第3話 少年野球時代の先輩達

「はぁー、はぁー、はぁー」


 やっとの思いで追い付くと良ちゃんはすでに到着していて、陸上部のグラウンドを仕切っているネットにしがみついていた。


 お前は、蜘蛛の巣に捕まった蛾かよ!と悪態をついてやろうと思ったのだが、僕が言葉を発する前に言葉を発してきた。


「遅いぞ。ウスノロ!お前は亀か!」


「はぁー!そっちがフライングしたんだろ!」


「それで?太田先輩どこ?」


 僕の怒りの表情など気にもせず矢継ぎ早に質問してくる。


「あれでしょ、あれ、今槍持ってるあの人でしょ?」


「ホントだ!間違いない!」


 僕が指差した方向に目を凝らすとそう言ってきた。


「おーーーい。太田せんぱーーーい!」


 いきなり良ちゃんは大声を出しそう叫んだ。


「コラっ!邪魔しちゃまずいって!」


 その声に気がついた太田先輩がこちらに近づいて来る。うるさいぞって怒られて仕舞えばいいのにって思ったが、太田先輩はそんな事はしないだろう。


 太田晃弘先輩は丸みのおびた愛嬌のある顔立ちで、肩幅が広くがっしりした上半身をしている。性格は天然が入っていて、穏やか。野球以外の行動は全てゆっくりしている感じだ。お婆ちゃんっ子で訛りが強く、愛嬌のある親しみやすいタイプの方だ。


「良ちゃんに康ちゃんじゃん!お久しぶりー、どうしたー?」


 以前と変わりないおっとりとしたゆっくりな口調でそう話し、愛嬌のある笑顔を向けてきた。


「どうしたもこうしたもないですよー!先輩野球辞めちゃったんですかー?」


「えっ!?だって、辞めるも何もうちの学校野球部無いじゃん?」


 いきなり現れ、いきなり訳の分からないこと言われ太田先輩は困惑している様子だった。


「久しぶりー。どうしたんだよお前ら?」


 そこへもう一人知った顔の先輩が現れた。


「松井先輩!!お久しぶりです」


「ちゅーっス、松井先輩じゃないですか?」


 松井貴洋先輩は少しポッチャリしているが目鼻立ちが良く、もう少し痩せたら超絶イケメンなんじゃないかと安易に想像が出来る。

 面倒見が良い性格で、同世代からも後輩からも慕われやすい性格をしている。いつも冗談ばかり言って、周りを明るくさせる天性の才能の持ち主だ。二人は昔バッテリーを組んでいて太田先輩がピッチャー、松井先輩がキャッチャーをしていた。


「おー!康誠、久しぶりー。良太はよく見かけてたからお久しぶりって感じしないな」


 良ちゃんを見ながら、軽く笑ってそう言ってきた。どこで見かけていたのだろうか?


「何でですか?」


 良ちゃんもその言葉に即座に反応し聞き返していた。会うのは久しぶりのはず。全く思い当たる節がないのだろう、目を点にして不思議がるっているような様子で松井先輩を見つめていた。


「何でって、毎日遅刻して来るくせに、いっつも堂々と校門から入ってくる大物だって学校中で有名になってるよお前」


「えっ!?」


 太田先輩はそう言う事は、はっきり言っちゃダメだよと言わんばかりに松井先輩を小突いていた。


「きゃはははは、良ちゃんって学校中の有名人なんだー!」


 それを聞いた良ちゃんは『カーッ』と、赤くなった。そしてお腹を抱え指差し笑っていた僕を『キッ』と、睨みつけると首に腕を回し、ヘッドロックをしてきた。


「何笑ってんだ、コラーっ!」


「きゃははははは。痛い、痛い、ごめん、ごめんって」


 指摘されて恥ずかしくなるなら遅刻してこなきゃいいのに。


「ふふふ。相変わらず仲良しだね。それで今日はどうしたんだい?」


 僕達がいきなり現れた理由がまだ解決してないので、その答えが気になっているのか太田先輩は質問してきた。


「先輩達また野球やりませんか?」


「えっ!?どういうこと?」


 首を傾げ松井先輩と目を合わせる。


「一緒に野球部作りませんか?」


 良ちゃんの言葉だけでは足りないと思ったので、僕はそう付け加えた。


「えっ!べ、別にい、いいけど、、?」


 異論は無いのでそう答えるが、いまいちまだ半信半疑のようで歯切れの悪い返事となっていた。松井先輩も同じ意見なのか状況を黙って静観していた。


「ホントですか!やったー!」


 まだ二人は状況を把握しきれてないというのに良ちゃんは喜びを爆発させ、僕に抱きついてくる。


「それでー、今野球部作るのに人数集めているところなんですけど、少年野球時代の先輩達って皆他の学校に行っちゃったんですかね?」


「久保竜二と藤井翔真なら、うちの学校にいるよ!」


 松井先輩はサラリとそう答えた。


「えっ!?ホントですか!?」


 うちの学校にいたんだ!と思ったのだろう、良ちゃんは心強い名前が上がったので驚きの声を上げていた。


「うーん。でもあの二人、今バドミントンしているんだけど、去年はインターハイに出場して、今年の目標は全国制覇目指すとか言っていたから、なびいてくれるかなー?」


 そう言って松井先輩は難しそうな顔をしたのだが、、。


「バドミントン部ですね!よし!康ちゃん行くぞ!」


「えっ!?ちょっ、ちょっと待てよー」


 良ちゃんは松井先輩の言葉が耳に入ってなかったかのように、勢い良く飛び出して行った。


「まっ待ってー、竜ちゃん達のとこ行くなら僕も行くー」


 走り出してから太田先輩の声が後ろの方から聞こえてきたのだが、良ちゃんは聞こえていなかったのだろうか、走るスピードを緩める様子は全くないようだった。


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