第7話 打ちっぱなし場

 思い立ったらすぐ行動の僕、伊藤良太は、祐希先輩からの情報を元に太田先輩、松井先輩と共に打ちっぱなし場へと足を運んでいた。


 中村先輩は今はゴルフ部で活動しているらしい。


 この打ちっぱなし場は、つい先日まで営業していたらしいが、ご主人が入院した事をきっかけに営業を終了し、今は施設だけが残っている状態なのだとか。


 誰もいない打ちっぱなし場で一人で練習に励んでいるらしい。


『ブンッ、カンッ、プシューー』


 場内に入るとボールを繰り返し打つ音だけが響いてくる。こんなところで一人で練習していて寂しくないのだろうか。


 しばらく進んでいくとゴルフボールをバンバン飛ばしている一人の男性の姿が見えてきた。あれが中村先輩なのだろうか?


 祐希先輩の方へ視線を向けると軽く頷いてきた。どうやら間違いないようだ。


 聞いていた通り、中村将大先輩は長身でがっしりとした体格をしていて、腕も足も人並み以上に太い。性格はそんなに自分から話をしてくるような感じではないらしいが、実際のところは分からないとのことだ。


「凄い打球!」


 鋭く打ち上げられた打球の迫力に、全員この人は凄い選手なんじゃないかと期待を膨らませる。


「あいつにこんな特技があったとは、よし合格だ!晃ちゃん行ってこい」


「なんで僕なんだよー、貴ちゃん行ってよー」


 クラスメイトだがほとんど話たことがないとのことで、太田先輩も松井先輩も尻込みしてお互いに譲り合っていた。


「俺はあれだ、現場監督だからここにいる」


「なんだよ、現場監督って、確かに老け顔の髭面がお似合いだけどさー」


「なんだとー!下っ端のアルバイト顔のくせして」



「祐希先輩、二人ってクラスでもこんな感じなんですか?」


「そうだね。いつもこんな感じで、イチャついてる」


 キャッチャーは女房役と表現されることがある。二人は実際に付き合っているんじゃないかと思わせる程、仲良く見えた。


「センパーイ、俺、行きますって」


 収集がつかなくなっているので僕は間に入りそう言った。


「よろしくお願いします」


「ごめん、よろしく」


 二人はすごすごと頭を下げる。


「問題ないですから」


 二人がなんで物怖じしているのかわからないが、凄い人だと分かったのだ、ここで考えていても時間がもったいないだけだ。ダメでも良い結果でも早く決着をつけた方が効率がいい。そう思った。


