068 分かり易い男
進学校の授業は詰め込み気味で遊びが少ない。
面白味がないので、さすがに飽きる。
半分ぐらい先生の言葉に意識を残しておけば十分だ。
と言うことで、主にボールをニギニギしながら時間の経過を待つ。
諏訪北さん達4人の件以降は特に変わったことはなく、そのまま時は過ぎ……。
放課後。
彼女達は入部届を出しに行ったらしく、既に姿はない。
なので、俺達は磐城君だけ伴って直接部室に向かった。
すると――。
「遅かったなっ!」
部屋の中には決め顔で立つクラスメイトの姿。
勧誘に失敗したはずの大松勝次君がいた。
陸玖ちゃん先輩は、猛獣と同じ部屋に放り込まれた草食獣のように、部屋の片隅で小さくなってプルプル震えている。
「ええと……」
「今日から世話になるゼ!」
「え? 入部届は?」
「昼休みの間に出してきた」
親指を立ててポーズを決める大松君。
そう言えば、確かに弁当を食べた後いなくなっていた気がする。
いつもは机に突っ伏して4人を盗み見ているのに。
「……あの子達の話を盗み聞きして、先回りして入部したのね」
シラーッとした顔で断定する美海ちゃん。
つまり、そういうことだろうな。
「ご明察!」
大松君もまた、我が意を得たりと言わんばかりに別のポーズを作った。
まあ、今までの彼の発言を思い返せば、誰でも予想がつく話だ。
「後追いだとストーカーに思われるからサ」
「いやあ、もう既に大分アウトな感じがするけど」
とは言え、それはあくまで事情を知っている俺達の感覚。
結局は、あの子達がどう思うか次第ではある。
「……ねえ」
と、美海ちゃんに軽く袖を引かれ、意図を察して彼女に耳を寄せる。
「4人共、いなくなっちゃうんじゃないの?」
美海ちゃんはそう耳元で囁くように問いかけてきた。
同じ部屋にいるので、声を潜めていても大松君にも聞こえているだろう。
だが、彼は聞こえない振りをしている。
「そしたら彼もいなくなるだろうし、散々じゃない?」
その可能性は……なくはない。
と言うか、大きい気がする。
5人オールインか、オールアウトか。
ちょっとした賭けになってしまったな。
「まあ、何とかなるさ」
まだリカバリーが十分利く時期なので、どっちに転んでも別に構わない。
磐城君に影響が出ると少し困るが、既に関わりを作ることができた。
たとえ彼がプロ野球珍プレー愛好会を去ってもやりようはある。
それよりも。
そろそろ陸玖ちゃん先輩に助け舟を出さなければ。
「大松君、それはいいんだけど、部室では余り騒がしくしないように頼むよ。同じ部室棟に他の同好会の人もいるし、静かに作業したい人もいるからさ」
「おっと、それは申し訳ない」
変に仰々しい動きと共に応じる大松君。
とりあえず、この場は理解してくれたと思っておこう。
……まあ、一番うるさいのはハイテンション時の陸玖ちゃん先輩だけどな。
「陸玖ちゃん先輩、大丈夫ですか?」
「うう、う、うん……ビ、ビックリしただけだから……」
「……そんな陸玖ちゃん先輩に、いいような悪いような知らせです」
「え、な、何?」
「これから後4人、入部志望者が来ます」
「え゛っ」
汚い声と共に固まる陸玖ちゃん先輩。
丁度、そのタイミングであの4人の話し声が近づいてきた。
賑やかな子達だ。
「失礼しまーす」「失礼します!」「失礼いたします」
「失礼ー、しますー」
声を揃えて(諏訪北さんだけズレた)挨拶をして入ってくる4人。
とりあえず石化してしまった陸玖ちゃん先輩の背中を押して前に出す。
とっとと紹介を済ませてしまった方が、彼女にとってもいいだろう。
「こちら唯一の先輩の津田陸玖さん。通称、陸玖ちゃん先輩です」
「泉南琴羅でーす。よろしくお願いしまーす」
「佳藤琉子です! よろしくお願いします!」
「仁科すずめです。よろしくお願いいたします」
「諏訪北ー、美瓶ですー。よろしくー、お願いしますー」
「は、ははは、はい……よ、よろしく……」
目を回すようにしながら何とか応じる陸玖ちゃん先輩。
胸部装甲は一番立派な彼女だが、肝っ玉には関係ないことが分かる。
「陸玖ちゃん先輩は人見知りで、趣味が関わると時々テンションがおかしくなるけど、生温かく見守って貰えると助かります」
「の、野村君……酷い……」
「端的に真実を語ったのみです」
これでもオブラートに包んだつもりだ。
「えっとえっと……皆はどうしてここに……?」
「アタシ達、将来は動画配信者になりたいんだ!」
「そのための勉強ができそうかなーって」
「いい経験と、将来に繋がる実績を積めそうですし」
「やっぱりー、野球系がー、当たればでかいからねー」
お、おう。
……まあ、最近は(この世界でも)子供の将来なりたいものランキングとかに動画配信者が普通に出てくる時代だからな。
こういう子達がいても不思議ではないか。
「あ……あれ? ちょっと待って……」
陸玖ちゃん先輩は周りを見回し、人数を数え始める。
そう言えば、これで10人超えたな。
維持できるどうかは分からないが、さすがに部室が手狭に感じる。
「き」
「き?」
「むぐ」
「むぐ?」
一瞬テンションが上がりかけた陸玖ちゃん先輩だったが、さすがに周りの目が多過ぎて強制鎮火させられたのか、冷静になって口元を抑える。
「陸玖ちゃん先輩?」
「す、凄いよ……! これでもう1部屋使えるようになる……!」
テンションの高い小声という器用な真似をしながら答える陸玖ちゃん先輩。
彼女の一連の反応を見る限り、10人超えたからっぽい。
詳しくは分からないが、そういうシステムを取っているようだ。
「ま、まあ、それはともかくとして。4人は何かしてみたいとかある?」
初日なので、ある種の接待のつもりで彼女達に希望を問う。
「なら、生で無回転打球が見てみたいなー」
「あ、アタシも!」
「右に同じです」
「同じくー、右に同じー」
陸玖ちゃん先輩を見ると、彼女は「問題ない」と頷く。
じゃあ、今日は一先ずそれで行くか。
様子を窺っていた磐城君も興味ありそうな雰囲気だし。
そんなこんなで、俺達はグラウンドに出たのだった。
ちなみに、あれだけ最初に騒いでいた大松君は、4人が来た途端、借りてきた猫のように大人しくなって影が薄かった。
まあ、チャラい雰囲気を醸し出してはいたけども、教室では彼女達に話しかけることもなく、盗み見ているだけだったしな。
根本的にはヘタレなのだろう。
本日は以上。
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