131 企業チーム始動
翌年1月の上旬。
村山マダーレッドサフフラワーズは予定通りクラブチームから企業チームに移行しており、今日は現体制となって初めて練習が行われる日だ。
場所は県内のそれなりに大きい屋根付きの野球練習場。
この時期、よくレンタルしている球場型の練習場は雪で使えないことが多い。
屋外スポーツにおける雪国デバフの1つだな。
今日も外は雪が降っていて、道路はすり鉢状で端の方はツルッツルだ。
消雪道路と除雪車の負のコラボレーションでかなりの悪路だったが、企業チーム化してから最初の練習だからか明彦氏を始めとした経営陣も視察に来ている。
少ないながら記者の姿もあった。
恐らくローカル野球雑誌のライターだろう。
普段はないギャラリーの姿もあり、グラウンドの空気は若干ピリついていた。
そんな中で、尾高コーチが選手達の前に出て口を開く。
「――本日より、正式にこのチームの監督として就任することとなりました尾高権蔵です。改めてよろしくお願いいたします」
丁寧な口調で挨拶をして一礼する尾高コーチ、もとい尾高監督。
元々コーチとは言いながらも試合では監督の仕事もこなしていた彼だったが、企業チームとして始動するにあたって名実共にその立場につくことになっていた。
ちなみに、以前はチームキャプテンが監督を兼任していたらしい。
いわゆる選手兼監督だな。
弱小クラブチームだと割とよく見られる形だと聞いたことがある。
しかし、企業チームとなったからにはチーム作りにも明確な結果が求められる。
その辺りの責任を、招聘された指導者である尾高監督が一手に背負った形だ。
以前よりもシビアにチーム成績を見られることになるだろう。
「クラブチームから企業チームへと変わり、皆さんは野球でお金を貰う立場となりました。その一点においては、プロとそう大きく変わりません」
俺達を見回しながら、尾高監督はそう言い聞かせるように告げる。
勿論、金額や待遇に関しては天と地程の差がある。
しかし、野球をやって日銭を稼ぐと考えれば構造的には近いところがある。
金銭が発生すれば、その分だけ責任が生じる。
それが世の常だ。
逆に、責任を持って仕事して欲しければ相応の対価を支払うべきということでもあるが……まあ、これは余談だな。
尾高監督の話は続く。
「我々は何度か全国大会への出場を果たしていますが、上位に勝ち進むことはできていません。昨年末の大会でも2回戦敗退という結果に終わりました」
昨年末の大会とは、社会人野球日本選手権大会のことだ。
社会人野球の2大大会として、都市対抗野球大会と並び称されている。
この世界における都市対抗野球が9月開催となっていることに合わせて、こちらも前世とは開催時期がズレており、12月下旬に決勝戦が行われる。
年末の一大イベントとして、かなりの盛り上がりを見せるらしい。
ただし、こちらの大会はプロとの入れ替え戦には直接繋がらない。
一応、優勝チームには都市対抗野球の本戦に特別枠で出場することができる権利が与えられるなどの特典はあるけどな。
また、丁度他に野球が行われていないタイミングであるだけに世間の注目を集めやすく、企業としての広告効果も非常に高いようだ。
そんな社会人野球日本選手権大会の決勝トーナメントで2回戦敗退。
クラブチームとしては快挙もいいところだが……。
「企業チームとなった以上、それ以上の結果が求められます。頭打ちの現状を打破することが、我々の責務となります」
現状を維持するだけならクラブチームのままでいい。
むしろクラブチームとして都市対抗野球などの社会人野球の大会で全国に行けるなら、宣伝の意味でもコストパフォーマンスは相当よかったはず。
それを、わざわざ予算を組んでまで企業チーム化したのだ。
最低でも、今まで以上の利益を得られなければ失敗の烙印を押されてしまう。
そうなると、チーム解散の憂き目に遭う可能性すらある。
何せ、単純にクラブチームに戻ればいいという話では既になくなってるからな。
練習も業務の一環の企業チーム。
そうなったことで、選手達が一般社員として以前フルタイムで行っていた仕事の大半は別の誰かに割り振られている。
費用対効果が不十分ともなれば、人員整理も十分あり得る話だ。
選手個人としても結果に拘っていかなければならない。
お金を貰って野球をするとはそういうこと。
尾高監督はその重さを伝えようとしているのだろう。
「覚悟を持って、日々の練習に臨んでいきましょう」
「「「はいっ!」」」「「「うっす!」」」
……まあ、実際は無用のプレッシャーだけどな。
俺達が正式に加入した以上、チームの躍進は約束されているのだから。
客観的な事実として。
とは言え、これで練習に身が入るなら、余計なことを言うべきではないだろう。
「それと、本日から新たに2人の仲間が加わります」
尾高監督に視線で促され、俺は1つ頷いてから皆の前に出た。
あーちゃんも俺の少し後からついてきて、すぐ隣に収まる。
「野村秀治郎です。ポジションはどこでもやれますが、ピッチャーとキャッチャーがメインです。目標はこのチームを3部リーグに昇格させることです」
「……鈴木茜。ポジションはしゅー君専用のキャッチャー。しゅー君がピッチャーじゃない時は……セカンドとかショートとか」
そこで言葉を終わらせてしまう彼女に「あーちゃん」と小声で呼びかける。
「……をやってました」
手の甲にも軽く触れて促すと、あーちゃんは申し訳程度に丁寧語をつけ足した。
思わず苦笑してしまう。
彼女らしいと言えば彼女らしい態度ではある。
しかし、俺達はまだ未成年ではあるものの、もう社会人でもあるのだ。
相応の言動を心がけなければならない。
その辺り、一緒に改めていかないといけないな。
まあ、明彦氏のコネで練習に参加していたので、チーム全員顔見知りだ。
「お嬢さんは相変わらずだな」という空気が流れている。
徐々に矯正していく分には悪くない環境だろう。
何にせよ、俺達の挨拶は一先ず終わり。
2人で選手側に戻っていき、尾高監督へと向き直る。
それを待ってから彼は再び口を開いた。
「企業チーム化に伴い、レギュラーは一旦白紙になります。能力、適性、戦力バランス、日程を考慮に入れ、トーナメントを勝ち抜けるように決めていく予定です」
告げられた内容に、僅かに弛緩した空気が再び引き締まる。
目立った活躍ができれば、手当も出る契約だからな。
しかし、それは試合に出てこそだ。
レギュラー奪取への意欲は、以前よりも高くなっているだろう。
「場合によっては、守備位置のコンバートをお願いすることもあると思います」
これについても特に異論は出ない。
特定の守備位置で常に第一線で活躍してきたならともかく、ここにいるのは残念ながらプロにも強豪の社会人チームにも呼ばれなかった者達だ。
試合に出ることができるのであれば、拘るつもりはないのだろう。
何より、俺が適性を見て守備位置を変更したことでパフォーマンスが飛躍的に向上した選手がチーム内にも何人かいるからな。
それを実際に目の当たりにして、1つの守備位置に固執する選手はいまい。
「それと、新垣君には選手兼コーチという形で指導も行っていただきます」
こちらには僅かなどよめきが起こる。
彼がレギュラーになる目は実質的になくなったと示されたようなものだ。
村山マダーレッドサフフラワーズの正捕手だった新垣九朗選手。
俺が正式加入したことで、その座を追われた形だ
今後は控え捕手兼コーチとしてチームに残り、ブルペンキャッチャーと尾高監督の補佐をするのがメインになるだろう。
とは言え、3部リーグに昇格しさえすれば選手としてのキャリアだけでなく、企業チームをプロ野球球団へと導いたコーチという実績も加わることになる。
同情でレギュラーを譲るなど論外なので、俺としてはそういう形で報いたい。
「当面の目標は都市対抗野球ベスト4です。皆さん、頑張っていきましょう」
尾高監督はそう締め括り、練習が始まる。
企業チーム村山マダーレッドサフフラワーズ、活動開始だな。
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