019 将来の夢
「よおし。行くぞっ、秀治郎君!」
「うん!」
声の力強さとは裏腹に、下手投げでふんわり軟式のボールを投げてくる明彦氏。
まあ、いくら前世では余り運動してなかったにせよ、これぐらいなら問題ない。
それこそグローブなしでも簡単に掴むことができるレベルだ。
むしろ、グローブでうまく捕る方が難しいかもしれない。
と言うか、明彦氏が加減し過ぎたのか、ちょっとだけ距離が足りない。
「ほっ、と」
だから俺は1歩前に出て、グローブを差し出すようにしてキャッチした。
今生での初捕球だな。
学生時代のソフトボールの授業以来だ。
「お、うまいじゃないか」
ちょっと驚いたように明彦氏が言う。
まあ、同年代の子に比べると平均2倍ぐらいのステータスだからな。
キャッチボールがどういうものか理解していれば何とかなる。
ちなみに、現在のステータスはこんな感じだ。
☆成長タイプ:マニュアル
☆体格補正値 -60%
☆年齢補正値 -40%
残り経験ポイント2
【Bat Control】▼△
200(F)
【Swing Power】▼△
200(F)
【Total Agility】▼△
200(F)
【Throwing Accurate】▼△
200(F)
【Grabbing Technique】▼△
200(F)
【Pitching Speed】▼△
100
【Total Vitality】
1000(SS+)
【Pitching Accurate】▼△
200(F)
ポジション適性へ⇒
変化球取得画面へ⇒
スキル取得画面へ⇒
その他⇒
多分、数字だけなら既に前世を超えているんじゃなかろうか。
ゲームのスキルならともかく、実際の野球のスキルなんて皆無だったしな。
まあ、ここから体格補正や年齢補正がかかっていく訳だけど。
「ほら、ここに投げ返すんだ。できるかな?」
「うん。……えいっ」
球速も補正がかかり、更にコントロール重視で投げたので山なりの軌道。
それでも明彦氏の胸元の辺りには行った。
「ちゃんと届くなんて凄いな!」
「しゅーくん、かっこいい!」
完全な子供補正だと分かっていても、褒められるとちょっと嬉しい。
前世じゃ運動で褒められた経験なんてほぼなかったからなあ。
そんなことを考えながら、何度かキャッチボールを繰り返す。
力のない球ではあるものの、割と明彦氏の構えたところに行っている。
ある程度ステータスを上げたおかげだろう。
「……初めてとは思えないな」
「そうかな?」
「ああ。頑張れば、プロ野球選手になれるんじゃないか?」
いや、さすがに現段階でそれは言い過ぎにも程がある。
何せ、3部リーグでも基本ステータスが平均800あるからな。
2部リーグは平均840で1部リーグだと平均880ぐらいだ。
ちなみに大リーグは平均900程度。
意外にも基本ステータス上はそこまで差が大きくない。
ただ、日本人野球選手より体格補正の部分で平均5~10%上回っている。
これが物凄く大きい。
ステータスは似た数値でも、補正後は50~100の差が出る。
最終的な身体スペックが根本的に違うのだ。
それで同じ土俵だと勘違いしたまま戦おうとするのだから、勝てる訳がない。
まあ、何にしても。
この年齢では優れていても、上を見れば先はまだまだ遠い。
10年以上かけて、みっちりと鍛えていかなければならない。
そして――。
「うん。僕、将来は日本一のプロ野球選手になるよ!」
当たり前に。通過点として。
それぐらいでなければ、この世界のアメリカに勝つことはできないだろう。
「そうか。日本一か。それはいいな!」
言葉だけ聞けば大言壮語甚だしい。
それを無闇に否定しない辺り、明彦氏はいい大人だ。
その明彦氏は、何かを噛み締めるように目を閉じてから口を開いた。
「……俺にもな、夢があるんだ」
「夢?」
「そう。ウチの会社が運営してるクラブチームを、1部リーグのプロ野球球団にすること。そして日本一になること」
野球に狂った世界だけに、社会人野球チームも無数にある。
それこそ企業の数程あるらしい。
チームを設けることは、ある種の義務のようになっているようだ。
経営的に大きな負担にしか思えないが、確かなメリットもなくはない。
この世界の日本には前世とは違い、社会人野球チームがそのままプロ野球球団になる道が常に用意されているのだ。
簡単に言うと、社会人の全国大会の1つである都市対抗野球でベスト4まで進出すると、3部リーグの下位チームに入れ替え戦を挑むことができる。
そこで勝利してプロ野球球団となった日には、たとえ3部リーグでも多額の補助金が出るし、グッズ販売や興行収入で一攫千金だ。
何せ、この世界なら運営を雑にやっても100%黒字だからな。
その代わり、3部リーグだと社会人野球チームに転落する可能性があるけども。
しかし、多分に漏れず明彦氏の会社にも野球チームがあるのか。
……ふむ。
最終目標を一流のプロ野球選手とかではなくアメリカ打倒とするのなら、その夢を手伝うのも選択肢としてアリかもしれない。
ある程度ヴィジョンを共有した仲間を作るなら、未完成なチームからスタートした方が手っ取り早いという考え方もある。
しかも、鈴木家への恩返しにもなる。
……うん。本気で考えるか。
「じゃあ、僕が将来おじさんとこのチームに入って強くするよ!」
宣誓するように強く言い、少し力を込めて球を投げる。
僅かに逸れたが、ちょっといい音を鳴らしながら明彦氏のグローブに収まった。
彼はそれに一瞬驚き、それからフッと笑った。
「言ったな。なら、約束しようか」
「うん!」
明彦氏と指切りをする。
すると――。
「……あかねもやる」
いつの間にか蚊帳の外になっていて不満だったのか、あーちゃんがマダーレッドのグローブを両手で持ちながら体を押しつけてきた。
「茜も?」
「ん」
明彦氏の問いかけに、唇を尖らせながら頷くあーちゃん。
そのまま小指を差し出してくる彼女に、明彦氏と俺は顔を見合わせて笑った。
「分かった。じゃあ、約束だ」
「ん!」
明彦氏、俺の順番で小指を絡める。
「指切った!」
「ん!!」
どうやら、この約束は3人のものになったようだった。
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