タイム ボム

伊都海月

終わりの始まりは始まり

 「何が、世界をグチャグチャにする発見だ。」

 「何が害悪以外何物でもない理論だ。」

 「何が終わりの始まりの道具だ。」

 私は、荒れていた。当たり前だ。人生のすべてをかけてきた研究だったのだ。しかも、理論の正しさも証明できた。

 アインシュタインの相対性理論から原子爆弾の開発が始まったというデマと同じだ。私の時空理論が強力な爆弾の製造の可能性を示唆したからと言って、私の理論で爆弾の開発が始まるわけではない。

 まあ、私がタイムボムを作ろうとしたのが原因とはいえるのだが、でも私の理論を理解すればそう大規模な装置がなくても大学の設備程で小さなタイムボムなら作れてしまうのだ。作れるものを作らないなんて研究者としては我慢ならないこと、そう、同じだ。目の前に大好きな人がいつも使っているリコーダーがあるのに、「さあ、私を手に取って口を付け吹いてください。」と言っているかのように置いてあるのにそれに口を付けられないくらい我慢ならないこと。

 私が勤めている研究所は、私に研究の廃棄命令を言い渡してきた。勿論、私が作ったタイムボムも一緒にだ。廃棄しないと私の地位も研究施設も今後の研究資金も全て剥奪するというのだ。それは、困る。悔しいが廃棄するしか道はなかった。

 それで、問題になったのが廃棄場所だ。組み立ててしまったタイムボムは、分解することは危険すぎた。一つ間違えば時間がぐちゃぐちゃになってしまう。時間がぐちゃぐちゃになると言ことは物質もぐちゃぐちゃになるということだ。同じ空間に過去と現在未来が同時に存在する瞬間が生まれる。E=MC2 今まで質量がなかった空間に質量が生まれ、光の速さの2乗と質量をかけたエネルギーが失われる空間の横でその数倍、数百倍のエネルギーが生まれる。エネルギーは高い方から低い方へ流れていく。質量がエネルギーそのものになったり、エネルギーが質量そのものになったり物質とエネルギーの境が無くなる現象。そのきっかけになる爆弾がタイムボム。分解しているその瞬間動作するかもしれない爆弾。起動スイッチさえ入れなければ安定している。そこで指定されたのがブラックホールの中だ。わが星系から約150光年離れた場所にあるBH204。数多く発見されたブラックホールのかなでも一番最近発見されたブラックホール。それに向けて資料とタイムボムを廃棄すること。それが私がこれからも研究者として生きていくただ一つの道だ。

 私は、もう、諦めていた。全てをロケットに搭載するためのボックスに収納した。ただ一つだけ、申請していないものを入れていた。それは、時限スイッチを付けたもう一台のタイムボム。ブラックホールに落ち始めて直ぐに起動するようにセットしたタイムボム。直ぐと言ってもロケットの中では永遠に近い時間の後になるはずだ。ブラックホールの巨大な重力で引かれたロケットはとんでもない加速度でスピード上げブラックホールに落ちていく。光の速度に近づくにつけ相対性理論で証明されたように時間は引き延ばされる。そして、光の速さを超えた時には時間は止まる。その直前にタイムボムは爆発するはずだ。でも、全ての質量はブラックホールに落ちていく。だから、宇宙空間に大きな影響は出ないはずだ。その変化を観測したかった。小さな影響を観測することでタイムボムの時空に対する影響が実験的に分かるはずだと思った。最後の小さな抵抗だ。私の時空理論の平和的利用の可能性もこの実験で垣間見ることができると思ったのだ。終わりの始まりの理論の可能性の始まりを示すための実験だ。


 私のすべてを積み込んだロケットは出発した。BH204ブラックホールに向けて、私が生きている間には私の実験は発動しない。亜光速で飛ぶ運搬用ロケットだがブラックホールに着くまで約190年はかかる。

 60年後、私は、運搬用ロケットの最後までの観察を研究所への遺言とし、この世を去った。


 130年後、何も起こらなった。否、何が起こったか分からなかった。亜光速でブラックホールに飛び込んだ運搬ロケットは直ぐに光速を超えた。もちろんその一瞬前、タイムボムは起動した。爆発したのだ。しかし、もう一台のタイムボムは、爆発したタイムボムよりもブラックホール側にあった。そして、爆発の影響は、ロケット内に大きかった。その上、もう一台のタイムボムは、爆発の影響で起動ボタンが押された状態になってしまったのだ。勿論一台目よりもずっとブラックホールの深い所に置いて行って起動すると思われたのだが、先に爆発したタイムボムがロケット内に作った時空の歪へと落ちて行った。

 歪は、本来なら未来で、ホワイトホールへとエネルギーを放出するための入り口になるものだった。しかし、歪みさえタイムボムの影響を受けていた、流れが逆になってしまったのだ。しかし、逆の方向に進んでもホワイトホールからエネルギーとして放出されるわけがない。行きついたのは、時間の始まり。

 静かな何一つない世界に現れたタイムボム。

 タイムボムは起動し、高温の宇宙が現れた。

 ビッグバン。

 博士が起こした終わりの始まりが起こした始まり。

 グチャグチャの宇宙の始まりだった。

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