第4話:アリギエーリ侯爵サイド:自問自答

メストン王国暦385年3月25日:アリギエーリ侯爵領・領境の砦


「閣下、閣下、侯爵閣下!

 誤解でございます! 

 王妃の地位を狙わせた訳ではございません!

 公妾や愛人になってくれればいい。

 そう思っていただけでございます!」


 ミルヴァートン伯爵が必死の形相で弁明する。


「閣下、私は知らなかったのです。

 娘が勝手にやった事でございます。

 子爵家の分際で王妃の地位を望むなど、ありえません!」


 某子爵は自分の立場は分かっていたという言い訳をする。


「その通りでございます。

 我々は知らなかったのでございます!

 責任は娘にあります。

 それに、家の娘は王妃の地位まで望んだ訳ではありません!

 ヴィオラと同列に扱わないでください!」


 某男爵は自分が助かりたいために娘に罪を押し付けようとする。


「黙れ愚か者共!

 俺様の顔に泥を塗っただけではないのだぞ!

 マリーニ侯爵家の名誉を穢しただけでもない。

 陰からコソコソと足を引っ張ったのだ!

 闇討ちされても文句の言えない恥さらしな行為だ。

 ええい、もう我慢ならん!

 さっさと俺様の前から連れ出せ!

 纏めて砦の牢に放り込んでおけ!」


 俺は側近の副騎士団長に、大声で言い訳を繰り返す貴族達を投獄するように命じたのだが……


「閣下、今はマリーニ侯爵家のエレナ嬢と対陣している最中でございます。

 許し難い失態を犯したとはいえ、この方々は貴族家の当主や跡取りです。

 投獄するのは遣り過ぎではありませんか?」


 俺が重用して、副騎士団長にまで取立てた側近が諫言してくる。

 いや、これは本当に諫言なのだろうか?

 むしろ甘言なのではないだろうか?


 さきほどエレナ嬢に言われた事が頭から離れない。

 心に刺さったままジクジクと痛みを与え続けやがる。

 軍事と外交のアリギエーリとまで言われた侯爵家の当主……


 父上に何度も厳しく指摘されていた俺の欠点、何でも武力で解決しようとする所。

 父上亡きあと、同じ様に諫言してくれた老臣達は、もう誰も残っていない。


 耳触りの良い事を繰り返し言ってくれる側近の言葉の方が正しいと信じ、側近の献策を受け入れた。


 口煩く同じ諫言繰り返す老臣達を俺自身の手で遠ざけ、隠居願を出させるように仕向けてしまった……


 捨扶持に与えた僅かばかりの領地に行く者もいたが、大半が我が家を出て行った。

 そのほとんどがマリーニ侯爵家に再仕官した。

 役立たずを雇う愚かな家だと思っていたが、本当の役立たずは俺だったのか?!


「お前は黙っていろ!

 連中を自由にさせたら、本当に我が家がダンテ王子を誘惑したことになる!

 そんな事になったら、王家にも他の侯爵家にも言い訳ができん!」


「閣下、言い訳する必要などありません。

 閣下がこの件に関係されていない事は、動かしようのない事実です。

 それを無理矢理罪に落とそうとするのなら、戦えばいいだけの事です。

 メストン王国最強の我らなら、残る3侯爵家を同時に相手しても勝てます。

 王家が加わったとしても、簡単には負けません。

 万が一不利になったとしても、レイヴンズワース王国に臣従を願えば、喜んで今以上の領地と地位を与えてくれます」


 こいつは何を言っているのだ?!

 レイヴンズワース王国が領地と地位を与えてくれるだと?!

 

 俺にメストン王国を、アンゼルモ王家を裏切れと言っているのか?

 俺様に、下劣で恥知らずな卑怯者になれと言っているのか?!


 まさか、こいつは、レイヴンズワース王国に内通しているのか?

 俺を寝返らせるために、耳触りの良い事を言い続けてきたのか?


「お前は黙っていろ!

 何度同じことを言わせる!

 今度同じことを言ったら、その首刎ね飛ばすぞ!」


「閣下、どうなされたのですか?!

 武勇を何より貴ばれる誇り高い閣下は、どこに行かれたのですか?

 無実の閣下に罪を着せようとする、恥知らずなマリーニ侯爵家など、閣下の武勇で返り討ちにしてしまえばいいのです!」


「死ぬのはお前だ、裏切者め!」


 俺の怒りの一撃は、狙いたがわず裏切者の首を刎ね飛ばした。


「「「「「ヒィイイイイ」」」」」


「た、た、たすけてくれ」


「おゆるしを、おゆるしください」


「なんでも、何でも差し上げます。

 何でも差し上げますから、命ばかりはお助けを!」


「むすめが、娘が勝手にやった事です。

 殺すなら娘を殺してください!」


 恥知らずな、騎士の誇りを何1つ持っていない連中を叩き斬った。

 自分の愚かさに対する怒りを、他人に叩きつけている。

 俺はこんなにも卑怯下劣な人間だったのだ。


「わっははははは!」


 情けなさ過ぎて、もう笑うしかなかった。

 代々国境を守って来た、誇り高きご先祖様に顔向けができない。


 死ねば楽に成れるだろうが、もう簡単に死ぬ事もできない。

 これだけの寄子貴族の当主や跡取りを殺してしまったのだ。

 西部貴族は大混乱するだろう。


 求心力が地に落ちてしまった俺では、その混乱を治める事などできない。

 長男のエリンコは、ダンテ王子の姉で、王位継承権4位だったサーラ第2王女と結婚してしまっているから、代替わりする事もできない。


 そんな事をしてしまったら、今回の件が、我が家がサーラ第2王女を押し立てて王位を奪おうとした、卑怯下劣な策だと思われてしまう!


 我が家の名誉を守るためには、最愛のエリンコを廃嫡にしなければいけない。

 森のフェレスタ侯爵家に嫁いだ長女のディアマンテを呼び戻す事もできない。


 ディアマンテの夫はフェレスタ侯爵家の跡継ぎだ。

 出来が良いと評判の長男を、フェレスタ侯爵が手放すはずがない。

 

 そもそも、今回の件と係わりがあると思われないように、フェレスタ侯爵家は王家とも我が家とも距離を取るはずだ。


 下手をしたら、ディアマンテは離婚されてしまうかもしれない。

 くそ、全て俺の所為だ!


 次女のアマリアに継がせたくても、まだ学園の卒業までには1年もある。

 それに、次女だから婚約者の家格が伯爵家に過ぎない。

 配偶者が伯爵では、アマリアが家中と寄子の統制に苦労する事になる。


 何より許し難いのが、アリギエーリ侯爵家の氏族が変わってしまう事だ!

 女にも家を継ぐ権利はあるが、その場合は夫の氏族に家を乗っ取られたのと同じで、氏族名が変わってしまうのだ!


 くそ、くそ、くそ、糞、糞、糞!

 俺が愚かだったばかりに、アリギエーリ侯爵家なのに、アリギエーリ氏族では無くなってしまう!


 アマリアの次の当主を、廃嫡させたエリンコの息子にすれば、氏族名は変わらないが、大きな火種を押し付ける事になる。


 下手をしたら、エリンコとアマリアが殺し合うような事になりかねない。

 くそ、くそ、くそ、全部俺の所為なのに、子供達まで苦しませるのか?!


 避けるには、生き恥を晒し続けるしかないのか?

 嘲りと蔑みの言葉と視線に耐えながら、当主の座に居座り続けるしかないのか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る