125 悪いことは重なる?

 校内放送で呼び出しを受けたのは俺だけなので1人で来たつもりだったが、すぐ後ろには当たり前の顔であーちゃんもついてきていた。

 別に咎めるようなことでもないので、そのまま目的地である職員室の前へ。

 軽くノックをしてから引き戸を開ける。


「失礼します。1年D組野村秀治郎です。放送で呼び出しを受けて参りました」


 定型文で淡々と挨拶し、それから1人で中に入る。

 さすがのあーちゃんも職員室までは一緒についてこようとはしなかった。

 どうやら廊下で待っているつもりのようだ。

 ……ずっと待たせるのも悪い。早く用件を済ませよう。


 放送では特に指定がなかったが、一先ず担任の教師のところに行けばいいはず。

 机の場所は分かっているので、早速そちらに行くことにする。

 そう思って席に視線を向けると、担任の教師が足早にこちらに近づいてきた。

 その様子を見る限り、どうやら緊急の用件らしい。


「先生、何かありましたか?」

「……野村君、落ち着いて聞いて下さい」

「はあ」


 返答は要領を得ず、思わず首を傾げてしまう。

 その前振りはハッキリ言って悪い話としか思えないが、心当たりはない。

 一体何事だろうか。


「実は、お父様が職場で倒れられたそうです」

「は、はあっ!?」


 思いも寄らぬ内容を告げられ、つい声が大きくなってしまう。

 言葉の意味は認識したが、受け入れがたい。


「……え? 嘘じゃなく?」

「そんな趣味の悪い嘘は吐きません」


 それはそうだろうが、急な話過ぎて現実味が乏しい。

 思考がまとまらない。

 心臓が異様に大きな音を立て始めている。


 前世での両親は、少なくともあの終末の時までは健康だった。

 祖父母は亡くなっているが、ある程度は心の準備ができる形だった。

 こんな状況は全く経験がない。

 人生2度目の転生者ではあるものの、動揺せずにはいられない。


「と、父さんが倒れるなんて、どうして?」

「脳卒中とのことです」

「の、脳卒中……父さんは、その、無事なんですか?」

「症状の重さまでは分かりません。少なくとも連絡があった段階では、意識は戻っていなかったようですが」


 もっと詳細な情報をくれ、と詰め寄りたくなる。

 しかし、恐らく母さんから連絡を受けただけの先生が知っているはずもない。

 そうなると、ここにいても仕方がない。


「とにかく。迎えが来るそうなので、病院に向かって下さい」

「分かりました! 失礼します!」


 頭を下げながら口早に挨拶し、慌てて職員室を出る。

 そのまま鞄を取りに教室へと速足で戻り、俺は校門へと向かった。

 当然のようにあーちゃんも一緒だ。

 しかし、彼女は何も聞かない。

【以心伝心】で俺がかつてなく焦っていることも筒抜けだったからだろう。


 俺としても、彼女に問われても落ち着いて説明できるだけの心の余裕はない。

 実際、帰る準備をしていた時に美海ちゃんが一体どうしたのか心配して尋ねてきていたが、うまく答えることができなかった。

 今は、ただ黙ってつき添ってくれるあーちゃんの存在がありがたい。

 ……けど、落ち着いたら美海ちゃんには謝らないといけないだろう。


 何はさて置き。急いで校門から出る。

 すると――。


「秀治郎君。こっち」


 加奈さんが待ち構えていて、手招きしながら俺を呼んだ。

 どうやら母さんから連絡を貰い、迎えに来てくれたようだ。

 非常時とは言え、また迷惑をかけてしまった。

 申し訳ない。


「すみません。来て貰って」

「いいのよ。早く乗って」

「ありがとうございます」


 感謝を口にしながら、あーちゃんと共に後部座席に乗り込む。


「お母さん、何があったの?」


 そこでようやく彼女は状況の説明を求めた。

 俺ではなく加奈さんに。

 あーちゃんなりの配慮が見て取れる。


「実は――」


 対して加奈さんは車を発進させながら、職員室で俺が担任の教師から告げられたのと同じ程度の情報をあーちゃんに伝えた。


「お義父さんが……しゅー君……」


 それを聞いて、俺の焦り具合に合点がいったようだ。

 あーちゃんは俺の手を取って心配そうに見上げてくる。

 そんな彼女の姿に、ほんの少しだけ心が落ち着く。

 今1番不安なのは母さんだろう。

 俺はもっと冷静にならなければ。

 そのために、触れ合った手を強く意識しながら深呼吸する。


 両親が35歳を過ぎた頃に生まれた俺がもう16歳。

 転生してからそれだけの時間が経ち、両親ももう50過ぎ。

 人生の折り返しはとうに過ぎている。

 2人共、大分体にガタが来ているのは間違いないだろう。

 病に倒れても不思議ではない年齢になってきている。


「脳卒中……か」


 最悪の状況と不幸中の幸いぐらいの状況をまず頭の中で想定する。

 対処が早く、杞憂に終わってくれればそれが1番なのだが……。

 だとしても、やはり早々に時計の針は進めてしまうべきだろう。

 それこそ世界だって与り知らぬところで滅びに瀕していることもあるのだ。

 明日無事な保証なんてどこにもない。


――ピロン!


 と、格安スマホが通知音を鳴らす。

 見ると、母さんからのSMSの連絡だった。


「お義母さんから?」

「ああ」


 隣にいるあーちゃんにも見えるようにメッセージを開く。


「秀治郎君。お母さんは何て?」

「今、手術が終わって集中治療室に移ったそうです」

「意識は……」

「まだ戻っていないようです」


 焦燥が全身を苛むが、それを意識的に抑え込むためにあーちゃんの手を握る。

 握り返される。

 それからの道中、彼女の温もりを頼りに心を落ち着けることだけに集中した。

 そして病院に到着してすぐに両親がいる集中治療室に向かう。


「母さん、父さんは?」

「まだ、意識は戻っていません」


 子供の手前毅然としているが、表情は憔悴している。

 より一層、俺がしっかりしなければと思う。


「倒れた時1人作業をしていて、発見が少し遅れてしまったようです。一先ず命の危機は脱したようですが、意識が戻っても後遺症があるかもしれません」


 脳卒中で後遺症が出るボーダーは、発症から3時間と聞く。

 3時間以内に治療を施すことができないと脳細胞が元に戻らず、後遺症が現れる可能性が極めて高くなってしまうのだ。

 恐らく、父さんはその境界ぐらいのタイミングで搬送されてきたのだろう。

 発見がもっと早ければ、とも思ってしまうが、今更詮のないことだ。


「今は、容態を見守りましょう」


 母さんの言葉に頷く。

 とにかく、これからのことを考えておかなければ。

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