050 3人の夢と女性選手事情

 春休みのまた別の日。

 今日も今日とて俺は鈴木家を訪れていた。

 ここ3、4年は長期休みの間もクラブ活動チームの練習があり、さすがに朝から晩までお世話になる頻度は少なくなっていた。

 しかし、小学校を卒業した今この時はそうした活動がない。

 なので、1日中入り浸っているのがほとんどだった。


 とは言っても暇という訳ではない。

 日々【経験ポイント】稼ぎのために運動はしているし、進学先の中学校が進学校なので春休みの宿題が結構な量あったりする。

 ただ、家でできるものは鈴木家でもできるからな。

 今はあーちゃんと並んでリビングで宿題をしているところだ。

 暁は加奈さんと散歩に行っている。


「あ、おじさん。こんにちは。お久し振りです」


 丁度そこに明彦氏がやってきたので声をかける。

 毎日のように来ていても、彼と話す機会は少ない。

 当然ながら、学校が長期休業に入っても世間的には平日と休日がある。

 一般的な社会人には春休みなんてものはない。

 なので、明彦氏とまとまった時間話せるのは本来休日か祝日だけ。

 今日は休日だ。


「ああ。おはよう、秀治郎」


 若干疲れ気味の明彦氏。

 会社役員だから家でも仕事をしているのかもしれない。

 いや、おはようとか言ってるし、前日夜遅くまで仕事をしていて今起きたのか?

 ともかく、気分転換になりそうな話題を考える。


「そう言えば、クラブチームは今どうですか?」


 最近聞いてなかったな、とふと思い出して尋ねる。

 便りがないのはよい便りと言うし、悪い状況にはなってないはずだ。

 ただ、計画の重要なピースだから、少なくとも存続はしていて貰わないと困る。


「うーん、ボチボチだな」

「何ですか、それ」


 煮え切らない返答に、俺は首を傾げて問いかけた。


「いや、選手の意欲も高いし、実績のあるコーチを招聘して間違いなくレベルアップはしてるんだ。勝てるようにもなってきてる。けどな……」

「けど?」

「いくらか勝ったところに、どデカい壁があるって言うか、な」


 ふーむ。成程。

 同じクラブチームには勝てるけど、企業チームノンプロには勝てないってとこか。

 言うなれば、ちょっと強い小学校クラブ活動チームが1回戦2回戦では無双してたのに、リトルチームが出てきた途端一蹴されるのと似た感じだろう。


「どっかからいい選手を引き抜いてこられる訳じゃないなら、今はとにかく地道にやってくしかないですね」

「だよなあ」


 有能な選手は自ずと強豪チームに行く。

 飛び抜けていれば当然プロに。

 そこまででなくとも、部費を払って野球をするクラブチームよりも、お金を貰って野球をやる企業チームに入るのがまず先。

 至極当然の話だ。

 平均すればクラブチームが戦力的に一段階以上落ちるのは間違いない。


 待遇をノンプロに近づければ、よりよい選手が来てくれるかもしれないが……。

 そこは経営的な話との兼ね合いが出てくるからな。

 札束でビンタして選手を取ってこいなどと安易には言えない。

 今いる選手への思い入れとかもあるかもしれないし。


「まあ、後6年の辛抱ですよ。俺とあーちゃんが強くしますから」

「秀治郎はともかく、茜もか?」

「3人で約束したでしょ?」

「それは、まあ、そうだけどな…………」

「おとーさん、酷い」


 定位置俺の隣からあーちゃんが不満げに口を出す。


「大会で活躍したのに」

「うーん……それはそうだけど、6年後となるとな」


 まあ、一般論として女性は【体格補正】のマイナスが多くかかるからな。

 小学生の内は男に交じって野球をやれても、大人になるにつれて厳しくなる。

 それはこの世界でも同じだ。

 とは言え――。


「俺はあーちゃんとWBWまで出るつもりだけど」


 勿論、そこに至る道も全て彼女と一緒だ。


「ええっ!?」


 軽く告げた俺の言葉に、明彦氏は驚きの声を上げる。

 それは単純に、能力的なハードルが高いことに関してだ。

 制度的な障害は、この世界には何一つとしてない。

 規定上は女性選手でも男と一緒に甲子園に出場することができる。

 性別による出場権の有無はない。

 何故なら、この世界の野球選手は軍人に近い側面もあるからだ。

 国益にかなうなら、実力さえあれば性別など関係ない。

 ひたすら合理的な判断だ。


 ……とは言え。

 残念ながら、甲子園以上の戦いの場に女性選手が進んだ例は歴史上ない。

 地方大会に参加している例は山ほどあるが、どうしても勝ち抜けないのだ。

 フィジカルトレーニングの理論が前世よりも発達している分、生物学的な差が如実に出てしまっているらしい。

 特に高校辺りから。


 強豪や名門なら、まずレギュラー争いには勝てない。

 そのため、女性選手が出場できる=層が薄いという図式ができてしまう。

 そこら辺は非常にシビアだ。

 何せ、この世界だと僅か1勝の差で恐ろしく待遇が変わってくる。

 実力以外の要素で起用すれば、監督は勿論選手まで徹底的に叩かれるだろう。


「そんなに驚くの、酷い」

「いや、何だ。……すまん」


 傷ついたように言うあーちゃんだが、明彦氏の反応が一般的ではある。

 ただ、俺が言い出したことで流れ弾がいったようなものだからフォローしよう。


「まあ、見てて下さい」


 あーちゃんの肩を抱きながら口を開くと2人の視線がこちらに集まる。


「世間をアッと言わせて見せますから。あーちゃんと一緒に」


【成長タイプ:マニュアル】であれば、育て上げれば十分可能性がある。

 あーちゃんは勿論だが、それこそ美海ちゃんもだ。

 彼女達が話題を席巻する日も近い。


「…………秀治郎が言うと、何だか本当にそうなりそうだな」


 言いながら苦笑気味に笑う明彦氏。

 それも若干あーちゃんに失礼な気もするが……。

 まあ、当の彼女は機嫌よさそうに俺にくっついているので構わないだろう。


「勿論! 3人の夢は、3人の夢のまま叶えますよ」

「ああ。楽しみにしてる」

「いやいや、おじさんも当事者でしょ?」

「……ああ、そうだったな。俺ももっと頑張るか」


 少し気力が戻った様子の明彦氏。

 もしかすると疲労の原因はクラブチームの閉塞感なのかもしれない。

 うーん。

 となると、今後はちょっとそっちにも目を向けた方がよさそうだな。

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