ぐちゃぐちゃ

hibari19

第1話

「ちょっとミッチー、なんでこんなにグチャグチャなのぉ」

「うわ、うるさっ」

 心配して来てみたら、この有り様なんだもん。声だって大きくなるわ。

「ねぇ、ミッチーってば」

「わかった、わかったから耳元で騒ぐなって」

 ようやく布団から這い出てあぐらをかいたのは、このグチャグチャな部屋の住人であり私の従姉でもある、田原美智。

「ミッチー、この二日間どこ行ってたの? 部屋にもいないし、電話も通じなかったんだけど」

「あぁ、ようやっと連休が貰えたんで、一人旅にね」

「はぁぁ? 聞いてないけどぉ」

「だから、声大きいって! そりゃ言ってないもん」

 ちっ、開き直りやがったな。

「それとミッチー、部屋も相変わらず汚いけど、あの靴は何? 泥だらけなんだけど」

 おかげで玄関に入るのを躊躇ったほどだ。

「あぁ、あれね。旅先で山へ行ったら、道がドロドロのグチャグチャでさぁ。あ、だから圏外だったんじゃないかな」

「はっ、山? ミッチーが?」

「あのさぁ、佐智、一度聞こうと思ってたんだけど、私をなんだと思ってるわけ?」

「ミッチーは、部屋はいつもグチャグチャでだらしがなくて、帰って来たら食べて寝るだけの社畜で、たまのお休みはひたすら布団の中で寝てるかゲームしてるかの、冴えない女って感じ」

「うん、まぁ、いい線いってるか。それでも、最近はハイキングに嵌ってるんだよ、外に出るのも気持ちいいんだよ」

 なんだか清々しい顔してるし、気に入らないなぁ。

「ほんとに一人で行ったの?」

「そうだよ」

「誘ってくれたら良かったのに」

「だって平日だったから」

 ミッチーのためなら有給でもなんでも取ったのに、一人で勝手に行くなんて狡い。

「佐智、私と一緒に旅行行きたいの?」

「え、違うよ」

 そんな無邪気な顔で言われると素直になれない。

「じゃ、山が好きなの?」

「もっと違うわ、ミッチーが旅先で困ってるんじゃないかって思っただけだよ」

 そう言うとミッチーは少し困ったような、それでいてはにかんだような複雑な顔をした。

「いつも、部屋を片付けに来てくれてありがとね」

 え、なに。そんな素直に感謝されるなんて、調子狂うな。それに、この言葉の後に続くのは『もう来てくれなくていいよ』だろうか。


 ミッチーは、私よりも3つ歳上だけど子供の頃から頼りなくて、つい構いたくなるんだ。特に片付けが大の苦手で、子供の頃は常に一緒にいたのでずっと私がやっていた。いい大人になった今でもたまに部屋を訪れればこんな状態なので、キッチリ片していくのだがーー


「そんなことよりミッチー、時間ないから早く着替えて」

 今日のミッションはそれだけではなく、法事のためにミッチーを実家へ連れていかなければならないのだった。

「あぁ、そうだったね」

 ミッチーは、のろのろと着替え始めた。




「はぁ、ようやく落ち着いたね」

「今日はいろいろありがとうね、さっちゃんもありがと」

 ミッチーのお母さんと、ウチの母が一息つきながらお茶を飲んでいた。

 無事に法要が終わり、参列していた人たちも帰路についた。

 ミッチーはというと。

「また寝てるよ」

 たまに帰ってくる実家は居心地が良いのかもしれないな。

「昔っから、こうやってゴロ寝するのが好きだったわよね」

「いくつになっても私のとっては子供なんだけど……そろそろねぇ。あ、そうだ! これ見て」

 叔母さんが母にスマホを見せているので私も覗いて見た。そこには男の人の写真があって。

「誰これ、マッチングアプリ?」

「美智のお見合い相手の予定だったんだけど」

「えぇぇ、お見合い?」

 私の声の大きさに、母も叔母さんも驚いている。

「だってもう、二十八だよ? 親としては心配になるじゃない」

「でも叔母さん、ミッチーの部屋いつもグチャグチャだよ、結婚生活なんて想像出来ないよ」

「あぁ、さっちゃんが片付けてくれてるんだってね、ありがとね。でもこの前は私が突然行ったのに、案外綺麗だったんだよね。やろうと思えば出来るんじゃないかな、片付けくらい。さっちゃん、甘やかさなくていいからね」

