第二章 悪役令嬢は強力な協力者を得る。

第11話 可愛い訪問者

 ルイとの婚約発表から早、十日が過ぎた。

 あの後、茫然自失としてた私をアルフォンソが引きずるように馬車に詰めて屋敷へ戻ったが、私は覚えていない。

 数日の間は、自室に籠り、何とかこの危機的状況を脱する術がないかと、あらゆる攻略方法を紙に書きだして考えた。

 しかし、どうやっても抜け道がないと分かってからは、とうとう考えることすら放棄してしまった。



 そして、私は………………………………引きこもっていた。



「クロエお嬢様、失礼いたします」


 扉をノックする音と共に、聞きなれたアルフォンソの無機質な声が響いた。

 部屋の主が「どうぞ」とも言っていないうちに、扉が開き、アルフォンソが顔を出す。


「クロエお嬢様、もうお昼を過ぎました。また徹夜をされたのですか?」


 相変わらず感情のない口調で言うアルフォンソの声を聞きながら、私は、もぞもぞと寝台の上で身動きした。寝ぼけまなこをこすりながら薄っすらと目を開けると、アルフォンソの整った顔が目の前にあり、どきっとし、慌てて飛び起きた。


「おはようございます。クロエお嬢様」


 乙女の寝顔を覗き見たというのに、アルフォンソは、相変わらずの無表情だ。

 私も最初は戸惑ったものの、今ではもう慣れてしまった。


「…………おはよう」


 この世界には、娯楽がない。

 貴族令嬢の嗜みと言えば、刺繍をしたり詩を読んだり、社交ダンスやマナーを学んだり……と、ものくっそツマラナイ。


(あぁ~……乙女ゲームがしたいぃ~……)


 自分が今、乙女ゲームの世界に居るというのに、乙女ゲームが出来ないというこの矛盾と葛藤。それほどまでゲーマーにとってゲームのない日常というのは、耐えがたい苦痛の日々なのだ。

 だからと言って、元々インドア派の私に、外へ出て行くという選択肢はなく、日がな一日中ずっと部屋に籠って、くだらない落書きをして過ごす日々。

 それでも、明日はやってくる。毎日、何もしなくても、食事が用意され、湯浴みや着替えは全てタバサが手伝ってくれるので、私の生活は堕落していった。


「クロエお嬢様。お客様がおいでです」


「……え? お客さま?」


 私の問いに答えるように、つかつかつか……と、ヒールの音を高らかに立てながら誰かが部屋へと入ってきた。


「失礼いたしますわ」


 声に怒気をはらませて、こちらを睨むように立っていたのは、ピンクのドレスに身を包んだ、可憐な少女だった。ふわふわの綿毛のような金髪にサファイアの瞳。ビスクドールのように美麗な容姿。

 私は、一目で彼女が誰だか解った。

 【ヴィヴィアン=ルゥ=エテルニア】十四歳。ルイの妹だ。


「…………何ですの、これは」


 ヴィヴィアンが床に散らばっている紙の山を蔑むような目で見ながら言った。

 紙は、黒いインクで絵と文字が描かれている。


「あー……それは、漫画……って言っても、わかんないか。まぁ、絵本みたいなものかな」


 私は、ぼさぼさの頭を掻きながら答えた。退屈しのぎに書き始めた落書きだったのだが、思いの他、熱が入ってしまい、夜を徹して描いてしまった。

 元々絵を描くのは得意だったので、他人に見られても恥ずかしくはないのだが、ストーリーが乙女ゲームを舞台にした転生もの――つまり、今の私の状況をモデルにして描いているので、少々照れくさい。


「……お、絵本ですって? な、ななな・な何て破廉恥なっ!!」


 何か誤解した様子のヴィヴィアンだったが、散らばっていた紙の束を何枚か手に取ると、顔を真っ赤にしながら熱心に漫画を読み始めた。


「こ、これは……あなたが描いたのですか?」


「うん、そうだけど……あーごめんね。今、片付けるから。……アルフォンソ」

「はい、お嬢様」

「い、いいえ! これは、私が没収いたしますわっ!」


「え?」


 ヴィヴィアンは、こほん、と咳払いを一つして、話題を変えた。


「今日は、あなたに話があって来たのです」


「はい。なんでしょう?」


 彼女のキャラクター設定をよく知っている私は、大体予想がつくので驚かない。


「あなたっ! せっかくルイお兄様の婚約者になれたと言うのに、何故、一度もルイお兄様に会いにいらっしゃらないのですの?!」


 〝ルイお兄様〟

 そう、ヴィヴィアンは、大のつくブラコンなのだ。


「いや、会いたくないので」


「なっ?! ……なんですって?!」


 ヴィヴィアンが顔を真っ赤にして、可愛い口をぱくぱくと開け閉めする。

 私は、それを見て、まるで金魚みたいだなと思った。


「あんなに毎日毎日……凝りもせず、お兄様の元へ足繁く通っていたというのに……正式に婚約者となった途端、ポイッですの? お兄様があんまりですわ!」


「いや、別に捨ててないけど」


(捨てられるものなら、いっそ捨てたい……)


 それに、ルイの元へ足繁く通っていた、というのは、私が転生してくる前のクロエ嬢のことだろう。正確には、私ではない。


 ヴィヴィアンは、わなわなと華奢な肩を震わせながら私を睨む。


「いいですわ。あなたがその気なら……この婚約、破棄させて頂きますわっ!」


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