不老不死の魔女と破壊を司る悪魔のお話

嬉野K

ジュースを飲んでいるの

 それは破壊を司る悪魔。呼び出せばなんでもぐちゃぐちゃに破壊してくれる。人だろうが国だろうが脳みそだろうが、問答無用で消し去ってくれる。

 

「俺を呼び出すやつがいるとは……酔狂なやつがいたもんだ」薄暗い部屋で、蘇った悪魔は言う。「さて……あんたが俺を呼び出したのか?」

「はい」悪魔を呼び出した少女は言う。「なかなか苦労しましたよ。あなたの召喚条件……結構キツイんですもの」

「そう簡単に呼び出されたら困るからな」


 薄暗い部屋が雷で一瞬だけ照らされる。そして悪魔が、


「さて……俺を呼び出したご主人様……あんたの願いは何だ? あんたが望むなら、なんでもぐちゃぐちゃに破壊してやる」

「破壊……一応聞きますが、本当になんでも破壊できるんですか?」

「ああ。物体として存在しないものでも破壊できるぞ。たとえば友情や愛情……愛し合ってた2人が突然憎しみ合う……そんなことも演出してやるよ。当然物体だって破壊してやれる。嫌いなやつの体ごとぐちゃぐちゃにして、お前にプレゼントしてやってもいい」

「魅力的な提案ですね」少女はクスクスと笑う。悪魔を前にしても物怖じしない少女だった。「その力の、代償は?」

「1回で……あんたの寿命10年。といっても安心しな。寿命が尽きたらいきなりパッタリ死ぬわけじゃない。近いうちに、自然な形で死ぬだけだ」

「なるほど……わかりました」

「ああ……じゃあ、あんたが破壊したいものは何だ? なんでも俺がぐちゃぐちゃにしてやるよ」

「そうですねぇ……」



 ☆ ☆ ☆



 少女は部屋の明かりをつける。そして席に座って、グラスの中の飲み物を飲み干した。


「あら……悪くない。けれど……」少女は悪魔を睨みつけて、「ちょっと実が残ってるわ。もっと粉々の……ぐちゃぐちゃにしてちょうだい」

「……」

「そうね……次はこっちをお願い」

「……」悪魔は呆れたような視線を少女に向ける。「お前……今、自分が何してるかわかってるか?」

「わかってるわ」少女はグラスを掲げて、「ジュースを飲んでいるの」

「そんなことは見ればわかる。問題なのは……なんで


 少女が今飲んでいるのはリンゴジュース。そしてそのリンゴは、少し前まで果実だった。そのリンゴを潰したのは、破壊の悪魔だ。


「お前は今……悪魔の力でリンゴジュースを作ったんだぞ?」

「なにか問題かしら? なんでもぐちゃぐちゃに破壊してくれるのでしょう? ミキサーとしては優秀じゃない」

「……悪魔をミキサー扱いしたやつは、お前が初めてだよ……」

「それはどうも」

「とにかく……お前は今、寿命を10年使ったんだ。それはわかってるか? 10年の寿命を使って、リンゴを潰したんだぞ?」

「あら……心配してくれてるの?」


 悪魔は舌打ちして顔をそらす。うろたえてるのは悪魔で、余裕があるのが少女。これでは、どっちが悪魔かわからない。


「とにかく次ね。このオレンジを潰してちょうだい。もし種なんて残ってたら、自分の体をぐちゃぐちゃに破壊しなさい」

「お前、悪魔かよ……」ドン引きしつつも、「もう一度だけ言うぞ……? その願いは、10年の寿命に値するものか?」

「さぁ?」即答だった。「そんな知らないわ」

「なら……」

「いいからやりなさい」少女は悪魔をにらみつける。「力を行使しないあなたに興味はないわ。やらないなら、さっさと消えて」

「……」


 悪魔は渋々と言った様子で、オレンジの果実を潰す。そして絞り出した果汁をグラスに注いで、少女に差し出した。そのグラスを傾けてオレンジジュースを飲んで、


「あら良いじゃない」満足そうにうなずいた。「最高級のミキサーでも、ここまではできないわ。褒めてあげる」

「……そりゃどうも……」


 悪魔は平静を装いつつも、内心はかなり動揺していた。眼の前の少女は、今まで悪魔が見てきた人間たちとは、あまりにも異なるからだ。


 破壊の悪魔。彼を呼び出す人間は、多くが暴力的なことに彼の力を利用した。敵対国の王様の脳みそを潰せとか、気に入らないアイツをぐちゃぐちゃにしてくれとか、主に人間の命を破壊してきた。


 しかし目の前の少女はどうだ。部屋のテーブルには果実がたくさん並べてある。悪魔への捧げ物かと思えば、それらを潰してジュースにして飲むのだという。10年という寿命を失ってまで、飲みたいものなのだろうか?


