037 悪魔の如く

 清原孝則が俺にちょっかいをかけてくることはなくなった。

 結果、元の木阿弥。


「もうすぐマイナークラスの試験だな」

「早めに諦めた方が身のためだぞ」

「どうせ受かりっこないんだからな」


 瀬川正樹・昇二兄弟を馬鹿にした言動が再び目立つようになってしまった。

 相変わらず、よかれと思ってそうな感じなのがタチが悪い。

 ……まあ、こんな偉そうなことを言ってる奴の性癖がアレだと考えると、ちょっとギャグに感じてしまう部分もあるけどな。


 ともあれ。

 そこから更に時が進んで小学3年生の9月1日。

 中休みの時間。


「やっぱりダメだったな」

「雑魚がいなくなって清々するぜ」

「今日から学校のクラブ活動にでも入れて貰うのか?」


 半笑いの清原孝則達の言葉に、瀬川兄弟は悔しげに俯くのみ。

 どうやら双子は学外野球チームの上位クラスへの昇格試験に落ち、そのままチームをやめてしまったらしい。

 多分、と言うか、間違いなく。結果が出た時にも煽っていたはずだ。

 それなのに、教室でまた繰り返すのはさすがに酷い。

 クラスメイトに周知しようという魂胆か。


「あんまりにも下手だったから、親もあきらめて他のチームへの申し込みもさせて貰えないんだろ?」

「まあ、後は気楽に遊びでやってればいいさ」

「目障りな奴がいなくなったから、これで俺達も練習に集中できるな」


 そう告げて、瀬川兄弟から離れていく清原孝則達。

 どうやら、彼らの中ではそこで話が完結してしまったらしかった。

 と言うのも、以後打って変わってつっかかってこなくなったからだ。


 今日も体育があり、普段はそこが1番うるさいタイミングだった。

 にもかかわらず、淡々と授業をこなすのみ。

 瀬川兄弟の扱いは学外野球チームに所属してない他の子達と同じになっていた。

 やはり自分達のチームに所属していたことが、最大の不愉快事だったのだろう。

 そうでなくなってしまえば、後はもうどうでもいい。

 全ては過去のことだ、と。


 だが、これまでずっと悪し様に言われてきた2人の心中が晴れることはない。

 当然だ。

 蓄積され続けた鬱憤は、そう簡単に消えたりするものじゃない。


「絶対に、見返してやる……」

「……うん」


 小さく、2人だけの間で伝わるように呟く瀬川兄弟。

 しかし、そちらに意識を向けていた俺の耳には届いた。


 ……うむ。

 いい感じにフラストレーションが溜まっているな。

 うまくすれば、全てモチベーションに変換できるかもしれない。

 彼らの【生得スキル】に合わせたロードマップを頭の中で作っておこう。


「今日から正樹君と昇二君も練習に加わります。一緒に頑張りましょう」


 そんなこんなで放課後。

 クラブ活動の時間の最初に、すなお先生が2人を伴って全員に向けて言う。

 学外野球チームから脱退すると、こちらに加入できるようになる。

 ただ、クラスメイトの反応は芳しくない。

 まあ、都落ちみたいなものだしな。

 仕方がない部分もなくはない。

 当然のようにキャッチボールは双子で組む形だ。

 これもまた、是非もなし、という感じ。


「くそっ」


 相変わらず、うまく投げられない。

 うまく捕れない。

 何も変わっていない。

 他の子とは組ませにくいだろう。


 こんな状態にもかかわらず最後の最後まで学外野球チームにしがみつき続けたことは、やはり尋常じゃない。

 それだけ意思が強く、夢に焦がれているのだ。

 こうなった今も変わることなく。

 ある意味、前世の俺に見習わせたい気もするな。

 これ程の情熱を何かに向けられていれば、何か別の道もあったのかもしれない。


 何にせよ、その執着染みた感情は利用できる。


「……あーちゃん、美海ちゃん。少し2人でキャッチボールしててくれる?」

「ん」

「いいけど……」


 あーちゃんは素直。美海ちゃんは若干疑問気味に応じる。

 とにかく返事を貰ったので、ボールを2人に預けて双子に近づく。


「正樹、昇二」

「何だよ」「何?」


 不機嫌そうな2人。


「お前も下手だってバカにしにきたのか?」


 お前も、か。

 この態度からも彼らのいつもが透けて見えるな。


「まあ、2人が下手なのは客観的事実だけど、馬鹿にするつもりはないよ」


 程度の差はあれ、皆最初は拙いところから始まるのだ。

 成長できるかどうかは別にして。


「……それより、上手くなりたいんだろ?」

「当たり前だろ!」


 正樹が攻撃的に答え、昇二も口を固く結びながら頷く。

 下手である自覚はあるのだ。


「だったら、手伝おうか?」

「……手伝う?」

「そう。アイツらを見返せるぐらい野球が上手くなれるように、さ」

「そ、そんなこと、できるのか?」

「俺がアイツらに体育の野球で勝ってるの、よく知ってるだろ? 同じチームなんだからさ。その俺が上達した方法を試せば、絶対上手くなる」


 同じ言葉でも誰の発言かで心に届くか変わってくるもの。

 こういう場合、実績がものを言う。

 身も蓋もないことを言ってしまえば、俺は彼らというハンデを負いながら体育で勝ち続けてきた。

 そんな俺からの提案は、確かに2人に響いたようだ。

 縋るような顔つきで分かる。


「本当に上手くなれるのか?」

「もちろんさ。6年生の大会で、目にもの見せてやろうぜ」

「…………ああ!」


 よし。釣れた。

 ……って、まるで弱みにつけ込む悪魔だな。

 しかし、一応はWin-Winとなるはずだ。

 彼らには、少なくとも夢見た自分以上には強くなって貰うとしよう。

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