僕らの太陽が残したもの

セツナ

僕らの太陽が残したもの

 その日、僕らの『太陽』は消えてしまったんだ。

 何の前触れもなく、突然に。

 『彼女』はとても明るい女性だった。その楽しげな声に、愛らしい容姿に、優しい人柄に。僕たちはどうしようもなく魅せられていた。虜になっていた。

 彼女が何かに悩んでいるだとか、追い詰められているような様子は無かった。

 ――いや、もしかしたら、そんな一面を僕らに見せないようにしていたのかもしれない。

 僕らは彼女が存在する『理由』には、なれなかったのだ。


―*―*―*―


 『彼女』こと『朝陽 にちか』はヴァーチャル配信者だ。

 今の時代では、その職業はさほど特別でもない。ヴァーチャルな3Dの容姿で、ネットの世界を通じて配信をしていた。

 その姿は、白猫をモチーフにしていたもので、まるで日向で昼寝をしていそうな彼女にはピッタリだった。

 彼女はいつだって僕らファンに優しく、配信者とファンという関係だというのに、僕らのコメントに真摯に向き合ってくれた。

 だから、僕たちは彼女の事が大好きだったんだ。

 なのに、僕らの大切な『太陽にちか』は、消えてしまったんだ。

 僕らはみんな、悲しさに打ちひしがれた。

ファンの中には突然の彼女の失踪をきっかけに彼女の事を憎む者も出てきた。

悲しい話だが、僕にだってその気持ちは分かってしまった。

なんで、いきなり居なくなってしまったんだ。

僕らは君にとってその程度の人間だったのか。

なんで、どうして、もっと早く、言って、教えて――。

――寂しいよ、戻って来て。


―*―*―*―


 にちかの失踪から、もうすぐ10年が経とうとしていた。

 それでも僕たちは彼女の事を忘れられずにいた。

 奇跡的にも、彼女が活動していたコミュニティは消されることが無く、ずっと残り続けていた。

 世間の配信ブームもある程度落ち着き、配信サイトなども下火になって来ていたが、それでもサイトが潰れることも、アカウントが消されることも無く、彼女がここに居たという証はずっと失われずにいた。

 だから、ファンである僕たちは彼女とリアルタイムのコミュニケーションが取れなくても、なんとか彼女の生きた影を追い続けていた。

 だから、いつまでも彼女の事を愛し続けられた。

 長い時間が経って行く中で、彼女の事を忘れていく者も沢山いた。

 それは仕方のない事だと思う。僕だって何度も心が折れそうになった。

 でも、その度に彼女の過去の配信を見て、持ちこたえてきたのだ。


 ある日、そんな僕の元に驚くべき通知が届いた。

【朝陽にちか が、ライブ配信を始めました】

 それは何年も、何十年も無かった、彼女からの通知。

 最初は何かの間違いかとも思った。けれど、間違いだったとしても、それを確認しないという選択肢は僕にはなかった。

 職場を抜け出して、スマートフォンで配信サイトを開く。

 そこには、何度も見た、待ち望んだ彼女の姿があった。


「ん、ん」


 画面越しに聞こえてくる声に合わせて、その姿が揺れる。

 あぁ、待ち望んだ彼女の声だ。

 あれ、でもなんかおかしくないか――?


「あー、きこえてますか?」


 彼女の姿から発せられている声は確かに、彼女のようだ。しかし、それにしてはあまりにも――

 幼過ぎる。

それは、まるで幼女のような……。


「わたしは、にちかです」


 推しによく似た声の幼女が、話し始める。


「えっと、わたしのママは朝陽にちかです」


 ……!?

 どういうことだ? にちかに娘? そんな話聞いた事ないぞ。


「ママは、わたしを産んでくれた時に、亡くなりました」


 ……は?

 にちかが、死んだ……?

 そんな、嘘だろ。

活動してなくとも、僕らの前に出てきてくれなくとも、生きていて欲しかった。

 それだけが、僕らの願いだったのに。

 呆然とした頭のまま僕は、『にちか』の話を待つ。


「わたしは、ママが居なくて寂しかったです。悲しかったです」


 僕も、僕たちも寂しかった。

 彼女が消えて、生きる意味を失いそうになった。

 配信画面には、悲しみの声が溢れている。

 けれど誰も、目の前の『にちか』を責めなかった。

 だって、彼女をこの世に産み出すと決めたのは、にちか自身の願いだったのだから。

 きっと彼女は、にちかの宝物に他ならないのだ。


「みなさんも、ママが居なくなって寂しかったんですね」


 寂しいのはわたしだけじゃなかったんだ。画面の向こうで『にちか』は呟くように言った。


「わたしを育ててくれたおばあちゃんは、ママが沢山の人に愛されていたんだよ、って教えてくれました」


 言って、『にちか』はニコッと笑う。


「この場に立って、それを実感しました」


 その声には、僅かに震えを感じる。

 そうして震える声のまま、彼女は口を開く。


「みなさん、愛してくれて、ありがとう」


 僕は、その声がにちかの声と重なって聞こえた。

 気付くと、僕はコメントを打っていた。


『ありがとう』


 配信画面にも、次々と感謝の言葉が溢れていく。


『大好きだった』

『にちかは僕の支えだった』

『笑顔が好きだったよ』

『ちょっと抜けてるところも』

『どうか、幸せで』


 それはまるで、10年越しに彼女に向けられた沢山の花束のようだった。

 『にちか』はもう、声の震えを抑えてはいなかった。


「みなさん、ありがとう、ありがとうございます」

「わたしも、頑張って生きます」

「さようなら、お元気で」


 そうして、配信は終了した。

 僕たちの太陽は消えてしまった。

 今度こそ、完全に。

 だけど、彼女が残した宝物の存在を知れた。


 彼女は、これからも僕たちの中で生き続けるだろう。

 太陽は、僕らの心に光を照らしてくれたのだ。

 どうか、彼女の残した宝物にも幸せが訪れますように。


 終了した配信画面を見つめたまま、僕らは泣きながら、そう思わずにはいられなかった。


-END-

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僕らの太陽が残したもの セツナ @setuna30

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