124 イライラ
どうやら、正樹の怪我は野球界では結構な大事として扱われているらしい。
ネット回線が脆弱で情報収集ができていないので、今一実感が湧かないが……。
あーちゃんが俺の代わりに調べてくれたところによると、まず東京プレスギガンテスジュニアユース公式からのプレスリリースがあった。
それに伴い、いくつかのネット記事も出たそうだ。
更に関連のまとめスレが立ったり、何故か現日本一のバッターである海峰永徳選手にコメントを貰いに行った記者までいたりしたとか何とか。
前世とはまるで比べものにならない注目度だ。
ただでさえ、野球関連の出来事が関心を集め易いこの世界。
そこへ来て高校生、それも甲子園に出場した将来有望な選手の怪我ともなると輪をかけて話題性が高くなってしまうようだった。
旧とは言え神童とまで呼ばれた選手でもあるし、さもありなんというところか。
……にしても、怪我をしただけに留まらず、こんな風に周りが騒がしくなって。
下手に知名度があるのもよし悪しだな。全く。
有名税と言ってしまえばそれまでだが、さすがに正樹が不憫に感じる。
いくら注目選手だからと言っても彼はまだ16歳の青少年なのだから、そっとしておいて上げて欲しいものだ。
この野球に狂った世界では難しいのかもしれないが。
「……ねえ、この海峰って選手、いっぺん怪我でもした方がいいんじゃないの?」
昼休み。
あーちゃんが整理してくれた情報を見て、美海ちゃんがイラついた様子で言う。
「まあまあ。そういうことは思ってても口にはしない方がいいよ」
正直、気持ちは分からないでもないけれども。
とは言え、アレでも日本一の選手だ。
だからなのか、大手メディアからは相当忖度されている感じがある。
少なくともテレビでしか情報を追っていなければ、ビッグマウス系ではあるもののトップに相応しい数字は残している超一流の選手という印象になるだろう。
実際、俺も以前はそこまで悪感情を持っていなかった。
ステータスを詳細まで見ちゃうと、対アメリカ戦の構想に入らないってだけで。
それはともかくとして。
テレビで発表される好感度調査では、かなり高い位置につけている事実がある。
下手なことを口にすると、余計な火の粉が降りかかってしまうかもしれない。
突出した成績だけを理由に熱心なファンをやってる人も結構いるみたいだしな。
まあ、他の選手を叩くための棒として使ってる場合も多く、それをファンと呼んでいいかは少々怪しいところがあるけれども。
「でも、酷いわよ。こいつのエピソード」
「まあ、それは俺も同意するけどさ」
テレビ上で作られたイメージとは裏腹に。
ネットの海には彼の屑エピソードが腐る程転がっているのもまた事実ではある。
やれ態度が悪いとか。
やれ後輩へのパワハラが激しいとか。
やれ女遊びが酷いとか。
特に最後は、調べてくれたあーちゃんに申し訳なくなるレベルだった。
いわゆる過激なプレイがお好みらしい。
……あーちゃんには後で何か埋め合わせをした方がいいかもしれない。
「あの発言も酷いわ。さすがに正樹君が可哀想になったもの」
ヒートアップ気味に美海ちゃんが言う。
正樹の怪我についてコメントを求められた海峰永徳選手は、怪我をするような奴は才能がない、みたいなことを口にしたらしい。
過激にも程がある。
「まだ22歳の若手の癖によく言えたもの」
美海ちゃんに同意するように頷きつつ、あーちゃんが吐き捨てる。
大分珍しい姿だ。
不愉快な気持ちがスキルを通さずとも伝わってくる。
事実、海峰選手のプロ野球選手としてのキャリアはまだまだ序の口。
うまくやっていくことができれば、これから10年以上のプロ野球生活が待つ。
その中で怪我や病気をせずに済む保証などどこにもない。
それでも尚、わざわざそんなことを口にするからには……。
「もしかしたら遺伝子診断を含めて色々な検査を受けて、怪我や病気の心配は少ないって診断されてるのかもしれないな」
1つ確かなのは、海峰選手は怪我率軽減のスキルを所持しているということ。
