君と私の秘密の関係。

三愛紫月

どう思ってるの?

普段、私は、白鷺凌駕しらさぎりょうがさんと話す事はなかった。


私の名前は、湊本莉莎子みなもとりさこ42歳の主婦だ!


パート先であるスーパー旗森はたもりで昼間の時間働いている。


私は、惣菜コーナーで働いていて白鷺さんは夜間に油を変えたり掃除を行ったり商品を並べたりといわゆる何でも屋さんみたいな人だった。


たまに、日曜日にシフトに入ったりすると白鷺さんに出会った。日曜日は、スーパーが忙しく惣菜がよく売れるのでお手伝いをしにくるのだ。


しかし、他の皆さんと違って私は白鷺さんと話す事はなかった。


そんな関係が変わったのは、年末の忘年会にチーフが白鷺さんを招待した事だった。15人プラスチーフがいつもの忘年会のメンバーだったのだが、今年はそこにチーフが白鷺さんを誘ったのだ。


それは、白鷺さんが今年大学を卒業してスーパーに就職する事を決めたからだとパート仲間の海老名えびなさんが私に教えてくれた。


忘年会が終わり、ほろ酔い気分でみんな解散をして帰宅して行く。

私は、お酒が苦手だったので乾杯のビールだけを飲んだのだけれどそれだけですでに気分が悪かった。


「あの、一緒に帰っても?」


「はい」


どうやら私と白鷺さんは、同じ方向だったようでした。並んで歩くと、白鷺さんが私の肩にぶつかってきます。


「どっちですか?」


「あの公園を抜けなくちゃいけないんです」


「同じですね」


家に帰る前に通らないといけないのが電球が壊れて灯りが少ない暗い公園。私は、ここが苦手なのでいつもは夫に迎えにきてもらっていたのだけれど、今日に限っては不在だった。それは、年末の大掃除でお義母さんが腰を骨折してしまった為だ……。


