11 後見人

『じゃあ、これも伝えておこう。君を選んだ最大の理由は、私の護衛として側についていて欲しいからだよ』

『へえ』


 二週間前のアフタヌーンティーの場にて、そう言われたアルニカは気のない返事を返した。


『アル』


 コルネリウスの少し咎めるような声に、アルニカは肩を竦めて両手を上げる。


『はい。気を抜きすぎました。で、その内容は? 殿下』

『私を殺すことを目的として、その仮面舞踏会が襲撃されるという情報を得ていてね。いつもならそのままにしておくんだけれど、今回は少し、規模が大きいらしいから』

『周りの被害を抑えろって?』

『うん、その通り』


 フィリベルトはにこやかに、


『私を守るだとか、襲撃者を捕らえるだとか言わないところが、とても好ましいよ』

『まあ、でも、俺流にやるよ?』


 頭の後ろで手を組んだアルニカに、フィリベルトは笑みを深める。


『どうやるかは教えてくれないのかな』

『……ま、いいか。殿下達なら平気な顔で隠し通せるだろ。で、会場の見取り図とか諸々は?』

『君は本当に話が早くて助かる。ネリ』

『はい』


 コルネリウスは警護の態勢を解くと、上着の内側から紙を数枚取り出し、テーブルに置いた。


『これが今回仮面舞踏会に使われる会場の案内図、これがその設計図、これは今分かる範囲での参加者のリストと、私への襲撃を目論んでいるだろう者の候補者リスト。そして想定出来る襲撃者の人数と襲撃パターン』


 フィリベルトはそれぞれを示しながら簡潔に説明し、『何か思うところはあるかな』と、アルニカに微笑んだ。


『これだけ揃ってりゃ、俺はいらないんじゃないですかね』


 紙をそれぞれ手に取り眺めながら、呆れた声を出すアルニカ。


『いつもならね。ただ、今回はいつもとは違う』

『へえ。……黒幕と想定してる人達に、殿下を皇にと持ち上げているはずの人が結構いるから?』


 アルニカの言葉に、フィリベルトは目を細める。


『……君の意見、詳しく聞こうか』

『あ? 単純な話だろ。第一皇子を傷付けた、もしくは殺した罪を第二皇子側に擦り付けるか。もしくは』


 アルニカは、パサリと紙をテーブルに置き、

『純粋に殿下を退かせたい。そして、何もできなくなった殿下の後見人に媚を売って、甘い汁を吸いたい』

『私の後見人になるだろう人物が、誰だか分かって言ってる?』

『ヨアヒム・バルシュミーデ。殿下のお母さんの父親で、エーレンフリート皇の叔父さんで、今この国で一番力のある公爵サマ』


 言い終え、アルニカはクッキーを手に取り、サクリと一口齧った。

 それを見ていたフィリベルトは、ふぅ、と息を吐くと、


『じゃあ、君は自分がどう動くべきか、三日以内に考えを纏めて教えてくれ』

『もう考えたけど、聞く?』

『それが稚拙な思いつきなら、君の給料を減らすよ?』

『うぇぇ、横暴。まあ、聞いてみなよ、殿下が思うほど稚拙でもないと思うぜ?』


 ◆


「あー……第二の任務完了ぅ……」


 帰り道を行く馬車の中、アルニカは『アル』の姿で、室内に取り付けてある転倒防止の取っ手を握り、壁にもたれかかっていた。


「お疲れ様。君でも、あれほどの魔法を使えば疲れるんだね」

「いんや? これはダンスの疲労」


 それを聞いて苦笑するフィリベルトも、その隣に座るコルネリウスも仮面を取っており、馬車の中にはその三人しかいない。

 仮面舞踏会で騒ぎが起こった後、どうなったかというと。

 展開された古代魔法文字の魔法陣で作られた魔法は、アルニカが作動させたもの。そしてそれは、魔法陣で囲われた生物を眠らせ、無生物の機能を停止させる、大規模な強制睡眠の魔法。そうしてそれはとても正確に、ホールの中だけに作用した。舞踏会の参加者も、ホールスタッフも兵士も天井に張り付いていた襲撃者も、アルニカを除いた全ての人が深い眠りにつく。そこに、外からの救援。アルニカは、眠ったふりをしたまま状況を把握する。救護が呼ばれ、人々が運ばれ、曲者に気付いた兵士や会場の管理者達が曲者達を縛り上げていく。

 そして、ここからが重要。

 ここは仮面舞踏会の会場。招かれた者は皆、身分や名前を偽ってここに来ている。襲撃者はともかく、彼らはこの状況の事情聴取に応じない。応じられない。主催者側も、無理に籔を突いて蛇に襲われたくはない。要するに、問題が起きても大事にできない。

 頃合いを見計らい魔法を解いたアルニカは、怪我の有無だけ確認され、フィリベルトと合流し、お開きとなった会場をあとにした。


「な? 一番簡単で被害も少なかっただろ?」


 帰り道を行く馬車の中で、だらりと壁にもたれかかったままアルニカが言う。


「そうだね。大きな怪我をした者もいなく、ホール内にいた襲撃者を全員捕らえることにも成功した。けど」


 フィリベルトは足を組み、アルニカへと笑顔を向ける。


「逃げてしまった外の襲撃者は、どうするつもりかな」

「またまたぁ。分かってるくせに」


 アルニカはハンッと鼻で笑う。そしてすぐ、真面目な顔つきになった。


「あいつらは予備で、第二陣だ。何も成果を挙げられなかったあいつらは、この馬車を襲撃する」


 無言で続きを促すフィリベルトに、アルニカは珍しく、苦い顔になる。


「で、そこで殿下は、襲撃者を退けながらも、適度に傷を負いたい。全治一ヶ月くらいか?」

「そうだね。そのくらいの期間は欲しいかな」

「ま、俺は雇われなんで。指示されたことはしますけど」


 アルニカは腕と足を組み、


「ルター兄ちゃんは?」

「? 僕が何か」

「ルター兄ちゃんの意見は? 殿下が怪我して良いって?」


 その言葉に、コルネリウスは僅かに目線を下げ、けれどすぐに戻し、アルニカと視線を合わせた。


「それが殿下の望みならば」

「……。あっそう」


 そして、馬車は夜道を進む。



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