第六話
思い立ったらすぐ行動の伊藤良太は、今はゴルフ部で活動しているらしいとの情報から近くの打ちっぱなし場へ向かった。つい先日まで営業していたらしいが、ご主人が入院した事をきっかけに営業を終了し、今は施設だけが残っているだけになっていた。
『ブンッ、カンッ、プシューー』
そこにはゴルフボールをバンバン飛ばしている中村将大の姿があった。中村将大は長身でがっしりとした体格をしていて、腕も足も人並み以上に太い。性格はそんなに自分から話をしてくるような感じではないらしいが、実際のところは分からないとのことだ。
「凄い打球!」
鋭く打ち上げられた打球の迫力に、全員この人は凄い選手なんじゃないかと期待を膨らませる。
「あいつにこんな特技があったとは、、よし合格だ!晃ちゃん行ってこい」
「なんで僕なんだよー、貴ちゃん行ってよー」
クラスメイトだがほとんど話たことが無い、太田晃弘と松井貴洋は尻込みしてお互いに譲り合っていた。
「俺はあれだ、現場監督だからここにいる」
「なんだよ、現場監督って、確かに老け顔の髭面がお似合いだけどさー」
「なんだとー!下っ端のアルバイト顔のくせして」
「祐希先輩、二人ってクラスでもこんな感じなんですか?」
「そうだね。いつもこんな感じで、イチャついてる」
キャッチャーは女房役と表現されることがある。二人は実際に付き合っているんじゃないかと思わせる程の仲良さだ。
「センパーイ、俺行きますって」
収集がつかなくなっているので伊藤良太は間に入りそう言った。
「よろしくお願いします」
「ごめん、よろしく」
二人はすごすごと頭を下げる。
「問題ないです」
そう言って相変わらず物怖じすることなくズカズカと近づいて行った。
「良ちゃん大丈夫かなー、とって食われないかなー」
「なんだそりゃ」
「それは無いでしょ」
心配そうに遠くから見守っているとしばらくやり取りをした後、こちらに向かって両腕を上げ大きく丸のポーズをしてきた。そのジェスチャーを見て思わず声を上げる。
「やったー、ホントすげーなアイツ」
「あ、あのー、、よ、よろしくお願いします」
先程鋭い打球を飛ばしていた奴とは思えないくらいの、弱々しい声でそう言ってきた。頬を赤らめている。皆が思っていたような怖い印象の方ではなく、恥ずかしがり屋さんのようだった。
今まで警戒して中村先輩を見ていた太田先輩と松井先輩は、その感じに一気に親近感を覚えすぐ仲良しになっていた。
「こちらこそよろしくお願いします」
そう言って一同は握手を交わす。
野球部のグラウンドに向かう間、今まで話していなかったのが不思議なくらいもう馴染んでいてじゃれ合っている。野球好きという共通の話題があるので話が弾みやすいのだろう。プロ野球選手の話や、甲子園の話なんかで盛り上がっていた。その帰りがてら高田祐希がこう切り出した、、。
「それで、もう一つ耳よりな情報があるんだけど?」
ランランと目を輝かせながら言うので、その場の一同は何を言うのかと期待を膨らませる。
「今度はなんだよ!」
「今この町にプロ野球選手が来ているらしいの」
「えーー、マジ!?なんで?」
もうシーズンはとっくに始まっている。怪我か何かして別メニューになっている選手なのだろうか?
高田祐希のその言葉を信じ、一同は近くの公園に移動した、、。
「ほら!あの人だよ!」
指差した方向にはジョギングに汗を流している人がいる。
「僕、プロ野球選手の顔は大体知っているけどあの人は知らないなー」
その人を見ると中村将大が首を傾げる。プロ契約している人、全員を把握しているわけでもないんだろうから取り敢えず高田祐希の言葉を信じ、一同はその人の方に近付いて行ってみることにした。
幸いその人は足を止め、噴水近くのベンチに腰を下ろしドリンクを飲み始めた。タイミング良く休憩に入ったようだ。
ここでも物怖じしない性格の伊藤良太はズカズカと近づき、いきなり話し掛けた。考えていても仕方ないので直接本人に聞いてしまえばいい。そう考えたのだろう。
「あのー、すいません。プロ野球選手の方ですか?」
「えっ!?アイツ本当に直球なんだから!!」
いきなり話しかけられ、困惑しているその人に皆で近づいて行く、、。
「すいません。あのー、僕たち近くの学校の野球部の者なんですけど」
高田祐希が丁寧に挨拶をする。
高田祐希の丁寧な口調に、その人は警戒を解いたのかパッと表情が明るい笑顔になった。その笑顔は俺達とは違い、あどけなさは無く大人の雰囲気を醸し出していた。柔らかく下がったその目尻と言葉遣いがその人の性格の良さを表す。
吉田雄大と名乗ったその青年は、ハーフっぽい印象を受ける顔立ちをしているが純正の日本人だそうだ。鼻が高いのでよく間違えられるらしい。
「あっ!そ、そうなんだ。こんにちわー。ごめん、急に声かけられたからびっくりして怖い顔になっていたよね」
野球選手は大体、『自分も野球してます』と、言うと親切に対応してくれる。その方も近くの高校球児と聞くと優しい表情になった。
「うーん。でもごめんねー。プロの選手になりたかったんだけど、、ちょっと成り損なってるんだー」
苦笑いを浮かべ、申し訳なさそうに子供に諭すような感じで言った。
「そうなんですか?でもなれるくらいの実力はあるって事ですよね?」
「うーん。どうだろ、、そうなれるよう努力しているんだけどな、、」
謙遜ぎみに照れ臭そうに頭を掻きながら答えた。
「それで?僕に何か用かい?」
「すいません。時々でいいんですけどー、僕達の練習見て貰えないかと思いまして」
「あっ!そういうこと!うん、いいよ。ぜんぜん」
「ほ、ほんとですかー!やったー」
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