第1章幕間

049 実は弟(義理)ができていた

 中学校入学を待つ春休みのある日。

 俺はいつものように鈴木家に遊びに来ていた。

 流れるように玄関の鍵を合鍵で開けて家の中に入る。

 と、ほぼ同時に。


「おにーちゃん! 遊ぼっ!」

「おっと」


 奥から駆けてきた小さな男の子が、体当たりするように抱き着いてきた。

 かなりの勢いだったので、少し踏ん張って受けとめる。


さとる、危ないから落ち着いて」


 小走りで後を追いかけてきたあーちゃんが、お姉ちゃん風を吹かせて言う。


 この子供の名前は鈴木暁。

 もうすぐ5歳になるあーちゃんの弟だ。

 あーちゃんが大分しっかりしてきたのは、彼のおかげもあるかもしれない。

 弟ができたにもかかわらずアレ、という見方もできなくもないけれども。


 それはともかくとして。

 暁が生まれたのは俺達が小学2年生になった頃だ。

 逆算すると小学校入学の少し後にできた子ということになる。

 入学式を一区切りとして。まだ加奈さん達の心のどこかに残っていたあーちゃんの体調に対する懸念が完全に過去のものとなった。

 その証と言えるかもしれない。


「おにーちゃん!」

「待った待った。手、洗ってからな」

「はーい」


 素直に返事をしつつも、俺が洗面所に行く間も暁は腰に抱き着いたまま。

 逆側にはあーちゃんがピッタリ寄り添うようについてきている。

 彼女の定位置だ。


「おにーちゃん、早く早く!」


 上目遣いで急かしてくる暁。

 彼は俺を本当の兄のように慕ってくれている。

 毎度毎度鈴木家の世話になり、ほぼ毎日顔を合わせているおかげだろう。

 俺も、暁を本当の弟のように思っている。


「ぼく、ヴァルチャーズね」

「じゃあ、俺はアステリオスな」


 ソファに横に並んで、コンシューマーゲーム機のコントローラーを操作する。

 ヴァルチャーズは公営1部の福岡アルジェントヴァルチャーズ。

 アステリオスは父さんの推し球団、公営1部の宮城オーラムアステリオス。

 つまるところ、この世界の野球ゲームだ。


 当然、家ではやったことがなく、今生での経験は暁と遊ぶ時だけ。

 とは言え、人間が人間の形をしている限り、コントローラーの形状もボタンの割り振りも似たようなものになるのだろう。

 昔(前世で)取った杵柄で、操作に問題はない。


「暁は強いな」

「でしょ!」


 福岡アルジェントヴァルチャーズは球界最大戦力とされている。

 対する宮城オーラムアステリオス。

 こちらは、まあ、強くもなく弱くもなくといったところ。

 そこはゲームでも忠実に再現されている。

 が、チーム格差があるからと言って、さすがに4歳児に負ける要素はない。

 なので、基本接待プレイだ。

 気づかれないように絶妙に負けられるぐらいのテクニックはあるつもりだ。


 そんな中。


「……すりすり」


 暁とは逆に座っているあーちゃんが、隙をつくように俺の腕に頬擦りしてくる。

 子供の頃からの習慣で、今も時折そうしてくる時がある。

 昔から使ってるタオルケットに包まると落ち着くのと似たようなものだろう。

 ただ、まあ、年齢を考えるとさすがにちょっと体裁が悪い。

 加奈さんも目撃した時には注意するぐらいだ。


「茜。いつも言ってるけど、余りはしたない真似しちゃ駄目よ」

「暁もたまにしてる。暁ばかりズルい」

「暁はまだ4歳だもの。茜は今年で13歳でしょ?」


 弟を引き合いに出してきたあーちゃんに、呆れ果てた様子の加奈さん。


「大人になっても夫婦なら問題ないはず。家の中だし」

「まだ夫婦じゃないでしょ?」

「実質的に夫婦」


 うん、まあ。

 もはや両親公認の関係ではあるからなあ。

 加奈さんも当たり前のように「まだ」とか言ってるし。

 明彦氏も、ここまで来たら逆に結婚しないと許さないという様子だ。


「ちゃんと結婚してからにしなさい。暁の教育にも悪いわ」

「むぅ。しゅー君……」


 味方をして欲しそうなあーちゃんだが、母親加奈さんの前でそれは困る。

 諸々世話になり過ぎて、今の時点で既に義理の母みたいになっているのだから。


「あーちゃん。加奈さんの言う通り、暁の前では自重しないと」

「うー」


 加勢してくれなくて不満そうに唇を尖らせるあーちゃん。

 頬擦りが頭をグイグイ押しつける感じに変わっている。

 加奈さんはため息をつきながら、やれやれと言うように首を横に振った。

 不貞腐れるあーちゃんは可愛らしいが、これはこれで暁の教育に悪そうだ。

 フォローを入れよう。


「結婚したら暁は名実共に俺の弟になるんだから。いい子に育って欲しいんだ」

「ん……暁はわたしとしゅー君の弟。……少し我慢する」


 結婚前提の話に機嫌を直したようで、ほんのちょっとだけ離れるあーちゃん。

 そして背筋を伸ばし、凛とした女性を装う。

 ただ、距離は1cmぐらいしか取っていない。

 さすがに苦笑してしまう。

 それでも弟の手前、多少なり取り繕うことを覚えたのは成長だろう。

 ……多分。


「おっと、そうはいかないぞ。暁」

「あー……」


 話をしてる間に盗塁をしようとしたランナーに対し、素早く送球してアウト。

 暁は悔しそうな声を出す。

 程々にストレスがかける演出は勝利を彩るスパイスだ。


 ちなみに我らの弟、鈴木暁のステータスは次の通り。


状態/戦績/▽関係者/プレイヤースコープ

・鈴木暁(成長タイプ:スピード) 〇能力詳細 〇戦績

 BC:117 SP:116 TAG:241 TAC:162 GT:184

 PS:89 TV:278 PA:188

 好感度:98/100☆


 うむ。可もなく不可もない感じ。

 だからこそ、何の打算もなく素直に接することができている部分もある。

 勿論、彼自身の選択次第では干渉することもあるかもしれない。

 けれど、今はただ自分を慕ってくれる可愛い弟以外の何ものでもない。


「やったー! かったっ! はったいなな!!」

「あー、負けたかー」


 双方それなりに点が入った上での1点差勝利に暁は大喜び。

 ルーズヴェルトゲームって奴だな。

 その無邪気な様子に、俺とあーちゃんの表情も自然と綻ぶ。


 何でもない日の日常。

 本格的な春を待つ東北の、とある1日の一幕だった。

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