11話「予感」

 あの戦いのあと、俺は血を失いすぎて気絶してしまったらしい。それ以外の記憶はある。どす黒い怨念が全身に回り、ルークからなにもかもを奪うことしか考えられなくなっていた。


「なあ……もういいんじゃないか?」


 だけど、二度とあんなことはないだろう。過去すべての黒い感情が、俺とジョシュアで一致したからこその状態だったにすぎない。それなりに離れていたから、急激に融合してエネルギーを生んだ。悪意の。


 いま、ジョシュアの感情は俺の中にはない。だから離れることも、融合することもない。


 そしてあの戦いを通して確信したことがあった。

 ステータスとは、その正体とは。


 なんてことを……考えていたのに。


「だめですよ〜ご主人様。ほら、あ〜ん」

「ダメ。まだ心配してる。食べて」


 そんな真剣なこと考えているのに、こいつらときたら……。


 やけに白い病院の一室で俺は、カラとメフィストフェレスのふたりにそれぞれ両側から、粥の乗った匙を押しつけられていた。


「だからさぁ、自分で食えるって!」

「ダメ。食べて」

「くく……心配ですから……くふっ」


 カラはいい。それは仕方ない。友達だから、心配してくれてるんだろう。それは嬉しいけど、回復魔法とかいう便利な代物で肉体に別状はないし、脚の傷も治っていた。

 あとは血を失いすぎて、すこしばかり療養しているだけ。それだってまだフラフラしているが、問題はない。


「三日も寝てたから」

「それはわかるけど、起きてからも三日経ってるし……全然大丈夫だって!」

「でもダメ。私がしてあげたい」


 困るんだよなぁこういうの。

 恥ずかしいし。


 目の前で肩を動かして、元気さをアピールするも、彼女は頑なだった。というより、昨日も一昨日も同じことをしたのに、いまだに納得していなかった。


 も〜心配症だなぁ。

 でもいい子だからなぁ。

 いい子だから許しちゃう。

 お兄さん許しちゃう。


 俺は昨日も一昨日もそう絆されてしまっていた。


「わかったよ……」


 そう言って、口を開けてカラの匙を待つ。

 カラはそれを確認すると、嬉しげに口の中に粥を入れてきた。天使。


「え? ご主人様がわたしより先にカラ様を選んだ……なんで、なんでなの? え、ちょっと待って……ウソ。まさか……そんな。ということはご主人様は真性のロリコン? 真性ロリコンご主人様?」


 メフィストフェレスはこの機を逃さんとばかりに俺をめちゃくちゃにイジってくる。口の中に粥が入ってるからなにも言い返せない。コイツ。マジで殺してやろうか。お前はただ煽りたいだけだろ悪魔が。


「ロ〜リコン! ロ〜リコン!」

「それは私にも失礼。私は幼女じゃない」

「あっ……」


 まあ、外見はともかく年齢は。


 いたたまれない沈黙が空間に満ちた。


「なあ……カラ」


 しばらく匙から粥を飲み下す連続のさなか、俺はカラに聞きたかったことを尋ねた。俺の色がまだ、ざらついているかどうかについて。


「俺の色っていまどんな感じだ?」

「橙色。赤と黄色。メイに対する怒りと私に対しての喜び。照れる。嬉しい」


 顔が熱い。

 違う違う、たしかに嬉しいけど違う。

 べつにそんなこと聞きたくなかったのに、心の色でそう言われると自覚して、恥ずかしい。


 カラも俯き顔を赤らめて、両頬を手で包み隠した。

 余計に恥ずかしい。


「あれ? もしかしてLOVEですかァ〜?」

「メフィストフェレス、靴を脱いでからタンスの角に足の小指をぶつけてこい」

「あっすみません、謝罪します。黙りますご主人様」

「取り消さないけど」

「ちょ」


 メフィストフェレスは靴を脱ぎはじめる。


「そうじゃなくて、まだざらついてるか?」

「ちょ、ちょっとご主人様?」

「うん。ざらついてる」


 ざらついてる……彼女に見える色がどういうものなのかは理解できないが、そのざらつきは変色よりも異常らしかったから、まだ戻っていないならば。


 それはおそらく、彼がまだ俺の中に存在している証左となりうる。

 彼は俺に託した。だから俺の感情を優先して、出てこなくなったのだろう。

 あの暗室でまだ、液晶を眺めているのだろう。


 そう信じ切ることにした。

 

「……そっか」

「た、助けてください。ね?」

「黄色。嬉しいの?」

「まあな」


 嬉しいに決まってるだろ。

 友達が生きているんだって思えるんだから。


 見てるなら見せてやるよジョシュア。

 お前の主人公として、夢をまだ。


 だって言っただろ、最初に。


「あ〜これは……ヤバいかもしれません」


 お前の想いを捨て置くなんてことしないってな。


「──いだあああああああああ!!!!!!」



           ♢



 妙な事態だった。

 メフィストフェレスが帰ってこない。

 魔王幹部のひとりである彼は訝しんでいた。

 

 メフィストフェレスは悪魔で、性格がずる賢く、有能で……彼の補佐で。だからこそ失敗など許さなかった。許す必要もなかった。


 なぜなら彼女は失敗しない。いつだって、彼の言うことを素直に聞いて、理解して、任務をこなす。計画には必要不可欠な要素。それだけの存在。


 今回だってそうだ。


 魔王の障害になるから『エヴォルヴ・アカデミア』を攻略する。そのための調査をしてこい、と命令していた。


 それが一週間ほど前の話だ。


 しかし待てども待てども経過報告は来ない。

 普段の彼女なら、聞いても聞いていなくても、楽しげに成果を自慢しに来ていたはずだ。


 そんなものはどうでもよかったが、情報として役に立つので受け取っていた。


「焦りすぎだろうか?」


 ひとりごちた。


 彼はいつだってそうだった。

 計画に実現性はつきものであるがゆえに、不確実な要素は潰しておかなければ気が済まなかった。

 そして今回もその一端であるからこそ、不確実性はすべて潰してから実行に臨んだはずだ。


 そう生きてきたから、魔王幹部になっていた。


 絶対に失敗することはない。

 絶対だったはずだ。


 だから彼はその言葉にこう結論づけた。


「焦りではない。なにかが起こっている……のか?」


 と。

 

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