まあ、それこそがハードなトレーニングで壊れなかった理由なのか、壊れなかった結果として取得できたものなのかは分からないけれども。
いずれにせよ、今日まで怪我せずに来たことだけは間違いない。
「……無事是名馬とはよく言うけど、何だか違和感があるのよね」
「まあ、海峰選手の発言は無事是名馬って言うよりは、駿馬を死ぬ程酷使したけど潰れなかったから名馬って感じだからな。乱暴と言うか、冷徹な感じだ」
育成ゲームでたとえると怪我率が割と高くても普通に練習させて、もし本当に怪我してしまったら即リセットするようなプレイスタイルだろう。
最も上振れするやり方なのは間違いないが、うまく行った選手の足元に一体何人の屍が転がっているか分かったものじゃない。
それこそたった1チームの人数を確保するのだって至難の業だろう。
ゲームでは怪我率がゼロでなければ練習もさせなかった俺とは正反対だ。
まあ、現実に怪我率ゼロは不可能なので、ある程度は妥協しているけれども。
それでも細心の注意は払っているつもりだ。
「ともかく、海峰選手なんて今はまだ遠い世界の存在だ。そのコメントを一々気にしたってしょうがないさ」
とは言え、後で昇二にも正樹にフォローを入れるように伝えておこう。
影響力は確かにあるからな。
耳に入れば意識してしまうかもしれない。
それでも。
正樹には外野など気にせず、治療に専念するように自分を律して欲しいものだ。
「……そんなことよりも、わたしはあんなのが日本一なんて評価されてるのが許せない。しゅー君の足元にも及ばない程度の能力しかない癖に」
と、あーちゃんは何やら全く別のところでも腹を立てている様子を見せる。
実際に実力差を把握できている訳ではないはずだ。
しかし、俺が彼をある意味で軽んじている気持ちが【以心伝心】によって伝わってしまっているのかもしれない。
ちょっとズレているあーちゃんに苦笑しつつ、軽く彼女の手に触れて宥める。
「まあ、そこは後4年ぐらいの辛抱だから」
「……ん」
俺の言葉に渋々といった様子で頷くあーちゃん。
4年は長い。けど、終わりが見えているのなら許容できなくもない。
そんなところか。
「……秀治郎君。それってつまり、秀治郎君の頭の中では後4年でアイツを押し退けて日本一の選手になる具体的なプランがあるってこと?」
俺達の短い会話からそう解釈したようで、美海ちゃんが尋ねてくる。
まあ、そうとしか言いようのない発言だよな。
確信を得たからか、彼女は俺の目をジッと見詰めて質問の答えを促してくる。
「まあ、そんなところ、かな」
「私や未来、大松君をメインで活躍させながら?」
「勿論」
即答。
虚をつかれたように、美海ちゃんが一瞬言葉に詰まる。
「……でも、それで1部リーグのチームにドラフト指名されることができるの?」
「難しいと思う。けど、美海ちゃん、ドラフトだけがプロへの道じゃないよ」
「2部とか3部のスカウトのこと言ってる? それって大分遠回りよ?」
首を横に振って否定する。
そのルートだと後4年では無理だ。
「じゃあ、どうするのよ」
美海ちゃんはそれ以外のルートは想像できないようだ。
訝しげな顔を向けてくる。
俺の選択は彼女にも影響が出なくもない
そんな内容だ。
そう考えると少し根回しと言うか、先触れしておくべきかもしれない。
「いや、実は」
「実は?」
「来年になったら野球部を――」
――ピンポンパンポーン!
と、放送を予告する音が鳴り、俺は言葉を途中でとめてスピーカーの方を見た。
アナウンスが始まる。
『1年D組野村秀治郎君、今すぐ職員室に来て下さい。繰り返します。1年D組野村秀治郎君、今すぐ職員室に来て下さい』
「……へ? 俺?」
予期しておらず、思わず変な声が出る。
しかし、どうやら呼び出しを受けてしまったようだ。
タイミングが悪い。
とは言え、だ。
とにもかくにも、呼ばれたからには行かなければならない。
「ごめん。ちょっと行ってくる」
「ん」
「ええ」
そうして俺は2人に断り、教室を出て職員室へと向かったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます