6話「悪漢」
「わ、悪かったって……ごめんて」
「……」
「カラ、何色?」
「やや薄い青紫。怒る元気もない」
イジりすぎた……。
あれからメフィストフェレスは膝を抱え、うな垂れて、謝っても慰めても反応しなくなってしまった。もうどうしようもないし時間もあったので放置して食事をした。
そして食べ終りかけ、いまだに同じ姿勢のまま落ち込んでいたので、必死になだめていた。
自分がイジられるのに耐性ないタイプだったのか。
きっと負けたことがなかったんだろうなぁ。
「これは失礼?」
「失礼だけど、お互い様というかなんというか」
「……ところで、そちらの方はいつ誘拐なされたんですか……ロリコンご主人様……」
「ほら」
「確かに。かなり失礼」
よく落胆したまま器用に悪態をつけるもんだ。
このままだと面倒だし、おだててみようか。
「料理美味かったよ。ありがとな。ご馳走様」
空の弁当箱を差し出して言ってみた。
ぴくっ……と肩が反応した。
カラに目で判断をうかがうと、頷いて返した。
嬉しいみたいだ。たぶん頑張って作ったんだな。
カラが続く。
「分けてもらった。おいしい。メイちゃんはすごい」
さすが『俺的気配りランキング壱位』のカラ。
なんでこの子に友達できなかったの?
メフィストフェレスは膝を抱えたまま、首を傾け、腕から片目だけ覗かせてこっちを見ていた。
「美味しかった?」
「おいしかった。また食べたい」
「ホント?」
「この料理を毎日味わえる人は世界一ツイてるね。しかも美人だし、賢いし、性格もいい」
「……そうですか? わたしすごいですか?」
嘘ではない。嘘では。
しかしなんというか、この世界で関わる人物はどうしてこうゲームと印象が違うのだろうか?
まるで褒められ慣れていないみたいな。
まるで褒められるのが嬉しいみたいな。
悪魔っぽくない。メフィストフェレスっぽくない。
血の通った人物であってキャラクターっぽくない。
描写されていないような部分を知れば知るほど、いま立っているここがゲームではなく、俺にとっての現実だと感じていく。
以前の世界の記憶がなければ、ゲームとして販売されていた、だなんて到底信じられそうにもない。
「すごいよ! メイはすごいよ!」
「そうですか……すごいですかわたしは」
「うん。すごい。緑色。すごい」
「緑色? よく分りませんがすごいなら仕方ありません……だってわたしはすごいのです」
メフィストフェレスは立ち上がって、口の端からこぼれる笑みを、無理やり抑えようとして抑えきれていない表情で、俺の手から弁当箱を奪った。
鼻唄など歌い、手提げ鞄に弁当箱をしまう彼女を尻目に、カラは俺に耳打ちした。
「緑色は許し」
「……すごい……チョロい」
メフィストフェレス。能力『ステータスバフ』。
悪魔。ゲームでは、意見も感情も食い違う。
こんなふうに与しやすいはずがない。
まずはゲームで描写されていない部分。
プレイヤーには観測不可能な領域。
自立した世界で変動する要素。
それを俺はこの目で確認しないといけない。
「わたしはすごい……すごい……!」
「メイは不思議」
……午前のことを思い出していた。
♢
講義を受けながら、聞き流しながら考えていた。
メフィストフェレスとの戦いを制し、彼女をメイドにしたはいいものの、まだ問題が残っていた。
それは『魔王』の存在だった。
そのものは最終的に主人公が打ち倒す。
それはいい。それは勝手にやってくれれば。
だがメフィストフェレスはあくまで幹部補佐。
つまり彼女が姿を見せないとなると。
彼女が契約の成功を報告しにこないとなると。
ジョシュアとの契約を事前に伝えていたとなると。
そうなると。そうなってくると。
すでにいつ命を奪われてもおかしくない。
なんてことを考えていた。
そのためには……と。
メフィストフェレスの能力。
『ステータスの超強化』について考えていた。
『Lv:10
体力:19
魔力:8
攻撃力:15
魔法攻撃力:8
防御力:18
魔法防御力:9』
設定上のステータスをノートに書き出し、自分の現状と比較していた。
主人公の初期ステータスはすべて20。
レベリングを終え、適正レベルでストーリーを進行するなら、主人公はいまレベル5前後だ。
ビルドにもよるが『魔王ルート』でオススメとされる魔法剣士だとすると、おそらく……。
『Lv:5
体力:25
魔力:30
攻撃力:30
魔法攻撃力:25
防御力:25
魔法防御力:25』
と、書き足した。
魔法剣士はすべてのステータスをバランスよく上げることで、なんでもできる反面、器用貧乏になりやすい性質を持っている。他の作品では次第にパーティから外れていくことも多い。
だがそれは主人公がなにかで負けている強者に相対した場合の話で、すべて上をいかれているなら、絶望的な実力差として表れる。
そして『エヴォルヴ・アカデミア』での魔法剣士ビルドの主人公は「なんでもできる」扱いだ。
これだけ見れば正直……絶対に勝てない相手。
しかも彼はいまもなお成長を続けていて、ジョシュアはこれ以降、作中でレベルは上がらない。
レベルは上がらないが……。
『魔王ルート』でのみ。
ジョシュアは中盤、レベル10のままで。
レベル40の主人公に勝てる。
悪魔のバフで。悪魔の力を借りて。
なのでステータスで負けていること自体は気にしなくてもいい。今は。
それよりも気になることがあった。
ステータスという情報。それ自体が問題だった。
……あまりにも現実と地続きすぎて、俺はこの世界におけるステータスという概念が、一体どういう形で機能しているのか、まったく分らなかった。
体力とは、攻撃力とは、防御力とは……。
基準が分らない。
講義を聞いてなにかヒントを、と思っていたが、ステータスに関わる説明など、もっといえば、その概念など存在していなかった。
ここはゲームじゃない。ないからこう悩む。
はたしてステータス情報は参考になるのだろうか?
