094 ノルマ1勝

 全国中学生硬式野球選手権大会。

 秋季地区高等学校硬式野球選手権大会。

 この2つが俺達、山形県立向上冠中学高等学校野球部がこれから挑む大会だ。


 以前にも触れた通り、前者はシニアやジュニアユースのチームも出場する。

 勿論、漏れなくシード権を持つので1回戦で当たるようなことはないけれども。

 逆に後者、高校世代の秋大はユースチームとは別々で行われる。


 ちなみに高校とユースチームが入り混じって争うのは、毎年夏に行われる全国高校生硬式野球選手権大会の方だ。

 これは6月から地方予選が始まり、8月に甲子園で高校世代の頂点を競い合う。

 ユースチームも参加するために、前世の夏の甲子園以上の権威を持つが……。

 まあ、ここら辺は余談だな。


「何だか、緊張してるみたいですね」


 移動用のマイクロバスに乗り込む前の上村先輩に話しかける。

 ちょっと表情が強張っている。


「ああ。さすがに久し振りの公式戦の直前だからな」

「全国小学6年生硬式野球選手権大会以来ですか?」

「そうなる。5年振りだな」

「まあ、気負わないことです。大丈夫ですよ。勝てますから」

「……野村に言われると、その気になるな」

「本当のことしか言ってませんからね」


 実際、普通にやれれば何の問題もない。

 と言うか、普通にやれたら鎧袖一触だ。

 実力を発揮できないぐらいがむしろ丁度いい。

 対戦相手には少々申し訳ないけれども。


「相手も相手で万年1回戦負けのチームですし」


 1回戦の対戦相手は、山形県立日河岸高等学校野球部。

 プロ野球個人成績同好会とアマチュア野球愛好会から情報を貰って分析済みだ。

 主に俺が確認したのは、5月の全国中学校硬式野球選手権大会の試合の動画。

 それと直近の練習試合の動画のみだけれども。

 画面越しに【プレイヤースコープ】でステータスを見て勝てると確信している。

 ライブ映像じゃないと撮影当時のステータスになってしまうが、公式戦と練習試合との間で大きな変化はなかった。

 恐らく、日々のステータス減少値の補填分と練習で得られる【経験ポイント】が大体釣り合っているのだろう。

 であれば、練習試合から今日までの間に急成長することはまずない。


 逆にこちらは、俺達【成長タイプ:マニュアル】組が全員取得しておいた【経験ポイント】増幅系のスキルのおかげで随分とステータスが伸びた。

 筋トレ研究部で鍛えていたのと相まって数値的には地方大会上位レベルはある。

 更には、適性SS+とまでは行かずとも、それぞれ最適な守備位置、ベストな起用法でオーダーを組んでいる。

 他のチームが割と適性を見誤っていることを考えると、最終的なスペックとしては全国大会にも十分出場できるぐらいだと思う。


 反面、山形県立日河岸高等学校野球部。

 万年1回戦負けだけあって適性が致命的に合っていない。

 技術的な優劣のみで守備位置を決めている感じだ。

 マイナス補正が効き過ぎている。

 ピッチャーもそうだ。

 先発適性がないせいで、曲がりなりにもエースだけあってチームの他の選手に比べてやや高いステータスも十全と発揮できていない。

 これで勝とうと言う方が無茶だ。


 ……まあ、以前のウチの野球部は、このレベルのチームを相手にしても毎度毎度コールド負けを食らってたんだけどな。

 そう考えると、改めてちょっと酷過ぎる。


 とは言え、出場していた選手の能力が能力だ。

【経験ポイント】が割り振られてない【成長タイプ:マニュアル】の子とか、【生得スキル】を得たせいで初期ステータスが低過ぎて早々に野球を諦めた子とか。

 野球をやる以前のスペックの生徒を並べて形だけ出場していた訳だから、仕方がないと言えば仕方がないことではある。

 それで補助金を貰うのは、さすがに炎上して然るべきだけどな。

 もう過去の話だけど。


「と言うか、上村先輩の出番は多分ないと思いますよ」


 色々と頭の中で考えながら、ちょっと雑に告げる。

 彼はピッチャーで、しかも7~9回担当だからな。

 そこまで回が進まない可能性の方が高い。


「……いや、それはそれで何だかな」


 俺の軽い口調に、少し微妙な顔になる上村先輩。

 緊張感はほぼ霧散したようだ。

 高校チームの中心である彼に余裕があれば他の面々もいくらか落ち着くだろう。


 まあ、たとえナーバスになってたとしても、日河岸高校のエースを10km/h増しぐらいでトレースした俺を相手にフリーバッティングとかもしたからな。

 それで皆バカスカ打っていたし、本番で打てない道理がない。

 相手ピッチャーは変化球も少ないし、配球も単純。

 その辺りのデータも渡してある。


 たとえ先発ピッチャーが失点しても、その5倍、10倍得点してやればいい。

 少なくとも1回戦のコンセプトはそれだ。

 想定通りに行けば5回で終わる。

 そうなると、上村先輩が投げる機会はなくなる訳だ。


「いいじゃないですか。勝ち進めば嫌でも出番が来るんですから」

「まあ、それはそうだろうけどな」

「だったら、サクッと勝ってノルマを達成してきて下さいよ」

「…………ああ。そうしよう。じゃあ、行ってくる」


 そうして上村先輩は虻川先生が運転するマイクロバスに乗り込んだ。


 漫画とかなら敗北フラグにもなりかねない事前のデータ分析、試合展開の予想。

 しかし、ステータスや適性の格差まで見通せてしまうと覆しようがない。


 果たして。初戦の結果は正に想定通りとなり……。

 上村先輩達は5回コールド勝ちを決め、ノルマの1勝を軽く達成したのだった。

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