「さて次」少女は柿を掲げて、「これを潰しなさい。粉々によ」

「……」悪魔は聞く。「お前……死にたいのか?」

「……なんでそう思うの?」

「10年の寿命……それは安くない。そんな寿命を惜しげもなく使っちまうあたり……手の込んだ自殺にしか見えないな」


 察するに彼女は死ぬために悪魔を呼び出したのではないだろうか。寿命を使い続ければ、自然に死ねる。そう思っての行動ではないだろうか。


 しかし、


「……死にたい……」少女は空っぽのグラスを眺めて、「どうかしらね。そんなこと、願ったこともなかったわ」

「そうなのか?」

「ええ……だって、願うまでもないもの」

「……? 願うまでもない?」

「私……明日死ぬの」平然と少女は言い放った。「ちょっとした病気でね……明日が手術。だけれど……助かる可能性は0%」

「……?」なんとも不可解な話だった。「……助かる可能性がないのに手術するのか? だったら……」


 最初からしないほうがいい。それとも0%というのは少女の悲観的な観測なのだろうか。本当は0.1%くらいはあるのだろうか?


「失敗するための手術だもの」

「はぁ?」

「見てご覧なさい」少女は部屋の中を見るよう促して、「見ての通り……この家は豪邸よ」

「そうだな」


 内装も、そして大きなテーブルに置かれている果実も……少女の服装も芸術品もシャンデリアも、すべてが高級品だろう。


「この豪邸に住む大富豪の一人娘……それが私」少女はグラスを置いて、「ということになっている」

「……なんだそりゃ……本当の娘じゃないってことか?」

「これ以上聞きたいなら」少女は柿を手に持って、「これも潰しなさい」

「……はいよ……」もともと召喚された悪魔は、主人に逆らう権限を持っていない。命令されたらやるしかない。「それで……あんたはこの家の本当の娘じゃないのか?」

「そうよ。買われたの」あっさりと衝撃の事実を告げるものだ。「普通に話してもつまらないわね……じゃあ、ここでクイズよ」


 クイズにしてもつまらねぇよ、という言葉を飲み込んで、悪魔は少女の言葉を待った。


「どうして、私は買われたと思う? 病気があるのは本当よ。助かる可能性が限りなく0に近いのは確か。私はある程度成長したら、死ぬことになってる。どうしてそんな子供を買ったと思う?」

「……」死ぬとわかっている子供を買う理由。「……資産家が買ったんだろ? 自分たちなら治してやれると思ったんじゃないのか?」

「慈悲深い回答ね。悪魔なのに」悪魔らしくないとは悪魔本人も思っている。「だけれど不正解。私の両親は、私を殺すために買ったの」

「……?」


 わざわざ教育費をかけて、死ぬ子供を買う。もちろん短い期間とは言え家族として過ごしたという思い出が欲しかったのかもしれないが……


「若くして娘を亡くした、悲劇の社長」少女は柿のジュースを飲んで、「そんなストーリーがほしいのよ。大切な娘のために全力を尽くしたけれど、娘を亡くした。なんて可愛そうな社長。そうやって同情されて、好感度を得ることが目的なの」

「……なるほど……」好感度のためだけに娘を買ったわけだ。「悪魔だな」

「そうね」悪魔から見ても、悪魔だ。「ということで……明日の手術は失敗することになってるの。奇跡を信じて大金を払った手術は、死闘の末に失敗する。社長は私の亡骸のそばで泣き崩れて、ネットニュースにされるわ。そんなストーリーが、あらかじめ決められているの」


 失敗することが決まっている手術。だから、成功率が0%なのか。


 しかし……


「俺なら、そのストーリーを破壊することだってできる」


 悪魔が破壊できるのは物理的なものだけじゃない。誰かが思い描くストーリーだって破壊できる。なんなら、この少女の病気だって破壊することもできる。寿命という概念だって、その気になれば壊せる。この世の理を外れてぐちゃぐちゃにできる。


「あら……助けてくれるの? 悪魔なのに?」こいつは、悪魔をなんだと思っているのか。悪魔は気に入らない相手を地獄に落とすだけだ。「でも、いいのよ。社長のストーリーは完成させてあげて。あんな父親でも、ここまで私を育ててくれたんだもの。愛はなかったけれど、何一つ不自由もなかったわ。最後の晩餐に、山盛りの果実が食べたいって言ったら簡単に用意してくれた」


 だから、こんな量の果実がテーブルに並べられているわけだ。まさか父親も、悪魔を呼び出してジュースにするとは思っていなかっただろうな。


「感謝してる」少女は遠い目をして、「あの人に買われたから、私は最高の治療を受けられた。最後には死ぬことになっていたけれど、治療をしたという事実が必要だったからね。その結果として私は長生きできた。そして……あなたとも出会えたし……」


 そう言って少女はウィンクした。明日死ぬというのに余裕があって、無意味に腹が立つ。


 それにしても……明日死ぬか……だから寿命なんて惜しくないわけだ。寿命尽きれば、近いうちに自然な流れで死が訪れる。その自然な形というのが手術失敗。明日の手術は必ず失敗する。そして少女の命は尽きるのだろう。