かと言って、あの場所からタクシーを使う程の距離でもなかった。

私は、正直白鷺さんがいてくれてホッとしていた。


「ここ暗いですよね」


公園に入ると白鷺さんは、すぐにそう言ってきた。


「はい。苦手なんです」


私の言葉に白鷺さんは、微笑んでくれる。


「わかりますよ。ここ痴漢とか多いですからね」


「私みたいなおばさんを襲ったりはしないので、自意識過剰ですね」


私は、そう言って白鷺さんに笑いました。


「湊本さんは、おばさんじゃありません」


白鷺さんは、私の手を握りしめてきました。


「な、何を言ってるんですか?酔ってます?」


「酔っていません」


必死で、手を離して貰おうと頑張るけれど白鷺さんは離してくれない。


「すみません。ちょっと休んでもいいですか?」


「あっ、はい」


酔いがいっきに回ったのだろう。白鷺さんの足取りは、急にふらついた。

私と白鷺さんは、ベンチに並んで腰かける。


「まだ、半分ぐらいありますね」


「そうですよね。大丈夫ですか?旦那さん」


「今日は、大丈夫です」


いつの間にか白鷺さんは、手を離してくれていた。繋がれていた手が熱を持っていたせいだと思う。冬の夜の冷たさで、私の手がジンジンと痛みながら急速に冷やされていく。


「湊本さん」


私は、白鷺さんに呼ばれて横を向いた瞬間だった。


白鷺さんは、私にをしてきた。


ちょ、ちょっと待って!慌てて離れようと抵抗する私の後頭部を持って離れないようにされる。


結婚して20年。


夫以外とこんな関係になった事はなかった。

いや、むしろ最近は夫ともこんな関係になった事はなかった。


息が出来なくなりそうになった瞬間。


白鷺さんは、唇を離してくれた。


「はぁー、ふー、はぁー、ふー」


私は、肺に必死で酸素を送り込んだ。


「ハハハ、苦しかったですか?」


白鷺さんは、悪戯っ子みたいに笑ってくる。


「わ、私は、結婚してるんです」


私は、胸のドキドキを悟られないように怒って言った。


「だから、何ですか?」


白鷺さんは、悪びれる様子もなく笑っていた。


だから、何?と言われたら確かにそうだ。


結婚して20年。


一年後に産まれた娘は、成人し、県外の大学に通うために一人暮らしをしている。私は、夫と二人暮らしになった。


この20年で、ドキドキする事もワクワクする事も味わい尽くしていたと私は思っていた。


このまま干からびて死んでいくのだと思っていた。


なのに、今。


娘と変わらない年齢の男の子にキスをされてしまったのだ。


「嫌でしたか?」


白鷺さんは、黙っている私を見て、そう言った。


「おばさんをからかうのもいい加減にして!」


キスをされた唇が、冬の寒さで急速に冷やされて、ジンジンと痛むのを感じる。痛みを消したくて、もう一度キスをして欲しいと馬鹿げた考えが浮かんできた。

だから、私は白鷺さんに怒ったのだ。


「帰りましょう」


立ち上がろうとした手を掴まれてしまった。


「莉莎子さん」


いきなり下の名前で呼ばれて驚いた。


「嫌じゃなかったんでしょ?」


そう言うと白鷺さんは、私の答えなど聞かずに唇を重ねてくる。


私は、暴れて白鷺さんを離そうとするけれど……。


若い男の子の力に敵うはずもなく。


また、後頭部を持たれてしまった。


今度は、ギューと抱き締められて動けないようにされていた。


私は、抵抗できなくて諦めた。それを容認だと受け取った白鷺さんは、さらにキスをしてきた。


それは、深い仲になった男女が交わすキス。

私や白鷺さんのように、今日初めてまともに話したような二人がするキスではない。


どれくらいそうされていたのだろうか……。


白鷺さんは、私から離れた。


その瞬間、冷気が二人の間をすり抜けた。


身体がいっきに冷やされていく。


今までの熱が奪われていく痛みのせいなのか……。


もっと前から、白鷺さんに好意を持っていたのか……。


わからない


ただ、わかるのは


胸が……。


れられていた場所が……。


ジンジンと痛む事だけだった。


「帰りましょう」


私は、気づかれたくなくてわざとそっけなく言った。


「そうですね!帰りましょう」


白鷺さんは、何事もなかったようにあっけらかんとそう言って歩きだした。白鷺さんが、手を繋いでくる事は二度となかった。公園を抜けると左右で別れた。


「では、また」


白鷺さんは、普通に笑って帰って行った。

私は、白鷺さんが酔っ払って人肌恋しくなっただけだった事がわかった。


例え、海老名さんでも白鷺さんはキスをしただろう……。


帰宅すると私は、コートを脱いで洗面所に向かった。


鏡に映る自分を見つめる。


チークを塗ったように頬が赤らんでいるのがわかった。


唇を指でなぞりながらさっきのは何だったのか理解出来ずにいた。


好きだなんて言われていない。


嫌か嫌じゃないかと聞かれただけに過ぎなかった。


結局、白鷺さんの真意はわからないまま年が開けた。


そして、新年会が開かれたのだ。当たり前のようにチーフは白鷺さんを呼んだ。


そして、夫が娘の大学近くに出張に行っていた私は、また白鷺さんと帰宅する事になってしまった。


何事もなかったかのように接してくる白鷺さんを見ていると、あの日の出来事はどうやら夢だったのかもしれないと思っていた。


「ベンチで休んでもいいですか?」


