鶏肉怪談

旅人旅行

鶏肉

 鶏肉が、切れなくなった。

 あと一押しと両手で強く握りながらも、包丁は震え、鶏肉の身に刃が触れると力が抜ける。

 でも、今晩は唐揚げ、子供が喜ぶ唐揚げ、だから、私は、この鶏肉を切らなければ。

 なんで、切れないんだろう。いつから、生の鶏肉に震えるようになったんだろう、わからない、何も思い出せない、理由なんてどこにも無い。

 何回も包丁を持ち、何回も鶏肉に刃を向け、何回も両手で持ち、何回も一押しして、当たらない、切れない。まな板との鈍い音、調理台との金属音だけが鳴る。

 鶏肉は切れない。

 手汗のせいと、エプロンで拭いてみるけど、切れず。

 肉に刃が入る、繊維が断ち切られる、残ってる血合、器官を除去する。

 妄想が怖い。鶏肉、にわとり

 刃が回転する、にわとり一番の鳴き声が響く、白い羽が舞い散り、皮がひん剥かれ、露わになる筋肉、心臓が止まる。

 私は、わた、私、私は、鶏肉を切って、鶏肉。とり、鶏肉。肉を、切り、切りつけて、切ります、切って、ニンニクやら、生姜、生姜で臭みを消し、そして、そして。


 ■


「奥さ〜ん! 奥さ〜ん!」


 私は強く扉を叩いた。

 先ほど子供が私の部屋に来た。扉が開かないらしい。『鍵は』と聞くと、『お母さん、今日はいるから』と言われた。

 それから三十分は過ぎた。

 子供が帰ってくる時間になっても出てこないのは不思議だと思い私は、強く奥さんを呼び出した。もしかしたらトイレにこもっているのかもしれない。もしかしたら便秘で長くいるだけかもしれない。もしかしたら近所のおばちゃんに捕まり、長話させられているのかもしれない。

 そんなことを考えつつ涙目になる子供を思い、強く叩く。

 どうするべきか。子供は私の部屋にいても居心地が悪そうだ。ずっと緊張して、肩身を狭くして、下を向き、母親に早く会いたそうにしてる。

 悩ましいが、仕方ない。マスターキーを使って、扉をけた。

 子供はすぐトイレに向かった。越してきたばかりとはいえ、自分の部屋に入れた安心感で、催してきたのだろう。

 でもトイレに入れたなら、奥さんは買い物ということになるか。

 確認がてらリビングに入る。焦げた匂いがした。

 何の匂いと思いキッチンに入れば、味噌汁だった。味噌汁に火が入ったままで、焦げていた。水がもっと入っていた跡がある。奥さん、火をつけたままなんて危ない、挙句電気もついてと思ったその時。

 指が一つ、鶏肉の上にあった。

 寒気がした。子供を私の部屋に戻して、再度探索。

 押入れには、奥さんが。

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鶏肉怪談 旅人旅行 @aiueo777

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