066 プチバズり

 前世のアレに相当するSNSツール。

 名前をササヤイターと言う。

 その世の中への影響力は中々に強く、かつての名捕手の囁き戦術の如く人心を大いに惑わしてくる悪魔の道具としての側面もある。

 陸玖ちゃん先輩のスマホに届いたのは、正にその通知音。

 向上冠中学高等学校プロ野球珍プレー愛好会のアカウントのフォロワーが急増したことによるものだったらしい。


「偶然、中堅の野球系インフルエンサーの目にとまったみたい」


 あーちゃんが自分のスマホでササッと確認し、原因を分析して告げる。

 俺達4人の中では唯一使い放題の契約をしているので、外で情報が欲しい時は基本彼女に頼ることになる。


 俺を含む残る3人も、中学生になってスマホを手に入れはした。

 しかし、当然の如く格安で、契約も最低限のもの。

 家の無線通信を介さないと十分な通信速度が出ないのは当たり前。

 スペックが低過ぎて、ネットのページを開く度に尋常じゃなく時間がかかる。

 ゲームなんてもってのほか。

 そのため、連絡用にしか使ってないのが実情だ。


 閑話休題。


「野球系インフルエンサー、ねえ」


 そう一口に言っても、発信する内容は多岐にわたる。

 選手や試合関連の情報。

 最新の野球道具。トレーニング機器。トレーニング理論。

 公式グッズ、応援グッズ関連。イベント情報。球場飯。などなど。


 とは言え、これらは十分真っ当なものだ。

 中にはこじつけて野球系インフルエンサーを自称する者までいる。

 野球狂神の影響呪いで、野球関連には人々の関心にブーストがかかるためだ。

 例えば料理とかなら、野球がうまくなる体を作る、とか適当な文句を頭につけて野球系インフルエンサーを名乗る者もいたりする。

 勿論、そんなのは三流以下で、一流は料理のみで勝負してるけど。


 で、今回起点となったアカウントはと言えば――。


「普段はプロ野球の珍プレー好プレーを紹介してるとこで、私も個人的にフォローしてるとこだから尚更ビックリしちゃった……」

「へえ」


 割と普通な野球系インフルエンサーだったようだ。

 いや、そうじゃなきゃ拡散されたりしないか。

 動画自体、真面目な内容だったからな。


「まあ、俺の目から見ても結構いい出来でしたからね」


 動画はアップされた直後にあーちゃんのスマホで確認していた。

 空中イレギュラーの説明、プロ野球での実例、その再現という堅実な構成。

 派手な演出はないが、シンプルで見易い感じ。

 陸玖ちゃん先輩のナレーションも動画だと落ち着いていて聞き心地がよかった。


「……にしても、あれが軽くバズった、と」


 つまり不特定多数に見られた訳だ。

 再度頭の中で動画を思い返す。


 ノックをしている俺の顔はうまく見切れていて全く出ていなかった。

 あーちゃん達が捕る時は、彼女達目線のみで引きの映像はなし。

 なので、ノックを受ける側の3人は性別すら分からないだろう。


 うん、まあ。あれなら身バレはなさそうだ。

 さすがに同じ学校の生徒がその気になって調べれば、すぐ分かるだろうけれど。

 少なくとも映像上はちゃんと配慮されていると言えるだろう。


「とりあえず、問題はないでしょう」

「そ、そうかな」

「炎上した訳じゃないなら、すぐ別の話題に移っていきますよ」


 今の世の中、そこまで赤の他人に興味はない。

 正義や善意が刺激されるような迷惑系の炎上ならともかくとして。

 こういう解説系、凄ワザ系のネタは情報の荒波に流されていってしまうもの。

 つまみ食いをして、後はさよなら。それが大半だ。

 そうでなければ、日夜何かしらバズっているこの世の中。

 社会問題化してSNSそのものの存続が危うくなるぐらい、絶え間なくトラブルが発生していて然るべきだからな。


 勿論、気をつけるに越したことはないけれども。


「まあ、気楽に、良識に沿って活動していきましょう」

「う、うん。……そだね」


 陸玖ちゃん先輩は、努めて冷静に告げた俺の言葉で落ち着いたようだった。

 まだピロンピロン言っていたスマホを操作し、通知音を切る。


「じゃあ、今日はこれで」

「うん。皆、また明日」


 と、そんな感じでその日は解散となったのだが……。


 確かに今の世の中、そこまで赤の他人に興味はない。

 しかし、逆に言えば赤の他人でなければ、興味が湧くということでもある。

 そいて狭いコミュニティの中では、他人も他人であって他人ではない。

 世の中とは全く異なる関係性や距離感になるものだ。

 だからか。


「ねーねー、あれって野村君でしょー?」

「え?」


 その翌日。

 1時間目の授業が終わった後の休み時間に。

 俺はいきなり、話したこともなかった4人の女子に囲まれてしまったのだった。

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