第55話 大岡裁き

<1854年11月15日 昼下がり>

【吉田東洋】

殿っ!

お話とは違う時機で出ていらっしゃるとはっ!


「ひかえぃっ!」

皆を下がらせる。



【楠瀬乙女】

ポカンと口を開けてしまっていた。

東洋さんの声にハッとし、龍馬に袖を引かれて頭を下げる。


30前後だろうか?

若く、笑顔でたたずんでいるが、

手練手管てれんてくだを修めただろう妖しいオーラみたいなものを感じる。

思わず背中に冷たい汗が走ったよ。


四賢候の一人ね…。印象としては『まむし候』だよ…。



「表をお上げください。

 他の者も表を上げよ。

 客人に頭を垂れさせるとは申し訳ない。」

「い、いえ…。」

軽く東洋さんを叱責しつつ、こちらにも頭を下げる。

し、!?

只の破天荒じゃないだろう、何かの布石?


「な、なぜここに…。」

大石が呟いたのを藩主様は見逃さなかったようだ。


「なに、面白き話が江戸であっての、あれこれ理由をつけて帰ってきたまでよ。

 ま、帰ってきたのはつい最近だから、知らぬのも仕方なかろう。

 で、そういえば武市、大石。言いたいことがあると聞くが?

 なんぞ申してみよ。

 打ち首にはせんが、御家の未来を左右するぐらいは覚悟せいよ?」


「…っ、で、ではっ恐れながらっ!」

おぉ、弥太郎、ここで発言する勇気があるか!


「仕置役様の改革はあまりに急で苛烈!

 このままでは藩士の生活ができませぬ!」

「ふむ。であることもことも事実よの。

 ではお主ならばどうする?」

「津の地震に援助など致さず、御家の急に備えるべきかと!

 それだけでも、もなくなります!」

「ほぅ。津を見捨てよと?」

「恐れながらっ!」

藩主様、東洋さん、こっちを見ないでおくれよ…。

あんたの番だと必死でこらえてるんだからさ。


「わが藩がこれから地揺れに見舞われた際、の藩はどう動くかの?」

「ほ、他の藩でございますか?津ではなく??」

「そうじゃ。考えたこともなかったか。

 『困っているときに手をかさない藩』として見られるのは間違いないの。

 そう、いるときじゃ。

 お主、攘夷をうたっておるようじゃがの、わが藩の海岸線に異国の船が来たらどうするつもりじゃ?」

「我ら藩士が討ちまするっ!」

龍馬と半平太が口をあんぐり開けている。

そりゃ、あれだけ頑張って説明したのに理解できないアンポンタンが目の前にいればそうなるさね。


「できんからどの藩も、幕府までも困っておるんであろう?

 そう、おるんじゃ。」

「!」

「日ノ本で一番といっていいほど亜米利加側に海岸線をもつわが藩はどう生きればよい?」

「…。も、申し訳ありませんでしたっ!」

「剣術ができようが、これからの世で使えぬ家は家禄を減ずる!

 が、使える者は剣術ができなくとも家禄を上げる。

 お主はどちらかの?」

「…っ、わが活躍、御覧に入れますっ!」

「よういった!

 大石弥太郎、船奉行に任ず!

 既存の物事にとらわれず、諸外国に負けぬ船を作れっ!

 学びはどこにでもあるぞ、な、乙女殿。」

「ははっ!」


やるじゃないのさ。

どこに耳目があったのかね?

まるで『大岡裁き』を見てるみたいだったよ。

弥太郎は感涙かね?

でも、本気でやらないと次は切腹を言い渡されないよ?

しかも藩主様、私に面倒見ろと?

藩主様もいい度胸だ。




「さて、先の話、わしも話に加わってよいかの?」

「もちろんです。」

ここで『いいえ』なんて言えないでしょうに!


「では、失礼して座らせていただくとしよう。

 まずは、先の東洋の発言、相済まなかった。

 とは言え、乙女殿の話を信じておるのは事実だ。」

!?


「東洋、日頃わしが言っとったこと、意味が分かったか?

 お主はまっすぐすぎるきらいがある。

 それは長所でもあり、短所だ。

 だから自分の中で納得いかん部分がそのまま出てしまう。

 それが民にも見抜かれておるのだろう。

 先の言葉、おぬしなりの誠実さの表れ、つまりお前の権限の中で『出来る限り』しか『手伝えない』のは事実だろう。

 が、よき行いであるならば、もう少し民を大船おおぶねに乗せてやれ。

 ただ、斯様な苦しい役目をさせておるのはわしだ。

 そういうのは、わしに責任をおっかぶせてこい。」

「は、ははっ!」

先手で謝られてしまって警戒したけど、まともなこと言うじゃないのさ。



「乙女殿もそう警戒しなさんな。話しやすい口調で構いませぬ。」

「バレてますか。」

嘘を見抜くような、武道とは違う視線にたじたじとする。

あぁ、この人はって言いたいんだね。


「ではお言葉に甘えて。

 まず、地震については伝えた通り。

 東洋さんに見てもらった動画、つまり動く絵は後で藩主様にも見てもらう。

 で、こっからは龍馬にも言ってなかったけど、今の私の見てくれは18歳ぐらいだけど、元の世界では46歳、つまり、ここにいる全員よりも人生経験が長い。

 だから、私からしたら若造に見えてしまってね、こういう口調で話させてもらってる。」

実年齢は別にいらんだろうと思って話していなかった。

サバ読んでたわけじゃないよ?

実際に『ステータス』では18歳なんだから!


「ほ?姉貴の世界じゃ46歳はそんなに若々しい容貌なんか?」

「いや、加齢具合は変わらない。

 ただ、技術の発展で若々しく方法はいろいろあるがね。

 の一つってところさ。」

この容貌で46歳なら何歳まで生きれるんだか。


「ほう、やはりそうですか…。」

「やはり?」

「まあ、いくつか理由がございましてな。

 一つ目が、あの龍馬がなついていること。」

「わしは犬や猫じゃないんじゃけどの…。」

龍馬がぼそっと呟く。


「二つ目が先ほどの東洋との会話とお会いしての印象。

 あの東洋がいいように言いくるめられているかと思いきや、

 話の内容はいたって正論。

 よほど場数を踏んでこられたのでしょうな。」

「面目ございません。」

「まぁね。そうならざるを得ない環境だったのは確かだ。」


「三つめが、この書状。

 実年齢と違う女子おなごが地震の前に伊賀上野に現れたという。」

「「「「!?」」」」

それは聞いてない!

皆も初耳の様だ。


「龍馬、これを乙女殿に。」

「はっ!」

龍馬が藩主様に2通の書状を渡され、こちらに渡す。


「その間になるものを拝見させてもらっていいか?」

「どうぞ。」



タブレットを差し出し、代わりに手元の手紙に目を移す。

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