015 こうして幼馴染になった
「茜ちゃん、お母さんがお迎えに来ましたよ」
保育士さんに言われ、あーちゃんと手を繋いで一緒に保育園の入口へと向かう。
そこで待っていた加奈さんは以前よりも若々しい。
気のせいなどではなく。
あーちゃんがこうして元気になり、心配が幾分か和らいだおかげだろう。
表情からして全く違う。
張り詰めたような感じもなく、雰囲気も実に柔らかだ。
「茜、今日もいい子にしてた? 秀治郎君も」
「もちろん!」
元気よく答える俺とコクリと頷くあーちゃんを見て、加奈さんは和やかに笑う。
繋いだままの俺達の手に向いた視線は、何だか微笑ましげだ。
「さ、帰りましょう」
「はーい」
加奈さんに連れられて、俺も一緒にあーちゃんの家に向かう。
別に両親に捨てられた訳ではない。
保育時間を短くして、母さんが定時になるまでお世話になっているだけだ。
11時間保育を8時間保育に変更したのだが、そうすると料金が安くなるらしい。
月換算すると家計的に馬鹿にできず、厚意に甘えさせて貰っているのだ。
行きもそう。
一旦あーちゃんの家に寄り、少し過ごしてから連れていって貰っている。
同じ保育園に通っているだけあって、割と家が近かったのだ。
断っておくと、こちらから無理強いした訳ではない。
ありがたくも、加奈さんから提案を受けたのだ。
勿論、母さんも最初は申し訳ないからと断っていた。
けど、あーちゃんが俺と一緒にいたがるからという理由でお願いされ、そういうことであればと受け入れた形だ。
野球から遠い職業のせいで薄給の両親。
割と生活はカツカツのようなので、とても助かっている様子だ。
異世界の世知辛い現実とでも言うべきか。
正直、鈴木家には頭が上がらない。
ともあれ、そんな生活を送って既に5ヶ月。
「あーちゃん、帰ったらうがい手洗いだよ」
「ん」
もはや勝手知ったる他人の家だ。
茜ちゃんと連れ立って洗面所に行き、手を洗ってうがいをする。
それから居間に戻ると、後は自由時間だ。
「今日はこのアルファベットのパズルで遊ぼっか」
「ん」
大体、5時半頃まで知育玩具を使って2人で遊ぶ。
何かトラブルがなければ、母さんが迎えに来るタイミングは一定だ。
1回か2回、父さんが来たこともあったけど……。
「鈴木さん、いつも申し訳ありません」
今日はいつもと変わらない様子だ。
「いいんですよ。茜が秀治郎君と一緒にいたいんですから。それに、秀治郎君と一緒だとお勉強もしてくれますし」
恐縮し切りの母さんに、迷惑ではないと微笑む加奈さん。
話す内容は日によって少しずつ違うけど、大体いつもこんな感じだ。
「……ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
母さんに合わせて俺も元気よく感謝を口にする。
そんな俺に加奈さんはクスリと笑って「どういたしまして」と返す。
もう日々の日課のようになっているが、しっかり言葉にすることは大事だ。
親しき中にも礼儀はある。
当然、それだけで済ませるつもりはない。
いつか鈴木家には恩を万倍にして返す予定だ。
「さ、帰りますよ。秀治郎」
「はーい」
背中に触れて促す母さんに返事をして、あーちゃんに向き直る。
「しゅーくん……」
俺の名を呼ぶ声は少し寂しげだ。
「あーちゃん、また明日ね」
それでも別れの言葉に素直に頷くあーちゃん。
明日になれば会えるとちゃんと分かっているので、ぐずったりはしない。
我慢してるのがありありと分かるので、少し可哀想になるけど。
「またね……」
グッとこらえて手を振り合い、母さんと帰宅する。
近頃だと、眠っている時間を除外すれば一番一緒にいるのはあーちゃんだ。
あーちゃんから見てもそう。
誰がどう見ても幼馴染そのもの。
持たざる者からすれば、空想上の産物のような貴重な相手だ。
その上、俺の都合で人生にこれでもかという程に干渉してしまっているのだ。
こんなにも幼い内から。
健康にしたことは、まあ、責められることではないかもしれないけど。
その後もステータスを弄り続けてる訳だしな。
一生にわたって大事にしなければならない存在と言っても過言ではない。
だから、これからも可能な限り大切にしていくつもりだ。
……まあ、大人になってあーちゃんが望まなければ、その限りじゃないけどな。
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