 そ、そうなの? いや甘やかしてるんじゃなくて……ミッチーに会いに行く口実ってのもあるんだよなぁ。

「それは、アレでしょ。わざとグチャグチャにしてるんじゃないの」

 母がよく分からないことを言い出した。

「なんで、わざと?」

「佐智が昔それで拗ねたからでしょ」

「はぁ?」

 何故そこで私が出てくるのさ。

「覚えてないのかぁ、子供の頃からみっちゃんのお世話してたでしょ、それで、みっちゃんが自分の事は自分でするからって言った時に、佐智が大泣きしたんだよ。昔から大好きだったもんねぇ、みっちゃんのこと」

「な、なんで」

 知ってるの? やっぱり親って凄い。っていうか、そんなこと覚えていないし。

「そうかぁ、だったら、さっちゃんが美智を貰ってくれない?」

「へ?」

「お見合い話は、きっぱり断られたからさ、さっちゃんだったら安心だもの」

「いやでも、私、女だけど」

「今はそんなの珍しくないんでしょ、ねぇ」

 叔母さんは母にも同意を取ろうとしていた。

「そうねぇ、私は好きなもの同士がくっつくのが一番だと思うわ」

 え、いいんだ?

「え、でも、肝心のミッチーは?」


「ちょっと美智、起きてごらん」

 叔母さんはバンバンと容赦なくミッチーを叩く。

「んあ、何?」

「美智は、さっちゃんの事、好き?」



「ん、好きだよ」

 え、今、好きって言った?

「さっちゃんと結婚する? それともお見合いする?」

「は、そんなの決まってる」

 まだ寝ぼけているんじゃないだろうか、そんな即答出来るものなの?

「佐智と結婚する」

 嘘っ。

「え、えぇぇ」

「わっ、いたの?」

 ミッチーは私の顔を見て、困っている。本当の事じゃないのかな、ノリで言ってしまっただけとか?


「ちょっと二人だけにしてくれる?」

 ミッチーは叔母さんに言った。

「そうね、あとは若い二人でね」

 という謎の言葉を残して、母と一緒に出て行った。


「あのさぁ、さっきの話なんだけど」

 ミッチーの次の言葉を聞きたくなくて。

「その前に一つ聞きたいんだけど」

「なに?」

「わざと部屋をグチャグチャにしてたの? いつもは綺麗なの?」

「綺麗ってほどじゃないけど、片付いてはいると思う」

「そう、私が行く時だけってことか。なんで? 私が子供の頃に泣いたから?」

「え? いつの話してんの? 違うよ、佐智に来て欲しいから、会いたいからだよ」

 やだそれって、私と同じこと思ってたってこと?


「それで、さっきの話なんだけどさ」

「え、うん」

「うちの親がなんか変なこと言ってたけど、一旦忘れてくれる?」

 あぁ、やっぱり。そうだよね、そういうことだよね。一瞬、両想いかと期待したけど違うってことか。

「うん、わかった」

「改めて、私からプロポーズしたいからさ」

「結婚の話はなかったこと……えっ?」

 今、なんて?

「佐智も言ってたけど私は社畜でさぁ、日々疲れてて、週末に近づくにつれてどんどん荒んでいって、部屋以上に心の中がグチャグチャなんだ。そんな時に佐智が来てくれて、部屋を綺麗に片付けてくれるの見てると、心の中も浄化されるんだよ、それでまた頑張ろうって思えるんだ。佐智がそこに居てくれるだけで私は心地よく生きていける、居てくれないと困る、そんな存在なんだ。だから――」

 だから私の隣にいて欲しい、なんて右手を差し出すミッチー。

 いつの間に、ミッチーのくせに、こんなに格好よくなってんのさ。

「しょうがないなぁ」

 そう言って、私も右手を差し出して手を繋ぐ。

「私がいないと困るんでしょ、しょうがないからずっとそばにいてあげる」

 へへ、と笑うミッチーの顔には、さっきまで寝ていた痕がついていて、あぁやっぱり私の知ってる情けないミッチーだって安心した。

「それじゃ、行くよ」

 私は繋いだままの手を引く。

「どこ行くの?」

「決まってるじゃん、グチャグチャな部屋を片付けに! だよ」



【了】

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