たとえば検査を行ってないIQテストの数値だけ見せられて「あなたの知能は150です」なんて言われてもどのくらい頭がいいのかなんて実感できない。
そしてそのまま「あなたの知能は150ですので人類のために役立ててください」なんて言われてもなにができるのかなんて想像すらできない。
比較できないから。
価値は比較によって浮き彫りになる。
主張、思想、能力、所属。
死や苦痛や快楽。
それすら絶対的な基準があるものではない。
だから俺はステータスの正体を探る。
比較して、比較して、比較して。
なにができてなにができないかを探っていく。
具体的に、実在的に、現実的に計画を探っていく。
……それにほとんど寝ずに剣を振って、限界がきたら休んで、また振り続けられるジョシュアに、体力がないとは思えなかった。
悔しいよな。人の能力を勝手に数字にされて。
俺の考えではおそらく。
♢
「カラ。君って重いもの持ち上げられる?」
弁当箱を鞄に戻してから、空を見てぼーっとしているカラに話しかけた。メフィストフェレスはその辺の草を抜いて「わたしはすごい悪魔でご主人様はゴミ」とかなんとか繰り返し口に出して遊んでいた。
彼女は俺の色が分るからむっとした表情を作った。
まぁ、深い赤紫だろうな。
「深い赤紫」
「ははっ……で、どうだ?」
「……無理。ちっさいから」
だろうな。
「じゃあ速く動けるか?」
「無理。ちっさいから」
だろうな。
さて。
「メイ」
声をかけた。
まず俺はジョシュアをテストしなきゃならない。
恨みがましい表情でメフィストフェレスはこちらを向いた。
……彼女は観察によって思考を測る。昨日は俺の存在が異例なだけであって、本来ならばその精度は高い。現にジョシュアの思考はいともたやすく破壊されていた。
悪魔だから。悪魔だから。
顔を見てから、目を見開いてから、それから。
「昨日みたいに取り繕ってないから分りやすいだろ」
悪魔だからニタリと笑った。
「メイド……の色。深い黄色」
「カラを怖がらせるなよ」
「あらそれは『失礼』いたしました。カラお嬢様。申し訳ありません。ご主人様があまりにも面白い冗談をおっしゃられたものですから」
カラはすこし怯えていた。悪魔の心など俺には知りようもないが、彼女の目にはどう映っているのか。
あの赫く黒く白い感じがどう映っているのか。
繊細な彼女にはあまり見せたくない。
悪魔はとりすまし近づいて俺の横に立った。
俺と向きを同じにして立っていた。
目を閉じながら。目で笑いながら。
目で愉悦を隠しながら。
このなんの変哲もないベンチが玉座。
悪魔のメイド。大衆からの嫌悪感。
頭ん中では赤黒い嫉妬の怨念。
拡大解釈の渦が。嗚呼もう。
いまなら魔王にでもなれそうな気分だ。
テストするだけなら。基準を作るだけなら。
やりようはある。自分が戦う必要はない。
『とりあえず』みたいなこと言っておいて。
後に回して、じっくりと確認して……。
なんて甘い話。果実のように腐るだろう。
そんなんじゃねえだろ。ジョシュアは。
飢えて渇いてもがいて……安定なんてしない。
負けに負けて。負けが込んで。
巻き込んで。巻き取って。
グチャグチャにしたくて。
だから主人公と対峙した。
だから負けた。
だから俺は。
「ごめんな。カラ、これからも一緒にいてくれるか」
「友達。だから一緒。でも。でも。どうしたの?」
だから悪役は。
「リベンジマッチだ。夕方、アイツに勝つ」
悪役として、大義もなく立ちはだかるのだ。
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