二人✖秘密

第1話 再始動

「すぅう…はぁ…」


私は、大きく深呼吸した。


大学1年生になった、最初の朝のこと。大学は東京。私は一人暮らしを始めた。色々、楽しみなことが目白押しだ。

引っ越すとき、食器やカーテン、ソファに電化製品。揃えているだけでワクワクした。そして、1通の手紙に手を伸ばす。何度も何度も読み返した。




今日、私はと再会する。




長い長い片想いの、再始動。




私、夏愛彩羽なつめぐいろは櫻田琥太朗さくらだこたろうは、小学1年生の時同じクラスになった。男の子そのものの琥太朗と、女の子そのものの私。何処にも共通点は無いと思われた。


「いたた!!」


私は、小6の運動会の短距離走を走っていた。一生懸命。唯々、一生懸命。たった100m。しかし、少し病弱で、練習にあまり参加できずに、本番を迎えてしまった私。走る組は、似たような速さの子たちで組まれていた。…はずだった。しかし、練習に出る事が出来なかった私は、速い子たちの組に入れられてしまったのだ。


「よーい」


5人の児童が、一斉に足を前に、少し体を前のめりにして、走る構えをする。


「ドン!」


その空っぽの銃の音で、走り出す子供たち。私も走り出す。しかし、他の子たちの姿が、どんどん背中だけになってゆく。拍手が、私に羞恥心を植え付けた。


(急がなきゃ!)


私は、必死でみんなの背中を追いかける。遠い。みんなが遠い。私はどうしようもなく恥ずかしくなった。


(こんなの…いや!)


この組に入れた先生を恨んだ。…とその時、気持ちについて行かない足がもつれた。


『あ!』


周りの景色が一気にスローモーションに変わる。先生、友達、保護者、みんなの拍手が止まってゆく。みんな目を丸くする。木々に吹く風が、そっと吹くのを忘れる。砂埃が顔に降りかかる。


『いたた!!』


と、言っただろうか?私は、そのままスゥっと意識を失った。気が付くと、保健室のベッドの上で寝転がっていた。


「あ、目、覚めたのね。良かった。少し貧血気味だったみたいね。いくら行事だからって無理しちゃだめよ」


保健の先生がそっと窘める。私は、なにが起きて、なんでここにいるのか、状況がつかめずにいた。


「櫻田君がおんぶして連れて来てくれたのよ」


「え?」


先生じゃなくて、なんで琥太朗が?と、私の頭にはその疑問が浮かんだ。でも、すぐ理由は想像できた。琥太朗は、私のことがすきだ。そして、私も琥太朗がすきだった。


「お礼を…」


「いいよ、そんなの」


「え?」


ベッドから起き上がろうとしたら、琥太朗の声がした。


「ずっと付き添うって言ってきかなかったのよ。いいお友達ね」


先生がくすりと笑う。あ、きっとだと思われてる…。と私と琥太朗は思った。


「ごめん、琥太朗。琥太朗は運動、得意なのに。競技休ませた?」


「いいよ。俺が勝手にしたことだから。それより、彩羽は大丈夫なのかよ」


「うん。あ…」


「え!?」


琥太朗が大袈裟に驚く。


「あ、ごめん。大丈夫。ただ、膝擦りむいたんだ…って思って」


「あぁ、派手に転んだな!」


「あ!琥太朗馬鹿にしたでしょ!」


「だって、彩羽、遅すぎ。しかも転ぶって。その上気絶って!!」


琥太朗は、最初は心配してくれていたのに、どんどんからかいに言葉を変えてゆく。


「笑いすぎ!琥太朗のばか!」


「怒んなよ。よく頑張ったな」


「…」


こういう所が琥太朗らしい。からかう癖に、いつも最後は優しい。琥太朗は普段、男友達としか遊ばないし、私は琥太朗以外は上の名前で呼ぶ。そんな2人をみて、2人は、両想いだ、と周りも気付いている。けれど、肝心の本人たちが動かないのだ。


『いつまでも、一緒にいたい』


それが、子供ながらに心を傷める原因となっていた。2人は、一緒に卒業することが出来ないのだ。


琥太朗が、今日の運動会を最後に、転校することが決まったていた。本当は、1学期が終わったら、転校する予定だったが、どうしても運動会は、今まで一緒に過ごしてきた友達と参加したい、と親を説得したのだという。


私と琥太朗は、わかっていた。この転校は、永遠のお別れだ…と。小学生の恋なんて、一般的に、大きくなれば、ほとんど覚えているものではない。その証拠に、小学校低学年の時の記憶は「仲良くできた」くらいだ。


だから、2人とも、口には絶対出さない。


「すき」


と言う、言葉を。


2人とも解っている。この転校で、2人の幼い初恋は終わるのだと。


「先生、ちょっと運動会、見て来るね。熱中症の子とかいたら心配だから」


そう言うと、先生は保健室を出て行った。2人に、沈黙が生まれる。


「琥…」


「俺、逢えると思うんだ」


「え?」


突然、琥太朗はよくわからない一言を放った。


「まぁ…いつかは、わからないけど…。逢える時が来たら、手紙書くよ」


「て…がみ?」


これが、琥太朗の精いっぱいの、告白だった―――…。

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