女子大生日記:初めての恋愛

岡玲南

第1話 初めての彼氏ができたころのことを思い起こしてみる

 大学に入学したとき、いわゆる「彼氏いない歴」と生きてきた年数は同じだった。18年間彼氏というものには恵まれず、彼氏がいる友達には漠然とした憧れを持っていた。高校の頃、もちろん私の周りの誰もかれもが彼氏と付き合っていたわけではない。彼氏がいるのは友達の中でも少数派だったし、彼氏がいるといっても学校の帰りに新宿だとか渋谷だとかで待ち合わせて、いっしょにパンケーキを食べたりするといった程度のことのようだった。それでも、男の子とそういうことができることに憧れがあった。憧れというのが一体なんなのかは今思えばよくわからないものだったけれど。


 6年間通った女子校を卒業してともかく志望していた大学に入学できた。志望校に合格したことはもちろん嬉しかったけれど、なにより嬉しかったのは「男がいる学校」で暮らせることだった。嬉しいというのもあったけれど、不安感なようなものの方が強かったような気がする。ところがコロナとやらで、せっかく入った大学はというオンライン授業のみとなり私の「彼氏いない歴」はさらに一年伸びることがほぼ確定となった。ところが意外にもそうならなかった。


 ワクチンを条件に夏休み明けから大学のサークルが一部解禁になった。ダンスのサークルに入った。たまたま同じ高校からの友達と一緒に歩いているところ、声をかけてきた勧誘のお姉さんがとても感じが良かったので、体験ダンスに参加してみたのだ。一緒に入った。運動部のように専念する気も起きなかったけれど、軽いノリのサークルも気が向かなかった。ほどよい程度の活動をしていると感じられたので入ってみることにした。そこで出会ったのがコウタだった。2年上の先輩だ。1年生と3年生。二つ上なだけなのだけれど、私から見るとなぜだかとてもオトナに見えた。

 練習の帰り、同じ方向だったので途中まで一緒に帰るようになった。人がいないところでは歩きながらマスクを外して話をするようになった。そのうち途中でお茶をするようになった。ああ、高校生の頃、憧れていた状況だ。帰り道に男の子とお茶をすること。高校生の頃だったら、この状況だけでも彼女彼氏の関係ということになるのだろうけれど、大学生の場合、多分そうじゃない。そのくらいはわたしにもわかった。彼氏いない歴18年の私にも。


 そうやって帰りにお茶をした4回目くらいの頃だったか、駅に向かって歩いているとき「帰り道だけじゃなくて、いつもユキちゃんと一緒にいたいな。」といわれた。敏感になっていたわたしはすぐに気がついた。これって、付き合おうっていうことだろう、と。というのも今までのカフェでの会話で、現在先輩には彼女がいないことを知っていたし、私にも彼氏がいないことを先輩も知っていたからだ。とっさにわたしは「それって、わたしを彼女にしたいってことですか?」と、かなり尖った調子で聞き返してしまった。先輩は、笑って、「うん。彼女になってほしい。いつも一緒にいたい。」と答えた。そしてぎゅっと手を握られた。そのまま手をつないで、駅まで歩いた。「あ。わたし、ついに彼氏できた。」と思いながら歩いた。幸福感があった。その日は、それで駅で別れた。


 家に着くまでの間にテクストメッセージでやりとりして、休日の約束が決まった。「人生初めてのデート」か。でも、私はどれくらい先輩に恋心を抱いているのだろう。彼氏が欲しいと思っているだけじゃないのだろうか。少しそんなことも頭をよぎったけれど深く考えないことにした。大学1年生の9月の終わり頃のことだった。

 

 そのあとの展開は早かった。あまりにも早いと感じた。いや早いのかどうかとか、どういう展開が普通なのか、経験のないわたしにはわからなかった。彼氏ができるということはこういうことなのか、と思うしかなかった。初めてのことがどんどん押し寄せてきて自分がよくわからなくなりそうになった。何しろ経験がないので、それが普通のことなのかそうでないのかよくわからない。それは今だってよくわかっていない。

 最初のデートの帰り、公園でキスされた。付き合い始めたひととの初めてのキスというものは軽いものかと思っていたのだが、予想外にそういうのではなく舌が絡み合ようなキスだった。驚いてしまった。ただしそれはごく短い時間だったた。歩いているときにキスされたので、横に体をひねって上を向くというとっても無理のある態勢だったので長続きしなかったのだ。顔を離して目を見つめあって、そしてなぜか二人とも大笑いした。公園の人通りの少ないベンチに座った。もう一度キスされた。すぐに舌が絡み合った。今度はとても深く、そしてとても長いキスだった。先輩が興奮している様子がよく伝わってきた。興奮というのは、もちろん性的な興奮だ。こういう状況は初めてだけれど、なぜかそういうことは動物的なカンのようなものでわかった。