 少女の命を助けることは、悪魔ならできる。悪魔は何でも破壊できるのだ。手術の失敗率だって破壊してやれる。そうすれば、どうあがいても成功する手術ができあがる。


 しかし……


「助かることは、望んでないのか?」

「望んでないわ」本人が望まないなら、意味がない。「一応、恩返しのつもりよ。どうせ短い命……形式上とは言え父親のために散れるのなら、本望よ。助けるなんて、野暮な真似はしないでね」

「……そうか……」

「そうなのよ」それから少女はパイナップルを無造作につかんで、「今度はこれを潰しなさい。ぐちゃぐちゃに原型も留めないくらい……あなたの全力を見せてちょうだい」

「全力出したら果汁も残らねぇよ。存在そのものが消えてなくなる」

「あら……じゃあ、適度に手加減して。私の最後の晩餐にふさわしいものを用意してね」

「……まったく……困ったお嬢様だね」


 なんともわがままなお嬢様だ。明日死ぬとは言え、あまりにも横暴。悪魔を使用人か何かかと勘違いしている。


 ……


 明日死んでしまうというのは、少しばかり不憫だ。寿命を奪う悪魔の言葉ではないが、別に悪魔だって誰彼構わず殺しているわけじゃない。生きて欲しい人だっている。


 しかし……少女は生きることを望んでいない。ならば、助けることはできない。



 ☆



 翌日。手術は決行された。

 予定通り、失敗した。10時間に及ぶ治療の末に、少女は力尽きた。天使のようにキレイで儚い死に顔だった。


 その少女の死体のそばで、男が泣き崩れていた。おそらくこいつが少女の父親だろう。誰にも見えない角度でニヤニヤ笑っていた。悪魔に見られてるなんて思いもしないだろうな。


 そこからの流れは迅速だ。豪華な墓が用意されて、父親は悲劇の社長として有名になった。娘の死を必死に乗り越えようとする若手社長として、一躍名を馳せることになった。


「よう」少女の墓の前で、悪魔は言う。「あんたの言う通り、父親は一躍大スターだぜ。テレビにも出まくって、業績も右肩上がり。世論ってのは怖いねぇ……別に社長の能力が上がったわけでも、商品が変わったわけでもない。ただの同情と好感度で、会社が動いちまう」


 本来は関係がない。社長の好感度が高かろうが低かろうが、商品の質が良ければ売れるべきだ。しかし往々にしてそうはならない。大抵は感情が先行して、商品の価値なんて多くの人が見ていない。


「これで満足か?」悪魔は皮肉っぽく、「あんたが死んだから、父親はさらに成り上がったぞ。最高級の治療も受けられて、さらに最後の晩餐は悪魔に振る舞ってもらえた……最高の人生だったな」


 そんな事を言い終えて、悪魔は右を向いた。そしてそこにいた少女が、


「そうね……」とても不満そうに、「……最高の人生だったわ。でも、1つ疑問がある」

「なんだ?」

「なんで私は生きてるの?」少女は自分の体を見て、「手術失敗で、私は死んだはず。幽霊になったわけでもない……明らかに実体があるもの。なぜ私は生きてるの?」

「いや……あんたはちゃんと死んだよ」

「……だったら、なんで……」

「死んだという事実を破壊した」悪魔にとっては造作もない事だ。「安心しな。世間的にあんたは死んだことになってる。ただあんたの死という概念を破壊してぐちゃぐちゃにして……結果として、あんたは生き返った……いや、生き返ったわけでもないな。生者でも死者でもなく、この世にとどまり続けることになった」

「……とどまり続ける?」

「ああ」悪魔はニヤリと笑って、「あんたの寿命という概念も破壊した。老化という概念も、死という概念すら破壊した。これであんたは、もう死ぬことはできない。どれだけ死にたいと願っても、生きることになった」

「……」さすがの少女も驚いたようだった。「……ずいぶんな仕打ちね……」

「俺は悪魔だからな」悪魔は少女の顔に近づく。超至近距離で少女の目を見つめるが、彼女も目はそらさない。「俺はあんたの生き様が見たくなった。全力で生きて、俺を楽しませるんだな」


 あくまでも、自分のため。少女の生き方が気になったというだけ。少女がつまらない人間だったならば、見捨てるだけだ。


「さぁどうする?」悪魔は言う。「もう、あんたを縛るものはなにもないぜ。病気も親も……すべてから開放された。なんたってあんたは死んだことになってる。別人として生きていける」

「……なかなか……気の利いたプレゼントね」皮肉がうまい少女だった。「でもまぁ……永遠の命……悪くないわね。まるで魔女みたいじゃない」

「魔女……」悪魔は少女を見て、「似合うな……」


 睨まれたので目線をそらす悪魔だった。あんたが魔女とか言い出したんだろうが。


「まぁいいわ……」少女はどこかに向けて歩き始める。「じゃあ、私は行く。ついてきたいなら、ご自由に」

「おう。つまんないと思ったら、すぐにどっか行くからな」


 そんなこんなで、不老不死の魔女と破壊を司る悪魔……そんなタチの悪いコンビが誕生したのだった。

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