098 磐城君の家庭事情
「や、野球部をやめなくちゃならないって一体どうして?」
思わず声を大きくしながら早口で理由を問う。
【生得スキル】【天才】と【模倣】を持つ磐城君。
正直、俺は彼を将来アメリカ代表に挑むのに不可欠な仲間として考えていた。
そんな彼が野球部を去ってしまうかのようなことを言う。
焦ってしまうのも無理もないことだろう。
そのせいで分かり易く動揺してしまった。
「あ、も、もしかしてどこかシニアとかジュニアユースのチームに行くとか?」
野球部をやめる、というだけなら、そのまま野球をやめることには繋がらない。
他のチームに入るという話に過ぎないのであれば、まだ最悪の状況ではない。
しかし、そんな希望的観測も次の瞬間に打ち砕かれてしまう。
「いや、野球自体、もうまともにはできないんだ」
「な、何で?」
「この前の全国中学生硬式野球選手権大会。その地方大会決勝戦で先発ピッチャーとして出場したことで、野球部で活動していることが両親にバレてしまったんだ」
「それが、どうして野球をやめることに?」
今一繋がりが理解できず、だから納得が行かず、詰め寄るように問いを重ねる。
この野球に狂った世界で、野球をやることに一体何の文句があるというのか。
「僕は小学校の時点で野球を諦めたんだ。だから、この学校を受験した。勉強して大学の医学部に入ってスポーツドクターになるために」
「それは……」
この学校に入学し立ての頃に、磐城君自身が自己紹介で言っていたことだ。
中高一貫の進学校たる山形県立向上冠中学高等学校。
進学先は多岐にわたれど、入学者の多くが野球を諦めた者であることは周知の事実。
やはり彼も多分に漏れていなかった訳だ。
「それと、ご両親にバレたことに何の関係があるのよ」
横で聞いていた美海ちゃんが、俺の代わりに首を傾げながら問いかける。
彼女の言う通り、微妙に繋がらない。
「スポーツドクターになるのが夢だったにしては、随分と野球の練習に励んでいたじゃない。ホントなら、寝る間も惜しんで勉強しなきゃいけないんじゃないの?」
「…………そう、だね」
美海ちゃんの指摘に、どこか困ったような笑みと共に頷く磐城君。
その姿に何となく全体図が見えてくる。
「野球は、やりたいんだな。本当は」
「……うん。プロ野球選手になるのが、子供の頃の夢だったからね」
中学生はまだまだ子供だろうと前世持ちの俺は思うが、正直なところ磐城君は当時の俺よりも大人びている気がする。
以前、彼を野球部に勧誘しようとしていた頃に感じていた空虚さが、再び瞳に浮かんでいるからかもしれない。
まるで存在理由を見失って惰性で生きている社会人かのような雰囲気がある。
「けど、その夢は小学校で打ち砕かれてしまった。それはもう、惨めな程に」
諦め、疲れ果てたような声色。
大なり小なり、この学校の生徒は似たような経験をしているはずだ。
けれど、これ程の絶望感を抱いているのは珍しい。
それだけ野球が好きだったのかもしれない。他の子達よりも。
「両親は小学校までは野球をやることを許してくれたけど、多分活躍できるなんて1つも思ってなかったんだと思う。現実を、突きつけるためだったんだと思う」
表情が苦渋に歪む。
小学校の頃の挫折を思い出したのだろう。
磐城君はそんな顔のまま言葉を続ける。
「僕の両親は病院を経営していてね。5つ年上の兄も医大に通っている。僕も同じように医者になることを望まれているんだ」
「だから、野球をやめろ、と?」
「そういうことだね。いつまでも夢を見てないで勉強をしろ、ってところかな。まあ、小学校で才能を示すことができていれば話は違ったかもしれないけど」
酷い親だ。そう一概に言うことはできない。
ステータスを見ることができる俺だから磐城君は野球をやるべきだと思うが、普通【成長タイプ:マニュアル】の子がその夢を追い続けるのは不可能だ。
勿論、今聞いた話だけでは彼の両親の真意は分からない。
だが、たとえ普通の親だったとしても理解のある親だったとしても、いずれは涙を呑んで似たようなことをする羽目になっていただろう。
【生得スキル】【マニュアル操作】がない限り。
「貴方の意思はどうなのよ」
「僕、は……」
美海ちゃんの問いかけに口ごもってしまう磐城君。
やりたいという気持ちだけでやれる程、世界は簡単じゃない。
そんな考えが彼の意思に蓋をしてしまっているのだ。
……結局のところ。
まだ彼を信じ込ませることができていなかったってことだな。
時間経過によるステータス低下を防ぐために、成長を抑え気味にした弊害だ。
【成長タイプ:マニュアル】の子が辿る道がどんなものかは、誰もが知っている。
【成長タイプ】なんてものを明確に判別できなくとも。
これまでは、皆その通りの道を歩んできた。
けれど、磐城君の前には【マニュアル操作】を持つ俺がいる。
彼程の才能を、普通の枠に押し込んで腐らせる訳にはいかない。
「磐城君。たとえ君が諦めても、俺は君を諦めない。君には、俺と一緒にWBWに出て貰わないといけないんだから」
「野村君、何を――」
理解できないとばかりに眉をひそめる磐城君。
そんな彼の言葉を遮るように。
「だから、ご両親に直談判に行こう」
俺はそう力強く告げたのだった。
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