あなたは原石
これは自論だけど、特殊ないきものは田舎よりも都会で暮らす方が向いているように思う。
優れた慧眼を持つ者、特異な美学を掲げる者、頭が良過ぎる者、信じられないほど愚かな者、美しさに呪われた者、他者を踏み潰せる才能を持つ者、その他のどんな個性だって都会に集まる人々の喧騒に塗り潰されて目立たなくなる。
その天からの賜り物ともいえる異質さ故に、共同体に向かない性質を持つ人間は、都会に紛れてしまえばいい。
そして、多くの人間が都会に紛れてしまえる中で、より一層他人からの視線を集めてしまう存在が少数派ながら存在する。
そういった存在は、チョコレート菓子のパッケージに収まったり、エンタメ雑誌の表紙を飾ることになるのだ。
わたしが逢瀬くんと出会ったのは、逢瀬くんが高校三年生の春の時、今から十二年前の話だ。
当時のわたしはアイドルのスカウトマンで、コンビニに並ぶチョコレート菓子のパッケージでニコリと微笑むことが出来る偶像の原石を探していた。
仕事上の相方と共に地方都市を血眼で歩き回って、四年目を迎えた時にやっと本物の美人を見つけたのだ。
相方はよくボヤいていた、美青年というのはこの世に必ず存在するが、しかしどこにも実在しないのかもしれない、実体を持つ幻影、全人類が羨んで、見ているだけで幸福になれる、そのかんばせに一番星の煌めきを宿すいきもの。
優れた化粧スキルを身につけて派手な衣服を纏い、雰囲気で美丈夫を演じるような平凡な男達ではお話にならない。
それが悪いことだとは言わないけど、プロであるわたし達にとっての価値は皆無だ。
親戚や恋人からの気まぐれとおべっかで賞賛される程度の美貌では、事務所の会議を通過することも出来ない。
一番星を宿す逸材を探そうにも、とっくに都会をはじめとする本州は狩り尽くされていた。
本物はきっと田舎にいて、埋もれているはずだ。
そして、隠しきれない才能の輝きによって悪目立ちをして苦しんでいるに違いない。
ついに九州地方まで来た相方とわたしは、八校の中学校と十三校の高校を回り、また畑や商店街の人間にまで声をかけて、その全ての場所で逢瀬くんの様々な噂を聞いた。
とにかく、浮世離れした美貌を持つ男の子である、と。
静かな住宅地を抜けた先の、川沿いの桜並木がちょうど終わる辺りで、大木の影に隠れるように立っている小さな喫茶店。
橋で反対側の岸まで渡れば、個人営業らしいお店や民間施設がいくつもあるのだが、こちら側は民家ばかりで人通りが少ない。
ノートパソコンで店名を検索してもホームページの一つすらヒットしなかった。
広告を出している気配もなければ、雑誌が取材に来ている様子もなく、知る人ぞ知る喫茶店になっているのだろうか。
ちゃんと儲かっているのか心配になるレベルだ。
内装はレトロでビンテージ感のあり、少し懐かしい気持ちになる雰囲気だ。
テーブル席が五つと、四人ほど座れるカウンター席。
アンティーク調の木製テーブルと椅子、テーブルの真ん中を仕切るように立てられた手書きのメニュー。
聞いた噂によれば、彼が扉を開くのは決まって日曜日の夕方だ。
午後五時を過ぎた辺りで彼はいつも違った人間と一緒に来店して、そこから二時間から四時間くらいをこの喫茶店で過ごすという。
相手の性別や年齢はバラバラで、おそらく援助交際なのだろう、茶封筒を貰った後に、テーブルの上で手を握ったり、横並びに座って寄りかかったり、決まって親しげに話しているらしい。
わたしは先程注文したハムとタマゴのミックスサンドイッチを齧りながら、彼がこのお店をたずねてくる時を今か今かと待ち望んだ。
わたしがホットコーヒーの二杯目を飲み干して、時計が午後五時三十分を指した時、運命は現れた。
利口な猫のような丸みを帯びた目は、笑って目尻が少し下がっている。
長い睫毛に囲まれて、アイラインを引いているような大きくて印象的な透き通るような青い瞳。
すっと通った鼻筋に大き過ぎない鼻翼、少し厚みのある少女のような柔らかくて血色が良い唇。
右目の下にあるホクロと均整の取れた長身まで含めて、完璧と言って良いほど美しい。
彼の美貌に、全身の細胞がさざなみ立つような、すべての神経が引き攣るような感覚が走った。
脳みそを麻薬で浸されたように思考が鈍り、口内に唾液が溜まる。
気づいたら身体が動いていた。
わたしは彼の肩を後ろから掴み、事務所の名刺を差し出して、声をかける。
「彼末逢瀬(かのすえおうせ)さん、アイドルになりましょう!」
柄にもなく初恋をした処女のようにわたしの心臓はドキドキしていた。
彼は「あわー」と変な声を出して、わたしの存在に気付いたようだ。
そのままの体勢で、逢瀬くんはわたしを「おっと」と、見た。
彼はしばらくぽかんとして見つめてきたが、にこりと目を細めて、良い夢でも見たような妙に幸せそうな表情を作る。
彼の親指はくすりと笑う自らの口元を撫でた。
形の良い唇は優雅に弧を描いてる。
「はじめまして。……えーっと、雪下甘奈(ゆきしたあまな)さん?でいいのかな。名刺って初めて見たかもー。確かに俺は彼末逢瀬です。あなたは俺にアイドルをして欲しいんですか?」
「はい。彼末さんには才能があります。わたしは欲しいんだ。彼末逢瀬が」
「……俺は、取るに足らない凡庸でつまらない人間ですよ。そんな俺に……あなたはアイドルなんて、ファンに夢を与えるようなキラキラした存在になって欲しいんですか?」
「彼末さんにその気があるのなら。わたしが全力で彼末さんをサポートします。そして繰り返しますが、彼末さんには才能があります。つまらない人間なんかじゃありません。わたしが保証します」
別に本気で驚いたわけではないのだろうに、どうしてか彼は目を見開いた。
彼のオーバーリアクションを、健康的と言うのか不健康と言うのか、そのことに感心したり首をかしげたりしているわたしとは何なのか。
彼はわたしの手に骨ばった指先を重ねると、甘ったるい微笑を向ける。
まるで恋でもしているような眼差しで、彼は指でわたしの手の甲を優しくなぞった。
ふと彼には談笑中の相手がいたことを思い出し、わたしは自分に鋭い視線が投げられたのを意識する。
不快そうに黙り込む相手を他所に、彼は蕩けた瞳のまま言う。
「良いですよ。わかった、わかりました。こんな俺をあなたは必要としてくれるなら。あなたが、俺に望むことがそれならば」
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