010 鈴木茜

「今日から皆のお友達になる鈴木茜ちゃんです」


 保育士さんがつとめて明るく言う。

 しかし、幼児クラスの面々は戸惑いの表情を浮かべるばかりだった。

 前世の記憶がなければ、多分俺も似たような顔になっていたことだろう。


 視線の先にいるのは、とても3歳とは思えない小さな女の子。

 しかも、顔は青白くて目は虚ろ。

 おかっぱの黒髪は張りがなく、何だかパサパサしている。

 全体的に生気が乏しい。

 立っているのもやっとという感じだ。

 と言うか、1人では立つことができていない。


 隣に彼女を支えている若い女性(母親と思われる)がいる。

 一目で美人と分かるが、疲れからか若干陰りも見て取れた。


「茜ちゃんはとても疲れ易いので、しばらくの間、お母さんも一緒です」


 ……ふむ。

 いわゆる医療的ケア児という奴だろうか。


 保育士さんの簡単な説明を受けても、周りの皆は一歩引いているような様子だ。

 正直なところ3歳児であれば仕方のないことだと思う。

 が、子供達のそんな反応のせいか母親の女性は不安げだ。


 仕方がないな。

 ここは精神年齢が高い俺が一肌脱ぐとしよう。


「皆みたいに元気いっぱい遊べないかもしれませんが、仲よくしましょうね」

「はーい!」


 率先して保育士さんに応え、手を挙げて子供らしく元気よく返事をする。

 すると、保育士さん達と茜ちゃんママは少しだけホッとしたようだった。

 勿論、母親が美人だから子供も将来は美人になるに違いない、と粉をかけるつもりでやった訳ではない。

【プレイヤースコープ】で茜ちゃんのステータスを確認したからだ。


 …………言い訳のつもりだったけど、大してフォローになってないな。

 逆に酷いかもしれない。

 い、いや、それはともかく彼女の能力だ。


状態/戦績/関係者/▽プレイヤースコープ

・鈴木茜(成長タイプ:マニュアル) 〇能力詳細 〇戦績

 BC:6 SP:5 TAG:9 TAC:8 GT:13

 PS:20 TV:10 PA:6

 残り経験ポイント:0 好感度:0/100


 そう。遂に【成長タイプ:マニュアル】の子が現れたのだ。

 自分自身と両親以外では初めて見る。

 正直、上がったテンションを隠すのが大変だった。

 意識して気持ちを抑えつつ、近づくことができるタイミングを待つ。


 そうして自由遊びの時間。

 俺は早速、端の方で床に座っている茜ちゃん母娘の傍に行った。

 他の子達は遠巻きに見るのみだ。


「僕、野村秀治郎。よろしくね」


 返事がない。

 と思ったが、大分遅れてほとんど分からないぐらいの頷きがあった。


「ごめんね、秀治郎君。茜は少し声を出すだけでも疲れちゃうの」

「そうなの?」


 その問いかけに、茜ちゃんは肯定するように見つめてくる。

 頷くだけでも一苦労という感じか。

 改めて、彼女のステータスを確認する。


 うん。

 一目で思ったことだけど、全体的に能力が低過ぎる。


 操作前の両親のステータスから考えても、少なくとも俺と両親の3人は500ポイントの【経験ポイント】を持って生まれてきた。

 どう考えてもステータスの数値と見合っていない。

 かと言って、自動割り振りをしていない訳でもなさそう。


 ……もしかすると初期に獲得できる【経験ポイント】が違うのか?


 そう一瞬疑いながら、一先ず何かしらスキルを取得している可能性を考えて【能力詳細】から確認してみる。


・鈴木茜

〇能力詳細

▽取得スキル一覧

 名称    分類

・直感   生得スキル

・以心伝心 生得スキル


 一瞬、驚きの声を上げそうになるのを必死に我慢した。

 貴重な【生得スキル】が2つ。

 各200ポイントだったから……。

 ステータスに割り振れるのは残りの100ポイントのみ。

 だから、全体的に数値が低かったのだろう。


 俺の両親がスキルなしだったことを考えると、【成長タイプ:マニュアル】でスキル持ちは結構珍しいんじゃなかろうか。

 これは、積極的に仲よくなっておいた方がよさそうだ。


「じゃあ、えっと、絵本は好き? 読んであげる!」


 俺の打算塗れの提案に、茜ちゃんはほんの僅かに頷く。

 どことなく嬉しそうな雰囲気だ。


 ……うーん。

 そう純粋な反応をされると、罪悪感が凄い。

 転生者の心は、大人の汚さで染まってしまってるな。

 反省しないと。

 そう思いながらも。


「と、取ってくるね!」


 今はやましさを隠すように、逃げるように。

 俺は、女の子が好きそうな絵本を取りに本棚へ向かったのだった。

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