怒る人 ~ もう我慢せんでもエエやろ。な ~

七倉イルカ

第1話 コンビニで怒る人・Ⅰ

   ◆漫画原作の形式で書いています◆


 夜。住宅街に近い場所にあるコンビニ。

 駐車場に、ファミリーカーが停まった。


 塔子 「ひさしぶりの焼肉、

  美味しかったわ♪」

 ヒナ 「美味しかったなのよね」

 『安城塔子』が、右後部座席のチャイルドシートを解除し、ヒナを抱き上げる。


 塔子。三十代前半。髪をやや短めにした女性。

 『安城ヒナ』。二歳。


 コウタ 「お腹いっぱい」

 『安城浩太』が助手席のドアを閉めて答える。小学五年生の利発そうな少年。


 耕平 「そいつは良かった」

 運転席から降りたのは『安城耕平』。三十代中頃。

 細く穏やかな目をしている。


 ヒナ 「アンニンなトウフを買うのよ~~」

 降ろしたヒナと手を繋ぎ、「はいはい」と答える塔子が、コンビニへと入っていく。

 耕平とコウタが後に続く。

 

 ピロリロリ~~ンと、来客を告げるチャイムが鳴る。

 店員 「しゃ~~せ~~」

 四人が店内に入ると、若い店員がレジから声を掛けた。

 店内に、ほかの客はいない。


 店員の斜め前、レジカウンターを挟んだ位置に、友人らしき同年代の客がいる。

 ホットケースを塞ぐような位置に立っている。

 どちらも二十代前半。


 店員 「夜勤は、たいくつなんだよ。

  また夜中の三時ごろ、遊びに来いよ」

 客 「ばか野郎。俺も春から、

  社会人になったっつーの。

  無茶いうんじゃないよ」

 クスクスと笑いながら、レジカウンターを挟んで雑談を再開する店員と客。


 塔子 「ヒナとデザート買ってくるわね。

  あなた、コウタ、何かいる?」

 耕平 「おまかせ」

 コウタ 「シュークリームがいいかな」

 塔子が、ヒナを連れてスイーツ・コーナーへ移動し、耕平とコウタは、ぶらぶらと雑誌売り場の前へ向かう。


 コウタ 「焼肉も美味しかったけど、

  今日は、めずらしく、

  外食中に、お父さんが騒がなかったのが最高」

 耕平 「あ、おま……、

  何、その、父さんに問題のある様な言い方」

 コウタがイタズラっぽく笑って言い、それに乗っかった耕平が、不満顔で返す。


 耕平 「父さん、これでも我慢強くなったんだよ。

  人間、つまんないことで怒っても、

  何もいいことはないからな」

 耕平は「うんうん」と、自分自身に言い聞かせるようにうなずいて言う。


 と、レジの方から、店員と塔子の声が聞こえてきた。

 店員 「803円になりま~~ッ」


 塔子 「ごめんなさい。

  大きいのしかないわ。

  はい、1万と3円ね」

 塔子は釣銭トレーの上に、一万円札と3円を置いた。

 店員 「1万3円、預かりっス~~」


 レジを操作する店員。

 店員 「9千197円のお返しっス。

  ありあとあした~~」

 店員は釣銭トレーにお釣りを置きながら、「それでよ」と、もうレジを挟んだ斜め前に立つ友人の客に顔を向け、雑談の続きをしようとする。


 塔子 「あら、違うわよ」

 店員 「は?」

 塔子に指摘され、店員が塔子を見た。


 塔子 「1万と3円、渡したわよ」

 塔子が穏やかに指摘する。


 店員 「3円……?」

 片眉を上げ、怪訝そうな顔になる店員。


 塔子 「あなたも、1万3円、

  お預かりしますって言ったわよ」

 店員 「……はあ? 3円?

  そんなこと言ってないっスよ」

 店員が眉の間にしわを寄せ、塔子を睨む。


 塔子 「言ったじゃないの」

 塔子が、店員の態度に驚いた顔になる。


 店員 「ちッ。んだよ……」

 店員は、面倒臭そうにレジを開いた。


 店員 「じゃあ、これでいいっスか?

  はい3円。3円ですよ。ほらほら」

 馬鹿にしたような薄笑いを浮かべ、レジから出した3円を釣銭トレーではなく、レジカウンターの上に転がす店員。


 塔子 「な……」

 怒りで絶句した塔子。


 塔子の後ろから伸びた手が、レジカウンターから転がり落ちそうになった1円玉を、バンッと平手で激しく叩いて止めた。


 耕平 「……塔子。

  わしが話するわ」

 塔子が振り返ると、真後ろに耕平がいた。

 耕平 「これは、もう我慢せんでもエエやろ。な」

 慈悲に満ちた顔ではなく、残忍な悪魔のような笑みで言う耕平。


 塔子 「あ、あなた……」

 不安そうな顔になる塔子。


 耕平 「怒鳴らん、怒鳴らん」

 応える耕平だが、笑みから怒気が立ち昇っている。


 店員 「な、なんですか?

  お釣りは、きっちり払いましたよ」

 店員は虚勢を張るように、耕平を睨み返す。

 あきらかに脅えている。


 ピロリロリ~~ン。

 そのとき、チャイムの音と共に出入り口の自動ドアが開くと、そこにスーツ姿の男性が現れた。手に業務用の黒カバンを持っている。

 肩幅が広く、悪役レスラーのような迫力がある。

 このコンビニのエリア・マネージャーである。


 マネ 「ごくろうさん。

  ん? どうかしたのか?」

 マネージャーは、レジでの様子に気付き、不審そうな顔になった。


 店員 「あ、マネージャー!

  こちらのお客さんが

  釣銭が足りないってクレームを

  つけてくるんですよ」

 店員が安堵の表情をみせ、助けを求めるように言う。


 マネ 「お前、ちゃんと確認したのか?」

 店員 「しましたよ!

  間違いありません」

 マネージャーが近寄ってくると、店員が悪びれることなく答える。


 友人 「あ、オレもたまたま見てました。

  彼はきちんと払ったのに、

  この夫婦が3円足りないとか、

  言い掛かりをつけ出したんですよ」

 レジ横に立っていた店員の友人が、シレッと善意の第三者のふりをして口を挟んだ。


 塔子が驚いた顔で「な、なんてことを……」と声をあげるが、あまりのことに言葉が続かない。


 マネ 「お客さ……」

 耕平 「待った」

 何か言おうとしたマネージャーに対し、耕平は軽く手をあげて押し留めた。

 手の平をマネージャーに向けている。


 耕平 「あんた、この地区を担当してる

  マネージャーか?」

 マネ 「そうですが」

 耕平に対して、警戒の表情を見せるマネージャー。


 耕平 「あんたのために言うとったろ」

 耕平 「このアホンダラの言うこと鵜呑みにして、

  オレに何か言う前に、これの確認しとけよ」

 耕平は、人差し指一本を残し、マネージャーに向けていた手の平を握り込んだ。

 上を指さす形になる。


 マネージャーが見上げると、そこにはレジをカバーする、防犯カメラが設置されていた。


 耕平 「録画しとんねやろ。

  万札一枚で払ろたんか、

  小銭と一緒に払ろたんか、

  それぐらい、

  判別できるていどには映っとるやろ」


 耕平 「これが、

  このガキが出したレシートや。

  1万円で打っとるからな」

 耕平は、塔子の手からピッとレシートを取ると、マネージャーに手渡した。

 

 マネ 「分かりました。

  確認させていただきます」

 マネージャーが緊張した顔になり、レシートを受け取る。


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