部屋に隠れた謎
家宇治 克
第1話 おじいちゃんの部屋の謎
おじいちゃんの部屋は、いつもぐちゃぐちゃだ。
本棚はタイトル順でも、作者順でもない。
テーブルの上は、数日分の新聞でいっぱいだし、服も、あと少しでタンスなのに、床に落ちてる。
「おじいちゃん、部屋片付けなよ」
僕がそう言っても、おじいちゃんは生返事で、一向に直す気がない。
おばあちゃんはそれを見て、いつもクスクス笑っている。
「ねぇ、部屋汚くて嫌にならないの?」
僕がおばあちゃんにそう聞くと、おばあちゃんは「いいえ」と首を横に振った。それどころか、楽しそうにしている。
「あの部屋でねぇ、私、今日の献立決めたり、あの人からの感謝を受け取っているのよ」
あの汚い部屋からどうやって?
僕が気になって尋ねてみると、おばあちゃんは少し困った顔で、ヒントだけ教えてくれた。
「服は食べ物、新聞は一日。本棚はメッセージなの」
それ以上何も教えてくれなかったから、僕はもう一度、おじいちゃんの部屋に戻ってみる。
僕は床に落ちた服を、じっと見つめる。
服は食べ物、おばあちゃんはそう言っていた。けれど、どこが食べ物なのか。
赤いワイシャツの上に、青いズボンが真っ直ぐ伸ばされている。見れば見るほど、おじいちゃんがだらしないだけに見える。
次にテーブルの上を見る。
新聞を広げたまま置いているから、ページが落ちている。
野球の大見出しと、海の写真。それが何を指すのだろう。
最後に本棚を見る。
デタラメな並びに、サイズも違う。他の棚は綺麗なのに。下から四段目ほどの高さだけが、そうなのだ。
物語の頭文字かと思ったが、並び同様デタラメで。
これのどこにメッセージが?
おじいちゃんが帰ってくる前に、おばあちゃんの言っていたことを解き明かしたいが、僕では分かりそうにない。
しばらく悩んで、考えたが、どうしても無理だ。
諦めておばあちゃんを呼ぶ。おばあちゃんは、部屋の様子を見て、ちょっと嬉しそうに笑っていた。
「おばあちゃん、分からないや」
「うふふ、そうよねぇ」
おばあちゃんはそう言って、僕にこっそり教えてくれた。
「おじいちゃんは、今日は釣りに行ってくるみたいねぇ。釣った魚を、焼いて欲しいのね。今日は私の誕生日だから、張り切ってるみたい」
この汚い部屋のどこを見て、そんなことが分かるんだ。僕が答え合わせをせがむと、おばあちゃんは「内緒よ」と唇に指を当てる。
「あのお洋服はね。魚を焼いているのよ。赤い服を火に見立てて、ズボンをね、魚にしてるの。ほら、そうやって見ると簡単でしょ」
おばあちゃんは次に、テーブルを指さした。
「あれはね、テーブルの上から順番に見るの。野球の写真に、海の写真で釣りをさすのよ」
「どうして野球の写真を?」
「竿もボールも、投げるものでしょう」
なるほど、かけているのか。
僕が納得すると、おばあちゃんは本棚を指さした。
物語の頭文字でも、作者の名前でもないから、どこを見るべきか分からなかった。
「これはね、おじいさんの思いやりなのよ」
──これが?
どこがどう思いやりなのか。
おばあちゃんは部屋に入っていくと、本棚の前に立つ。
そして、僕に振り返った。
「私、背が低いでしょう?」
そう言われて、僕はようやく気がついた。
見るべきは、頭文字でも、最後の一文字でもない。
真ん中の文字だった。
おばあちゃんの目線に合わせて並べられた文字は、『お誕生日おめでとう』と読めた。
おばあちゃんは恥ずかしそうに笑って、教えてくれる。
「これねぇ、私とおじいさんが若い時に始めたことなのよ」
言葉にするのが苦手なおじいちゃんが、おばあちゃんに伝えるための、精一杯のことなのだという。
僕はそうなんだ、とようやくおばあちゃんの言ったことが理解出来た。
おばあちゃんの言う通り、おじいちゃんが魚を釣って帰ってくる。反対の手には、ケーキを提げていた。
おじいちゃんは、特に何も言わずにそれを手渡す。おばあちゃんは「わかってますよ」と、嬉しそうに受け取った。
こんな形の伝え方もあるのかと、僕は学んだ。
明日のおじいちゃんの部屋は、どんな風になっているのだろう。
部屋に隠れた謎 家宇治 克 @mamiya-Katsumi
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