が試合のハイライトから切り替わる。

 これは……アメリカ代表の優勝記者会見の時の映像だな。


『義務を果たすことができ、大変嬉しく思います』


 記者の質問に答えたのは、チームキャプテンのバンビーノ・G・ビート選手。

【特殊生得スキル】【野球の神様】を持つ総合力最強の選手だ。

 打者能力のみならず、投手能力にも優れており、いざとなればピッチャーとしても十二分に活躍することができるステータスを持つ。

 野球というスポーツを1から10まで極めるために生まれてきた。

 そんな風に言っても過言ではない選手だ。


『印象に残ったチーム、あるいは選手はいますか?』

『そうですね。メキシコのエドアルド・ルイス選手は見所がありましたね。16歳でありながら、まさかサイクロンからマルチヒットを打つとは思いませんでした』


 メキシコのエドアルド・ルイス・ロペス・ガルシア。

 俺と同じく前世の記憶を持つ転生者の1人と思われる存在。

 二刀流として突出した活躍を見せていた男だ。


 彼を擁するメキシコ代表は、決勝トーナメント2回戦でアメリカと当たった。

 その試合で大リーグ歴代最強右腕と謳われるサイクロン・D・ファクト選手からヒットと2ベースヒットを打ち、エドアルド・ルイスは一層名を上げていた。

 尚、アメリカ戦では投手として登板はしていない。

 彼が投げたのは1回戦だ。

 アメリカ戦は捨てて初戦を確実に勝とうという監督の采配だろう。


『印象に残ったチームの方は如何でしょうか?』

『それは……まあ、その……』


 折角スルーしたのに再度記者に質問されてしまったバンビーノ選手は、エドアルド・ルイスへの称賛とは打って変わって言い淀んでしまう。


『……どの国も、懸命だったと思います』


 そして口から発せられたのは、何とか絞り出したというような言葉だった。

 その様子こそが何よりも雄弁に彼の本音を語っている。

 チームとして印象に残ったところなど1つとして存在しない、と。


 それを傲慢と捉える人もいるだろう。

 しかし、俺はそうした印象を抱かなかった。

 何故なら――。


「……何だか、少し寂しそうなんだよな」

「しゅー君?」

「ああ、いや、何でもないよ」


 首を傾げながら見上げてくるあーちゃんに苦笑気味に告げ、画面に視線を戻す。

 既にこの優勝記者会見は何度かテレビで放送されている。

 質疑応答の内容は耳にタコなので主に選手達の表情を観察しているのだが、この質問に対しては答え辛い気持ちと共に寂寥のようなものが感じられた。

 改めて試合中の彼らを思い返してみてもそう。

 どこか寂しげに、淡々と仕事をこなしているような印象が強かった。

 会見の続きを見て、その感覚は正しいと俺は考えていた。


『今思うことは?』

『一刻も早くレギュラーシーズンを迎えたい、というところでしょうか』

『と言いますと?』

『ここにいる最高のメンバーと真剣勝負できるのは、国内だけですからね』


 バンビーノ選手の言葉に、苦笑し合う彼のチームメイト達。

 皆、同じ意見であることが見て取れる。


『次の対戦では三振に切って取ってやるよ、バンビーノ』


 その中の1人。

 ジャイアント・R・クレジット選手が挑発的に言う。


『そうはいかないさ。また返り討ちだ』


 対して、ニヤリと笑みを浮かべながら応じるバンビーノ選手。

 先程までの陰がある雰囲気は消え去り、楽しげにじゃれ合っている。

 まるで、ここにいる者だけが真のライバルだとでも言うように。


 しかし、事実として。

 彼らにとって脅威となり得る存在は彼ら自身以外にいないのだ。

 レベルの劣るWBWに見切りをつけてしまっても仕方がない。


 レジェンドの魂を持ち、【特殊生得スキル】によって隔絶した能力を持つ彼ら。

 その半面、俺達のように前世の記憶を持って生まれてはいない。

 割り切ってしまうには精神的に若く、挑戦という刺激を求めているのだろう。

 ある意味、野球に対してストイックに向き合っていると言えなくもない。

 それ故に、互いに高め合えるレギュラーシーズンに重きを置いているのだ。


 彼らのWBWに対するスタンスは、恵まれた者の倦怠に近い。

 比べるのも失礼だろうが、極限まで鍛え上げたキャラで無双している時にふと抱く虚しさに少しだけ似ているのかもしれない。

 僅か1回の出場でそうなってしまったのは、正直同情に値すると思う。


『いずれにしても、次のWBWではメキシコのエドアルド・ルイス選手のような存在が多く現れてくれることを期待しています』


 個人対個人だけではなく、チーム対チームでもハイレベルな勝負がしたい。

 国際試合でも己の実力を限界以上に発揮できるような機会が欲しい。

 まだ見ぬ強敵にチャレンジしたい。

 質疑応答の締め括り方からも、彼らのそうした思いが透けて見える。


 野球狂神のコレクションとして連れてこられた魂。

 境遇として近い部分もあるだけに、彼らにはちょっとした親近感がある。

 まあ、前世の功績を思えば見の程知らずにも程があるけれども。

 それでも本人の与り知らぬところでチートキャラと化してしまった彼らが、僅かなりとも空虚さを感じてしまうのは可哀想だ。


 しかし、その倦怠は必ず晴れる。

 何せ、計画では次の次の大会ぐらいに俺も参戦するつもりでいるからな。

 だから、その時まで待っていて欲しい。

 俺は画面越しにそう思った。

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