第10話 灰の魔女
「すごいですっ! レオンさんっ!!」
訓練場から建物内の受付カウンターまで戻ってきた俺を待っていたのは、まさに興奮冷めやらぬといった状況の受付嬢エマさんだった。
「まさか、今うちで一番強かったゲラルドさんをあんなにあっさり倒してしまうなんて」
適当に愛想笑いを返しつつ、つい数分前の出来事を思い返す。
ゲラルドといったあの大男は、模擬戦が終わった後、気絶したままギルド職員の手で建物外へ運び出されていった。
どうやら今までも素行が悪く厳重注意を受けていたようだ。
そんなところに起こった、今回の件。
エマさんによると、おそらくこのまま冒険者の資格を剥奪されるだろう、とのことだった。
「ゲラルドさん、近頃伸び悩んでいたようで、焦りから徐々に荒れてしまっていて……」
……ああ、それで新人いびりでストレス発散をしていたってことか。
同情の余地は多少あるのかもしれないけれど、許されることではない、ということなのだろう。
「まあ、俺は登録さえできれば、別に事情になんて興味はないけど」
「ふふっ、クールなんですね」
「……ただ他人に興味がないだけじゃないですかね?」
世間話もほどほどに、早速、冒険者登録に移っていく。
「といっても、あと残っているのは必要事項の記入ぐらいなんですけどね。実力は先ほど見せていただいたので」
エマさんに促されるまま、用紙に羽根ペンを走らせていく。
そして、用紙を返すと漏れがないか確認していき、少ししてから目を丸くした。
「あれ、レオンさん。失礼ですけど、
「ああ。俺、
「えっ……!?」
その瞬間、ギルド全体の空気が凍りついたような感覚に襲われた。
「ほ、本当なんですか……?」
「もしかして、恩恵がないと冒険者にはなれなかったとか?」
「い、いえ、そういうことでは……」
信じられない、といった表情を浮かべる彼女に、俺はただ無言で頷き返す。
まあ、それも仕方のないことだろう。
なにせこの恩恵至上主義の世界では、恩恵を受けられなかった人間は差別の対象になる。
中には、無恩恵者を神から見放された『悪魔』と呼ぶ過激派もいるぐらい。
だけど、未だに驚きの色は消えないままだったが、蔑むようなことはせず、ただ彼女は頷きつつ用紙をカウンターへ置いた。
「はい、レオンさんの冒険者登録を、わたくしエマが受理いたします」
そう言いながらカウンターの下から出してきたのは、一枚のカード。
「それは冒険者としての身分を証明するものです。あとで魔力を読み取らせてあげてください。そうすることでレオンさんの情報が登録されますので」
「ありがとうございます、エマさん」
軽く頭を下げると、エマさんは短く息を吐いた。
「なんていうか、不思議な方ですね。レオンさんって」
「そう? あまり自覚はないですけど」
「ええ、あれだけ軽くゲラルドさんを退けながらも、無恩恵者だなんて。もう不思議すぎて頭がいっぱいいっぱいですよ」
呆れたのか、彼女は肩をすくめて鼻を鳴らす。
そして、聞き慣れない単語を口にした。
「でも、同じ無恩恵者でも、あの『灰の魔女』とは全然違いますね」
言っている意味がわからず首を傾げる。
「誰なんです? その『灰の魔女』って」
「ああ、知りませんよね。冒険者になったばかりなんですし」
すると。彼女はカウンターの中からギルド内のある一画を指さした。
「あそこにいっぱい紙が貼っていますよね。あれは手配書なんですけど、その一番上にあるもの、見えますか?」
ぐっと目を凝らすと、書いている文字にピントが合う。
そこには、賞金額とともに『灰の魔女』の文字が記されていた。
「どうやら彼女も無恩恵者だったようで、自分が恩恵を得るために人体実験を繰り返して、多数の犠牲を出した大犯罪者だとか」
ほう、と相槌をうちながら、手配書をじっと見つめる。
「でも、他の手配書と違って名前が書かれていませんね?」
そう、『灰の魔女』は通り名みたいなものだ。