 深いキスをしたまま背中に手が回ってきて、強く抱き寄せられた。ジーンズ越しにふとももも触られた。胸の上にも手のひらが置かれた。置かれただけじゃなくて、手のひらで包むように揉まれた。何度も。男に脚をさわられるのも、胸を触られるのも、もちろん初めてだ。たとえ服の上からでも。わたしは混乱した。恋人同士って、初めてのデートでも、こんなことまでするものなのだろうか、と。強く違和感を感じたけれど、どうやってそれを伝えたらよいかわからない。先輩の興奮をわたしはそのまま受け止めた。けれど同時にこの状況に興奮してしまっている自分にも気づいていた。違和感を感じながらも、その先の展開を期待してしまっている自分がいなかったわけではない。

 しかしこの情勢をきっぱりと止める、ある種の逸脱のポイントが到来した。わたしの背中に回った先輩の手がブラウスの上からブラジャーのホックをあっという間に外し、右手がわたしの服の中に入って来た時だ。先輩の掌はわたしの左の胸を直に捉えた。その感触は今でも思い出す。それにとどまらずジーンズのボタンも気が付かぬうちに全て外されていた。「やめて。だめ。こんなところで。ここ公園でしょ。」と先輩の手を振り払った。この日の恋人同士の愛の時間はここで止まった。初めてのデートで男の人がこういうことまでするのは普通ではないということは、この時のわたしにもわかった。「ごめんね。でも、ユキちゃんがあまりにも可愛いから、つい。」「わたしも嫌じゃない。でもここでこういうことはだめ。」とわたしは応じた。「じゃあ、ほかの場所で続きできるかな」という先輩の言葉にわたしはこわくなって、なんとかはぐらかせた。気まずい雰囲気にならずにその日は駅で別れた。先輩と別れたあと、駅のトイレで、ブラジャーの位置を直した。


 わたしたちがセックスをしたのはその次のデートの時だった。二回目のデートでセックスというのは早くはないだろうか。高校生の頃、友達同士の会話では最低三回デートしなきゃだとか、いや五回目だとか、そんなガールズトークがあったけれど、わたしは二回目か。しかもわたしにとってはセックス初体験だ。

 その日、先輩と食事をしたあと、渋谷駅まで歩きながら話が盛り上がって、駅までたどり着いても延々会話が途絶えなかった。ふと会話が途絶えた時、手を握りながら「今日はいい?ユキが本当に欲しい。」と彼がわたしの耳に先輩が囁いた。わたしは言葉がうまく出なくて、ただ手を握り返した。ホテルにむかう途中、そのあとは一転してわたしたちは無言になった。わたしは怖くてたまらなかったし、ほんとうにこの先輩を受け入れていいのだろうか。ちゃんと先輩に恋しているだろうか。何度も自問しながら歩いた。具体的にはどんなことをするものなのだろうという不安もあった。ホテルのそばを歩いて、誰かに見られてやしないだろうかということも気になった。不安だらけだ。

 部屋に入るなり、すぐにキスをしながらベッドに押し倒された。一枚ずつ服を脱がされた。ゆっくりと。体のあらゆるところに手やら口やらで触られる感触があった。でも正確にはなにをされているのかよくわからなかった。その間もなんども声をかけてくれるので、怖さは遠のいていた。むしろ恥ずかしさが高まった。明るい中で裸をまじまじと見られ触られているのだから。そう、電気は点いたままだった。暗くするものだと思っていたから意外だった。

 目をつむったままコトが進むのを先輩に委ねた。わたしの中に入って来たときは、やはりそれなりに痛かった。重い痛みだ。でもたいした痛みではなかった。脚を開いたわたしの体の上で男の人が揺れている。ああ、わたしはついにいわゆる初体験をしているのか、と。陶酔感なんて全然ない。がんばらないと醒めてしまいそうだ。セックスとはこういう行為なのか、というのがその時の感じだった。いわゆる喘ぎ声というものを出すことも思いつかなかったので、静かなままだったような気がする。

 先輩がわたしの上で揺れていたのはそれほど長い時間ではなく、やがてぐったりとかぶさって来た。一緒にシャワーに入った時、はじめて男の人の「もの」を見た。上を向いていた。シャワーから出てすぐにもう一度始まった。先輩がわたしの上で動いている時間はさっきよりも長く、私の方の痛みもさっきよりは大きかったけれど、今度は頑張って喘ぎ声をだしてみた。作業みたいな感じで気持ちが冷めないように。


 こうして先輩、つまりコウタとの彼氏彼女関係が始まった。

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