「良ちゃん大丈夫かなー、とって食われないかなー?」


「なんだそりゃ」


「それはないでしょ」


 僕がその場を離れると背後からそんな声が聞こえてきた。食われるって、鬼じゃあるまいし。


 話かけ二言三言話しているうちも心配そうに遠くから見守っているようなので、両腕を挙げ大きく丸のポーズをした。


 そのジェスチャーを見ると思わず声を上げこちらに走り寄ってくる。


「やったー、ホントすげーなー、お前」


「あ、あのー、よ、よろしくお願いします」


 先程鋭い打球を飛ばしていた人とは思えないくらいの、弱々しい声でそう言っていた。

 頬を赤らめている。皆んなが思っていたような怖い印象の方ではなく、恥ずかしがり屋さんのだったようだ。


 今まで警戒して中村先輩を見ていた太田先輩と松井先輩は、その感じに一気に親近感を覚えすぐ仲良しになっていた。


「こちらこそよろしくお願いします」


 そう言って握手をしようと思い手を差し出すと、何故か知らないが太田先輩がその手を取って握手してきた。


「???」


「良太は中村と握手しようと思って手を差し出したんだろ!なんで晃ちゃんが握手してんだよ!」


「えっ!そうだったの?てっきり僕に差し出してきたのかと思った!」


「何でだよ!何で良太が今更お前と握手すんだよ!」


 どうやら太田先輩の天然が出てしまったようだ。全員に笑いが広がる。



 野球部のグラウンドに向かうまでの間、先輩達は今まで話をしていなかったのが不思議なくらいにもうすっかり馴染んでいるようだった。


 野球好きという共通の話題があるだけで、ここまですぐに打ち解けるものなのだろうか?なんだか微笑ましい気持ちになってきた。


 プロ野球選手の話や、甲子園の話なんかで盛り上がっている。その帰りがてら祐希先輩はいきなり何かを思い出したかのような感じでその場に急停止した。


「あーっ!」


「どうしたんですか?いきなり!?」


「もう一つ耳よりな情報があるんだけど?」


 ランランと目を輝かせながら言うので、その場の全員、また何かすごいことを言うのではないかと期待を膨らませる。


「今度はなんだよ!」


「今この町にプロ野球選手が来ているらしいの」


「えーっ!マジ!?なんで?」


 今は完全にシーズン中だ。普通に考えればいる訳がないのだが、怪我か何かして別メニューになっている選手とかなのだろうか?


 取り敢えず祐希先輩の言葉を信じ、僕達は近くの公園に移動することに。


「あーっ!いきなり見つけた!ほら!あの人だよ!」


 指差した方向にはジョギングに汗を流している人がいる。


「僕、プロ野球選手の顔は大体知っているけどあの人は知らないなー?」


 その人の顔を見た中村先輩が首を傾げる。


 プロ契約している人を全員を把握している訳でもないんだろうから取り敢えずは祐希先輩の言葉を信じ、僕達はその人の方に近付いて行ってみることにした。


 幸いその人は足を止め、噴水近くのベンチに腰を下ろしドリンクを飲み始め出した。タイミング良く休憩に入ってくれたようだ。


 ここで考えていても答えは出ない。せっかく人数が揃って練習を始めるところなんだ。物怖じしていても仕方ない。


 僕はズカズカと近づいていき、いきなり話し掛けた。考えていても仕方ないので直接本人に聞いてしまえばいい。そう考えた。


「あのー、すいません。プロ野球選手の方ですか?」


 いきなり話しかけられてその男性はかなり驚いた様子となった。


「えっ!?アイツ本当に直球なんだから!!」


 誰にも相談しないままいきなり話しかけてしまったので、背後からそんな声が聞こえてきた。


「いきなりすいません。あのー、僕たち近くの学校の野球部の者なんですけど」


 見兼ねた祐希先輩が丁寧にその男性に挨拶をする。


 祐希先輩の丁寧な口調に、その人は警戒を解いたのかパッと表情が明るい笑顔へと変わった。

 その笑顔は俺達とは違い、あどけない感じはなく大人の雰囲気を醸し出していた。柔らかく下がったその目尻と言葉遣いがその人の性格の良さを表しているようだった。


 吉田雄大と名乗ったその青年は、ハーフっぽい印象を受ける顔立ちをしているが純正の日本人だそうだ。鼻が高くほりが深いのでよく間違えられるらしい。


「あっ!そ、そうなんだ。こんにちわー。ごめん、急に声かけられたからビックリして怖い顔になっていたよね」


 野球選手は大体、『自分も野球してます』と言うと親切に対応してくれる。その方も近くの高校球児だと聞くと直ぐに優しい表情へと変わった。


「うーん、でもごめんねー。プロの選手になりたかったんだけど、ちょっと成り損なってる、出来損ないなんだー」


 苦笑いを浮かべ、申し訳なさそうに子供に諭すような感じで言ってきた。


「そうなんですか?でもなれるくらいの実力はあるって事ですよね?」


「うーん。どうだろ、そうなれるよう努力しているんだけどな、、」


 謙遜ぎみに照れ臭そうに頭を掻きながら答えてきた。


「それで?僕に何か用かい?」


「すいません。時々でいいんですけどー、僕達の練習見て貰えないかと思いまして」


「あっ!そういうこと!うん、いいよ。ぜんぜん」


「ほ、ほんとですかー!やったー」


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