他の犯罪者はどれも通り名に加えて実名や出身など詳細な情報が書かれているのに、彼女に関してはあまり情報が多くない。
「ええ、まあ不思議なことではありますけど、たまにこういうこともありますから……」
そういうものか、と納得し、手配書から目を外す。
「ああいう犯罪者を捕まえるのも、冒険者の仕事なんですか?」
「まあ、副業? みたいなものですけど」
ああ、依頼がないときの小遣い稼ぎってことか。
それにしても――。
「……やけに高額な懸賞金をかけられているんだなぁ」
「えっ! レオンさん、もしかして興味がおありですか!?」
ぼそりとつぶやいた独り言に、エマさんが目を輝かせながら詰め寄ってくる。
「ち、ちかいちかい……」
両肩を押し返して、どうにか落ち着かせる。
とはいえ、まったく興味がないわけでもない。
まあ、冒険者になったのも路銀が心もとないからだしなぁ……。
別に『灰の魔女』自体にそこまで興味があるわけではないけど、この目で無恩恵者の実態を知るにはいい機会かもしれない。
……もう、今の俺は同じ無恩恵者なんだから。
もし、俺が最初から恩恵を得られなかったのなら、『灰の魔女』と同じ運命を辿っていたのかもしれない。
だから、この目で確かめてみたい。
世界に嫌われた無恩恵者の行く末というものを――。
「『灰の魔女』、捕まえてみるか……」
こうして、俺の冒険者としての初仕事が決定したのだった。
とはいっても、あまり情報はないみたいで、エマさんからも「三日ほど前に近隣の町に出たとか出なかったとか……」みたいな答えしか返ってこなかった。
「となると、適当に歩き回るぐらいしかないかぁ……」
まあ、この町に来たばかりで宿もとっていないし、ちょうどいいかもしれない。
というわけで、ギルドで紹介してもらった安宿の一室をとってから、ようやく『灰の魔女』捜索が開始となった。
「じゃあ、お願いするよ、みんな」
宿の一室の中、ベッドに転がりながら精霊たちに呼びかける。
すると、ぼんやりと周囲に光が群がってきたかと思うと、すぐに窓から町中へと散らばっていった。
「よしっ、あとは精霊たちからの報告を待ちながら、自分の足でも調べてみるかな」
首を回しつつ起き上がり、自分は扉の方から外へ。
精霊たちの場所を魔力の反応で探りつつ、一番捜索の網が薄そうな部分をぶらぶらと歩きまわってみる。
ちょうど住宅が多い区画のようで、人通りもあまりなく、数少ない通行人も表の通りと違って装備に身を固めた冒険者はひとりとして見受けられない。
「やっぱり、こういう静かな場所の方が落ち着くなぁ」
この五年、森の中で生活していたせいか、人の喧騒にまだ慣れない。
……いや、思えば精霊たちはずいぶん賑やかだったな。
うん、まあ、あまり深く考えないようにしよう。
その後、一時間ほど住宅地を歩いていたが、やはりそう簡単に見つけられない。
けれど、すぐに戻ってきた精霊たちが群がってくる。
「見つかったかい?」
『う~ん、みつけたというか~……』
『うんうん、たおれているひとならいたというか~……』
そのまま精霊たちに背を押されて少し路地を入ると、そこには彼らの話の通りぼろいローブに身を包んだ年若い女性が倒れていた。
「女性、20代前半、そして――」
この国ではあまり見ない、特徴的な灰色の髪。
「……これは、もしかするかもしれない、かな」
どうしたものか、とその場で立ち尽くす。
しばらくそうしていると、急に精霊たちがざわつきはじめた。
『こわいひと! いっぱいっ!』
その声と同時に、大量の足音が波のように押し寄せてくる。
数秒もすれば、もう俺と女性の周りは、黒づくめの「いかにも裏の世界の人間です」と主張する連中が取り囲んでいた。
「はぁ、これは無関係ですって言っても信じてもらえないかぁ……」
頭を掻きながら、腰に佩いた長剣の柄に手を添えた。
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