029 あーちゃんの嫉妬
体育も終わって昼休み。
給食を食べ終わっても、美海ちゃんはずっと不機嫌そうだった。
校庭に遊びにも行くこともなく、自分の席で口をへの字に曲げている。
席順が出席番号順で丁度俺の後ろなので、さっき軽く振り返ってチラ見したら睨まれてしまった。
「……よし。美海ちゃん」
そんな彼女に、振り向きざまにビニールのボールを投げる。
一応、コントロール重視で滞空時間が長くなるように投げたのだが……。
「あう」
美海ちゃんは反応できず、ボールは彼女のおでこに命中した。
痛くはないだろうが、急な衝撃にギュッと目を瞑ってしまっている。
文字で表すなら><だ。
「なにするの!?」
「それならキャッチの練習になるかなって思って」
床に転がったボールを拾って、もう一度投げる。
今度は高く上げてみたら、顔を上げた美海ちゃんの鼻の天辺に直撃した。
我ながらナイスコントロールだな。
「ふぎゅぅ」
「ご、ごめんごめん。でも、痛くはないでしょ?」
「……うん」
「これで慣れたら、キャッチボールも簡単にできるようになるよ」
柔らかいボールでキャッチングの時の恐怖心をなくすというのは、実際に子供向けのトレーニングとしてある。
まあ、やり過ぎるとキャッチボールではなく野球の公式球そのものを怖がったりするようになる可能性もあるけれども。
とりあえず、前のめりな美海ちゃんには合っているだろう。
「野球、うまくなりたいんだよね?」
「…………うん。なりたい!」
真剣に問いかけると、嘘偽りない本気と分かる強い答えが返ってくる。
ならば、ステータスを操作しよう。
彼女の望みを叶えるために。
けど、その前に自然体で野球ができるようにならないといけない。
「じゃあ、まずはここから。頑張ろう?」
「…………わかった。もっとやって」
「ん。了解」
頷きながらボールを回収し、動作を繰り返す。
ふむ。
ほぼ遊びに近いからか、少しずつマシになってきているな。
補正が利いてきているのだろう。
そうして何度目かのサイクルの後。
「お? っとと」
左腕が急に重くなった。
見ると、いつの間にか傍に来ていたあーちゃんがくっついてきていた。
何だか不満そうな気配が漂っている。
「あーちゃん?」
呼びかけてもグイグイ体を押しつけてくるのみ。
ははあ。
これは嫉妬だな。可愛らしい。
こっちから彼女の手を探って握ってやると、少し負荷が弱まる。
「…………あかねちゃんって、へんなこね」
その様子を見て、何だか呆れたような顔をする美海ちゃん。
「じこしょーかいでもいってたけど、しゅーじろうくんがすきなの?」
続けて口を開いた途端、どストレートな質問。
いやはや、女の子はませてるな。
小学1年生から。
「すき。けっこんする」
「ふーん。まあ、しんぱいしなくても、わたしはにほんいちのプロやきゅーせんしゅのおくさんになるから、しゅーじろうくんはどーでもいいわ」
お、おう。
一刀両断されてしまった。
子供の無邪気な冷酷さよ……。
いや、別に構わないけど、何だかな。
微妙に気分になっていると、あーちゃんは逆に「絶対に譲らない」とばかりに力を込めてくる。
「だから、しんぱい。しゅーくんはしょうらい、にほんいちのプロやきゅうせんしゅになるから」
「え? ぷっ、あははは! あかねちゃん、おもしろーい、あはは!」
いや、ガチのつもりだけどね。
それぐらいにならないとアメリカに挑む資格もないだろうし。
けど、まあ、冗談にしか聞こえないわな。
「……みなみちゃん、きらい」
「まあまあ。折角だから、仲よくしよう? ね?」
珍しく頬っぺたを膨らましているあーちゃんの頭を撫でて宥める。
同性の友達ができるかもしれない折角の機会だからな。
余程相性が悪いと逆効果になるが、基本は同じ時間を過ごすのが肝要だ。
「うー……しゅーくんが、そういうなら」
渋々ながら受け入れてくれるあーちゃん。
ただ、手は繋いだままだ。
更に俺の腕にギュッと抱き着いてきている。
まあ、今のところはこれで十分だろう。
「どっちでもいいけど、はやくボールなげてよ」
「はいはい」
急かされて、ボールを軽く放る。
何はともあれ。
そんなこんなで、休み時間は美海ちゃんのキャッチング練習をすることになったのだった。(あーちゃんも一緒に)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます