115 高校野球の始まり

 磐城君というスター(?)がいなくなってしまった向上冠中学高等学校野球部。

 しかし、それによって部員達の士気が下がったりはしていない。

 彼に告げた通り、逆に後に続けとモチベーションが上がっているぐらいだ。

 とは言え、戦力が大幅にダウンしてしまったことは否定できない事実だった。


「……にしても、大所帯になってきたなあ」


 活発なグラウンドの様子を眺めながら呟く。

 高校に進学して最初の春。

 いつもの部活動紹介もつつがなく終わり、野球部にも新入部員が入った。

 大会で実績を積んできたおかげか、中高合計15名以上と中々のものだった。

 毎年恒例のこととして新入生の中から【成長タイプ:マニュアル】を探したりもしてきたけれども、今年は自ら入部してくれた子がいたのも助かった。

 中学1年生で2名。高校入学組の高校1年生で1名。

 合計3名の新入部員が【成長タイプ:マニュアル】だった。

 特に高校1年生の1人は女の子で、中々面白い【生得スキル】を持っている。

 正に僥倖と言えるだろう。


 勿論、暇を見つけて他の子のステータスも見ていこうとは思っている。

 とは言え、当面はこの人員でやっていくことになる訳だな。


「さて、これからどういうチームに誘導していくべきか」


 新入部員達の適性調べの手伝いをしながら小さく呟く。

 いずれにしても、大まかな方針自体は変わらない。

 俺自身についても、野球部全体についても。

 WBWでアメリカ代表に勝利するために仲間を集める。

 俺の目標は変わらずそれだ。


 対して野球部は、学校的には補助金さえ貰うことができていれば問題ない。

 まあ、ここ最近は中高共にいい成績を残しているからか、学校側も大分欲が出てきている感じもあるけれども。

 それ自体はそこまで悪い話ではない。

 おかげでサポート体制が少しずつ拡充していっているからな。


「予算も増えたらしいし」

「できることなら甲子園に行って欲しいって感じよね」


 近くにいた美海ちゃんが苦笑気味に言う。

 彼女もそういう空気を肌で感じ取っている様子だ。


 WBWを至高とするこの野球に狂った世界でも、日本での甲子園の価値は高い。

 これはあの野球狂神の認識の問題だろう。

 大リーグ贔屓の野球狂神ではあるものの、日本野球界における甲子園の地位は十分過ぎる程に理解している訳だ。

 実際、前世における海外のベースボールマニアの中にも極東に高校生達が鎬を削るアマチュア野球の大舞台があることを知っている人は割といたようだしな。

 何にせよ、おかげで一般的な高校野球部の目標は甲子園出場となる訳だが……。


「まあ、そこはな」


 殊更言葉にはしないが、そこまで難しい話ではない。

 残念ながら、この世界の山形県はユースチームも含めて平均以下でしかない。

 甲子園出場自体は適性をしっかり考えてオーダーを組めば問題ないと思う。

 高校野球の方ではまだ全国大会に行けていないが、【経験ポイント】取得量増加系スキルの影響下で練習に費やした時間は日々増えていっている。

 そろそろスペック的に上位のユースチームレベルにはなるだろう。


 なので、俺の中では甲子園出場はデフォという認識だ。

 しかし、それだけでは将来の足しにはならない。

 プラスアルファの要素が欲しいところでもある。

 正樹や磐城君のように。

 あるいはそれ以上に。

 今後の野球界にインパクトを与えることができるような何かをつけ加えたい。

 一般的な考えからすると、贅沢過ぎる話だけどな。


「うーん」


 そこまで考えて、改めて自分の異物感が凄い気がしてきた。


 向上冠中学高等学校野球部の特色のようなものはほぼ確立できた。

 練習メニューは俺が整理して虻川先生達が全面的に引き継いでくれた。

 座学用の教材も陸玖ちゃん先輩が作ってくれている。

 体作りは筋トレ研究部と料理研究部の協力で万全。

 情報収集も2つの同好会が担ってくれている。

 勿論、都度アップデートは必要になるだろうけれども、体制的には俺が一々手を出す必要がないと言ってもいい状態になってきている。


 何となく浮いている感がある。


「どうしたの?」

「いや、ちょっと食傷気味になってきたっていうか」

「何よ、それ」


 訝しげな表情を浮かべる美海ちゃんに、曖昧な笑みで誤魔化す。


 結局のところ。高校も中学時代の焼き直しにしかならないんだよな。

 甲子園の価値は日本のアマチュア野球の中では別格だろうけど、その優勝を目指すのは中学時代とモチベーションが余り変わらない。

 これが元の世界ならそこで活躍しないとプロへの道が開けないが、この世界では他にもそれなりに方法があるからな。


 ……うーむ。

 こうなると、俺ももう次のステップに進んでしまうべきだろうか。

 やるべきことも色々とあるし。

 潮時かもしれない。


「しゅー君?」


 美海ちゃんに続き、あーちゃんも傍に来て、悩む俺を不思議そうに見る。

 視点が違い過ぎる部分があるのも考えものだな。

 話を逸らそう。


「そう言えば、美海ちゃんの目標ってまだ変わってないか?」

「へ? え、っと、急にどうしたの?」

「いや、何だかんだ、こうして高校までつき合わせちゃってる訳だけどさ。昔聞いた目標には余り近づけてない気がして」

「む、むむ、昔聞いた目標って、な、何のこと?」

「みなみー、日本一のプロ野球選手の奥さんになりたいって言ってた」


 誤魔化そうとする美海ちゃんに、あーちゃんがサラッと口にする。

 美海ちゃんの顔が赤くなる。


「そ、それは、その、あくまで小学校の頃の目標であって……」


 動揺しつつ言い訳染みたことを呟く美海ちゃん。

 しかし、赤面しているところを見るに、心のどこかには残っている様子だ。

 これでも長いつき合いだからそれぐらいは分かる。


 その彼女は深呼吸を繰り返し、ある程度気持ちを落ち着かせたようだった。


「ま、まあ? どういう形であれ、野球で身を立てたいって気持ちは変わってないわ。……可能なら、高校生の内に」

「そっか」


 結構な大家族らしいし、大学進学は経済的に厳しい部分があるのかもしれない。

 ここらが時機か。

 都合のいいスキルを持つ選手も運よく入ってきてくれたしな。


「けど、それがどうしたのよ」

「いや、そろそろ本格的に美海ちゃんの手伝いをしようかと思ってさ」


 磐城君なき今。2番手の大松君を中心に据えたチーム作りが最も無難だ。

 とは言え、それこそ無難過ぎてつまらないし、インパクトも薄い。

 大松君には悪いけど。

 ここは1つ、美海ちゃんを前面に押し出す方向で考えたい。


 何せ、こちらの野球は諸々の理由で総動員体制だからな。

 甲子園も例外じゃなく、実力さえあれば性別は関係ないのだ。


「て、ててて、手伝い!?」


 と、何故か慌てふためき始める美海ちゃん。

 さっきより更に顔が赤くなってしまった。

 ゆでだこみたいだ。

 何か勘違いしてないか?


「みなみー、しゅー君が言ってるのは野球で立身出世の方」

「あっ、そ、そう。ま、紛らわしいわね」

「みなみーが勝手に勘違いしただけ」

「うっさい!」


 仲よくワチャワチャする2人。

 まあ、勘違いした内容についてはノータッチとしておこう。


 何にせよ、高校では美海ちゃんを推していく。

 そう頭の中で決定し、俺は作業に戻ったのだった。

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