書店少女ザキ力☆マギカ

ゴカンジョ

第1話

 夜のとばりが降りる頃、恋と情けの灯が「ジュビドゥヴァ……」とともる港ヨコハマ伊勢佐木いせざき町。通称ザキ。そんな艶っぽい町の一角に、大正浪漫のつぼみ膨らむ明治末期の創業来、昭和の戦火も平成のIT革命もえっちらおっちら乗り越えて、Z世代が跋扈ばっこする令和の現代までどっこい生き延びた、しかしその割に歴史的貫禄といった重厚さに欠けること甚だしい、のほほんと暢気な風情の書店があった。その名を「友隣堂ゆうりんどう」という。


 一世紀の歳月が「塞翁さいおうが馬」と悟らせたのか、些細なことにこだわらぬ友隣堂の超然ぶりはなかなかで、例えば本店一階にでんと飾られた、キュビズム様式の古い大きな絵画。先の大戦で焼失した本店の再建時に寄贈されたものらしく、それを正面玄関入ってすぐのところに飾るあたり、友隣堂にとってはさぞ由緒ある、とても大切な絵画であろうことが窺える。ある日、ザキ住民の一人が絵について友隣堂に訊ねてみた。


「これは一体どういう絵なんですか?」


 かの紀伊國屋よりも長い歴史を誇る友隣堂は、「ムンッ」と胸を張ってこう答えた。


「いやぁ、なんだかよく分からないんですよね!」


 嘘みたいな話だが、驚くなかれ実話である。友隣堂は、己が来歴にかかわるやもしれぬ絵画を、画家の名も作品名も「まあエエじゃないか」と投げっぱなしジャーマンよろしく豪快に捨て置いて、「なんだかよくわからない絵」としてそのまま半世紀以上、何食わぬ顔で掲示していたのだ。その達観しきったエエじゃないか精神はいっそ感動的である。こうして「友隣堂の謎の絵」は、長らく「伊勢佐木町の七不思議」の一つに数えられることになる。


 二〇二一年、友隣堂に聞いても埒が明かないと立ち上がったザキ住民が、新聞社に調査を依頼したことで謎の絵画事件は割とあっさり解決するのだが、実はもう一つ、七不思議としてまことしやかに囁かれるある噂が、友隣堂には存在した。


「友隣堂の地下には、ミミズクのぬいぐるみに取り憑いた口の悪いお化けが出る」


 これから始まるのは、本当に七つもあるんだかむにゃむにゃ判然としない「伊勢佐木町の七不思議」の一つに不幸にも巻き込まれた、とある少女の物語である。

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