「はい」


飲み過ぎた白鷺さんは、そう言ってふらつきながらベンチに座った。


私は、少しだけ距離をとって座った。


「警戒しないで下さいよ!莉莎子さん」


下の名前を呼ばれるだけで、胸が震えるのを感じた。


「莉莎子さん、俺の事、嫌ですか?」


「嫌ってそんな事はないわよ!私は、白鷺さんをよく知らないもの」


「凌駕です」


「え?」


「凌駕って呼んでよ!莉莎子」


そう言って、白鷺さんの顔が近づいてきた。


心臓の音がダイレクトに耳の中から聞こえてくる。


「駄目ですよ」


私が、制するのも聞かずに白鷺さんは私にをしてきた。


こないだと違って、私は、白鷺さんを受け入れてるのを感じていた。


この二週間。

白鷺さんと何も話さなかったせいだ。

唇や腕が、白鷺さんを求めているのをハッキリと感じる。


これは、よね。


「莉莎子」


白鷺さんは、そう言うと立ち上がって私の腕を引っ張っていく。

公園を抜ける。

左右の分かれ道。


こないだは、私は右に曲がって帰った。

白鷺さんは、左に私を連れていく。私は、白鷺さんについて行ってしまう。



気づくとについていた。エレベーターをあがり、805号室の扉を開けた。


その瞬間、白鷺さんは私にをしてきた。


そうあのキスだ。

親しくない私達がするようなキスじゃない。

もっと深く愛し合ったものがする


「待って」


「嫌なの?」


「そうじゃない。私、おばさんだから」


「関係ない」


白鷺さんは、玄関の鍵を閉めると私の手をひいて部屋にあげる。


ベッドに横にされてしまった。


もう逃げる事は出来ないのがわかる。


いや、逃げたくないのがわかる。



私は、白鷺さんの頬に手を当ててそう呟いていた。


どうなったかは、わからないけれど……。


私達が、そうなった事だけはとわかった。私は、白鷺さんを凌駕と呼ぶようになった。


「はい、お水」


「ありがとう」


凌駕は、ただ人肌恋しかっただけなのがわかった。終わるとあっさりしてるのだ。


「時々は、こうやって会おうよ!連絡先、教えて」


「うん」


付き合うとか好きだとか何も言わない関係。


私も凌駕もだけに過ぎなかったのだと思う。


凌駕とを越えた日から、私達の関係はより濃いものになっていた。


ただ、凌駕はしていて……。


私だけが、深みにハマっているのを感じていた。


「凌駕、私の事どう思ってるの?」


「どうって何?」


「だから、好きとかあるでしょ?」


「あーー、めんどくさ!そういうのいらないんじゃなかった?あんまりしつこいなら莉莎子とは……」


「う、嘘よ!嫌じゃないのよね?」



月日が経つと私は、凌駕にそう言って困らせたのだ。私は、凌駕と

娘と変わらない年の男の子に振り回されているのは、わかっている。


だけど、これはだった。


全て味わい尽くしてしまったと思っていた私に注がれた


そのカクテルを、飲めば飲む程に喉の乾きが増していく。


それが、



「莉莎子、俺ね。今度、彼女の両親に会うんだ」


付き合って、の年月が経っていた。


「そろそろ、結婚するのね」


私は、凌駕を見つめながら悲しい顔をした。


「大丈夫!今度は、


「え?」


私は、凌駕の言葉の意味が理解出来なかった。


「俺がした方が怪しまれなくなるだろ?」


「そうかしら」


「そうだよ!妻の愚痴を言ってるのかなって思われるぐらいですむから、もっとと会おうよ!莉莎子」


堂々と会って、どうするのだろうか?


私と凌駕は、なのに……。


好きだとか付き合おうって言われてもいないのに……。


それでも


そして、就職をして働いていたはずの娘がをして帰ってきた。


「ふざけるな!誰の子なんだ」


「産むわよ!私は、課長を愛してるんだもの」


「課長?既婚者か」


「そうよ」


夫は、娘に怒鳴っていたけれど……。私は、娘を怒る事が出来なかった。


娘もしていたとは夢にも思わなかった。


「パパとママには迷惑かけないから」


「一人で産んで育てるなんて大変な事よ」


私は、娘を家に戻そうと考えたのだ。


「一人じゃないわ」


「どういう事?」


「高校の時の先輩の友達が一緒に育ててくれるって言ってくれたの」


「自分の子供としてか?」


夫は、娘の言葉に驚いていた。


「そうよ!彼、なの。両親に孫を見せてあげたいからって!今から迎えに行ってくるわ」


そう言って、娘は出て行ってしまった。


「あなた」


「結婚するなら許してやろう」


世間体を気にしている夫は私にそう話した。

この人は、いつもが大事だった。


「連れてきたわよ」


娘の声に私と夫は、玄関へと急いで行く。

私は、二人を見つめていた。


「お義父さん、お義母さん、初めまして」


「なかなかのじゃないか」 


夫は、爽やかなその人の笑顔に気に入った。


「こちら………」


娘が説明してから、夫と一緒にリビングに入っていく。

私は、その人にスリッパを差し出した。


「これからはと会えるって言っただろ?


その人は、だった。

いつ娘と知り合ったのかはわからない。


何の為に、娘としようとしているのかはわからない。


ただ、一つだけわかる事がある。


それは…………。



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