12 毒と呪い
「──来た」
アルニカの言葉に、コルネリウスとフィリベルトは床に置いてあった剣を取る。
「まだ遠いけどね。それに馬車の周りには、防御壁を張ってある」
言いながら、アルニカは持っていた暗色のストールを、バサリ、と隣の席へ広げた。すると、アルニカが変身していた女性が現れ、その肩にストールがかかる。
「……やはり、幻覚とは思えないな」
コルネリウスの言葉に、「でも、単純な動きしか設定できない簡易なもんだよ」とアルニカ。
「こいつに敵さんが飛びかかってきたら、こいつは悲鳴を上げて、同時に敵さんを眠らせる。出来るのは、それだけ」
「それだけでも凄いと思うが……」
「どうも。で、そろそろだ」
アルニカが御者台の方へ顔を向ける。それとほぼ同時に、馬の
「じゃ、行ってくる」
馬車が荒く止まると同時に、アルニカは扉を開けて馬車から飛び出した。
「っ?!」
「なっ?!」
目の前にいた黒ずくめの人間を二人、
「バイバイ」
アルニカは眠らせる。
バタバタと倒れ込む音を聞きながら馬車の上に飛び乗り、全体を魔力感知で詳細に把握する。
(前に二人、後ろに二人。さっき二人倒したけど)
二人足りない。増援についても考えなければならない。
(ま、いない二人は遠方攻撃かな)
と、アルニカが考えていたら。
カンッ!
アルニカの頭を狙った矢が、あらかじめ張ってあった防御壁に当たり、跳ね返った。
(やっぱりね)
カンッ!
「ぎゃあっ?!」
二の矢は御者に向かって放たれたらしい。けれど馬車全体を包んでいる防御壁に、
(そんなヤワな攻撃は効かないよ。でも、御者さんは眠らせとくか)
アルニカがパチンと指を鳴らすと、御者は一瞬にして眠ってしまう。
「おい、暗殺者さんよ。いつまで突っ立ってるつもりだよ?」
軽く挑発してみるが、黒ずくめの人間達は動かない。剣を構える者、何やら暗器を構える者、丸腰に見える者。
(やっぱ、こっちから動くしかないか)
「あんたらの中に、魔法使いはいるかい?」
にやりと言ったその言葉に、馬車後方にいる右の黒ずくめが僅かに反応する。
瞬間、アルニカは馬車からそいつへと飛びかかり、
「!」
黒ずくめが展開した魔法陣を蹴り破り、
「は?!」
「じゃあね」
張られていた防御壁ごと、頭に踵落としをお見舞いした。
(次)
倒れ込んだそいつから左へと視線を移し、こちらに向かって剣を構えていた左の黒ずくめとの距離を縮め、
「ガキが! っ?!」
剣が振りかぶられるのと同時に、地面を滑って黒ずくめの股の間を通り抜け、
「ほっ」
勢いのまま回転をつけ飛び上がり、黒ずくめの後頭部に膝蹴りをかます。のと同時に、念のため魔法で眠らせる。
(面倒だな。戦った証拠は残さないといけないし、けど被害は抑えないといけないから気付かれないように魔法を使わないといけないし)
そんなことを考えていると、馬車から絹を裂いたような悲鳴が聞こえた。あの幻影が作動したらしい。
そして、ガキンガキンと剣が打ち合う音。
(……増援が来る気配は、今のところない。矢を放った奴は気になるけど)
今は馬車だ。
アルニカは馬車へ駆け寄ると、開け放たれたその室内に目を向け、
(っ……!)
短い棒のようなものが複数刺さった腹から血を流すフィリベルトと、それを庇うコルネリウス、アルニカが来たことで後ろにも気を向けた黒ずくめの三人を確認した。
「チッ!」
黒ずくめは逃げの手を取ろうとしたようだが、向かっていったアルニカに目にも止まらぬ速さでその腹を打ち抜かれ、ついでに顎にも拳を喰らう。黒ずくめは気を失い、馬車から外へと転げ落ちた。
「で、それが全治一ヶ月?」
アルニカは顔をしかめながら、フィリベルトに問いかける。
「……どうだろうな。ただの傷ならそのくらいだろうが……これは、……毒が仕込まれていたらしい……」
そう言って、フィリベルトは膝をつく。
「殿下!」
アルニカは、フィリベルトの側に寄ったコルネリウスと、苦しげに息を吐くフィリベルトを眺め、
「殿下」
冷たい声で言う。
「それには呪いもかかってる。……完全な浄化も解毒も回復魔法もかけない。今からするのはただの応急処置。……まだ死にたくないんだろ?」
フィリベルトと視線を合わせるように膝をついたアルニカに、フィリベルトは微笑んだ。
「……そうだな。……頼む」
◆
その後、アルニカはフィリベルトに応急処置を施し、この呪いと毒は死には至らしめないが神経を麻痺させ脳の機能を低下させるものだと二人に説明した。
それを聞いたフィリベルトは、「そうか」と一言。けれど、コルネリウスは一瞬だけ顔を歪めた。
そして、アルニカとコルネリウスで襲撃者を縛り上げ、御者を起こし、警邏の詰め所に曲者達を連行し終えた時には、もう、空が白み始めていた。
「……」
警邏が城に連絡している間、アルニカは自分に向かって飛んできた矢をくるくると回し、眺めていた。
「……何かあるのか、それに」
「毒が塗られてる。殿下の毒と同じもんだ。ちゃんと呪いも付与されてる」
コルネリウスの問いに、簡潔に答える。
フィリベルトが寝かされている部屋に、コルネリウスとアルニカは警護として待機している。先ほど詰め所に常駐している医者がフィリベルトを診てくれたが、診断結果はアルニカの言った通りのものだった。フィリベルトは今、ここにある限りの全てを使って処置が施され、鎮静剤と鎮痛剤を処方され、眠っている。
「それが、どうしたというんだ? ……何がある」
防音がかけられた部屋で、けれどコルネリウスは声をひそめ、問いかける。
「いや、腕の良い調合師か魔法使いが作ったんだろうな、てさ。これ、ほんの僅かでも効き目を強くすると即座に死ぬし、弱くすると本来の効果を引き出せない。よく出来てるよ」
「本来の効果?」
「言っただろ。神経を麻痺させ脳の機能を低下させる。殿下を傀儡にするにはうってつけのモンだ」
アルニカは矢じりに布を巻き、テーブルに置く。
「こんな特殊で精巧なもの、辿ろうとすればすぐに足がつく。取り逃がした、矢をかましてきた奴だってそう。けど、犯人探しはまた途中で打ち切られるんだろ? 殿下」
アルニカがベッドに向かって言う。
ベッドのすぐ横の椅子に座っていたコルネリウスが、その言葉にベッドへと目を向ける。
と。
「……ああ。犯人が分かってしまうのは、まずいからね」
「! 殿下!」
薄く開いた目を天井に向け、フィリベルトは呟くように言う。
「けれど、今回は少し危なかった……あっちも、痺れを切らし始めているんだろう……君がいてくれて良かったよ……」
「そりゃ良かった。殿下のお力になれましたこと、光栄に思います」
ベッドから少し離れたイスに座るアルニカは、肩を竦めてそう答えた。
「……ふふ……これだけしてくれた君だ。臨時の給金を出そうか……」
「ありがたくいただきます。で、殿下」
「なんだい……?」
「城からの迎えが来たようだぜ?」
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