送られてきたDVDは――

高久高久

届いたDVD

「……どうしたら、いいんだ」


 手を組み、大きなため息を吐いた。

 頭の中はグチャグチャで、上手く回らない。


――俺には、愛する奥さんがいる。

 結婚してそろそろ1年。職場の上司であった奥さんに俺が惚れ、交際を申し込み、付き合いを経てめでたく結婚――となった。

 だがめでたいのは俺の頭だったのかもしれない。

 奥さんは優秀な人だった。俺より少し年上なのだが、仕事ぶりは優秀。そして外見も美人で性格は……少しキツいかもしれないが、それでも優しい所もある。

 だから狙っている男は多かった――いや、今も狙っているかもしれない。


――俺の前に、一通の封筒がある。

 今日は仕事が休み。奥さんが『一人で行きたい』と買い物に出かけている間留守番をしていたのだが、そんな時に届いた。少し大きめの封筒で、俺宛ての物だ。

 中身は、メモ帳か何かの1頁を使った手紙と、1枚のDVD。


『貴方の奥さんの本当の姿が映っている』


 手紙にはこう書かれていた。

――寝取られビデオレター。頭に浮かんだ単語であった。届いたのはDVDだが、ビデオレターって単語を良く聞く気がする。

 伴侶が浮気して、その行為を撮影した物をわざわざ送り付けてくる、というフィクション主にそういうジャンルのエロゲとかにあるシチュエーション。普通なら証拠となるので離婚の際は有利となる物。送りつけてくる奴はただの馬鹿だが、愛する伴侶が別の者と行為している映像を見せられた側にとって精神的ダメージは大きい。不能におっきしなくなったり人間不信になったりと、再起不能に陥る事もある。


――浮気。不倫。浮かんだ単語を頭を振って振り払う。

 だが思い当たらない節が無いわけではない。本当に、奥さんは俺の事を愛してくれているのか? むすっと――とまではいかないが、笑った顔をあまりみない。素気ないというのだろうか。塩対応、とまではいかないが……でもそれは交際している時からだった。本人曰く『愛想が無い女』だったが、時折見せる照れる姿が可愛い――いや今は惚気ている場合ではない。

 ネットで見る『パートナーの浮気チェック』みたいな項目を見てみる。

 ……家事は、してくれれてる……隠し事? そう言えばこの間何かパソコン弄ってたけど……声かけたら慌ててたけど……あの時奥さんが机の上のものひっくり返して、慌てた姿が可愛かったなぁ……いやいやいや、今はそんな事言ってる場合じゃない。夫婦間の夜の生活……そう言えば夜は御無沙汰だったような……いや、それは俺が忙しいからで……

 駄目だ。ぐるぐると嫌な考えばかりが巡り、頭がぐちゃぐちゃでどうかなってしまいそうだ。

 ならば、DVDを確認しろ。そう言われるかもしれない。だが出来ない。出来ないんだ。

 勇気が無いからヘタレというのもある。本当に浮気されていて、自分には見せない顔アへ顔タブルピースとかを他の男に奥さんが見せている。そんな映像、見たら発狂してしまうに違いない。だがそこではない。それが理由ではないのだ。


「――せめて、緩衝剤くらい入れろよ」


 テーブルの前に並べられている封筒に入っていた物。

 1枚の手紙。そして1枚のDVD――だった物。


――DVDは、ぐちゃぐちゃに破損し壊れていた。それはもう見事にバリンバリンに割れていて、幾つもの破片になっている。最初ディスクだって分からなかった。何をどうしたらこうなる、って感じになってる。

 だからね、確認できないんだわ。物理的に不可能なんだわ。

 送った奴、アホなのだろうか? 普通ケースに入れるなり、不織布ケースに緩衝剤とかやるんじゃないの? それでもこうはならないと思うけど、まさか郵送前に荷物入れたカバンに突っ込んだとか? 後重い物の下敷きにしたとか?

 色々と疑問は尽きないが、はっきり解っている事がある。


「――結局、何が入ってたんだよこのDVDは!?」


 中身を確認する事ができない、ということである。


 ◆


『それで、今日届くの?』

「うん、その予定」


 電話越しの友人の言葉に、私は頷く。今夜作る料理の食材が入った袋を下げ、私は帰路に着いていた。


『今日って結婚記念日とか何か?』

「それはもうちょっと先。記念日は記念日でちゃんと祝いたいから、っていうのもあるっていうか……」

『でも相談された時は驚いたわー。仕事は出来るのにねー』

「うるさい」


 友人が叩く軽口に、少し不満げに応える。


『でも旦那君、好きなんでしょ?』

「そりゃ……そうじゃなきゃ結婚なんてしないよ……」

『その辺り素直になれればねー』


 そう言われて私は反論できない。

――夫とは結婚してそろそろ1年となる。職場の部下で、どうも放っておけない所があり面倒を見る事が多かったが、懐かれたのか交際を申し込まれた。

 悪戯か何かかと思ったが、根負けし交際、そして結婚となった。

 しかし結婚生活で問題があった。家事とかは問題ない……筈。

――私が夫とどう接して良いか、わからないということ。

 勿論夫は愛している。結婚だって惰性ではなく、好きになったからしたわけだし。

 ただ、なんというか、元々恋愛経験値がゼロなのだ、私は。今の夫しか恋人が居たことが無い。

 交際時から素直に好意を示す事ができず、愛想の無い女だったと思う。仕方ないじゃない、相手は年下だし、私は付き合うとか初めてだし。年齢的にあんまり好き好き言うのも引かれたら、って思うと怖いし! 後夫と接するとニヤケそうになる! 私のニヤケ顔とか気持ち悪いに違いない。そんな姿見せたくない、と気合を入れると仏頂面になるが、ニヤケ顔よりマシだ。

 結婚したら改善されるかと思ったけど、むしろ悪化している感じがある。よく愛想尽かされなかったな、今まで。でも愛想尽かされたら生きていけない、私。

 夫は受け入れてくれているが、このままではいけない。結婚記念日ももうすぐなのに、もしかしたら離婚されてしまうかも――と友人に相談した所『手紙でも送れば? ああ、今の時代なら動画とかもありか』という案を出してくれた。

 その案に従い、動画を自分で撮影。驚くほど色々言えた。今思い返すとすごい恥ずかしい事とか言った気がする。

 自分から動画を見せるのは恥ずかしいので、郵送で自分が居ない時を狙った。その辺りの準備をしている時に夫に話しかけられたが、バレずにすんで良かった。思いっきりテーブル周りの物ひっくり返して恥ずかしかったけど……


『ちゃんと宛先間違えてない? 切手貼った?』

「あのねぇ……流石にそんなミスはしてないわよ?」

『どうだかねぇ……アンタ仕事は出来るのに、プライベートはポンコツだからねぇ。DVDで送ったんだっけ?』

「うん、そう。『貴方の奥さんの本当の姿が映ってる』って手紙と一緒に」

『……何その誤解されそうな一文。ちゃんとアンタの名前は入れたの?』

「え? 入れてないけど……何で?」

『今すぐ家に帰れ! 絶対変な誤解されてるから!』


 友人は色々教えてくれた。下手したら浮気を誤解される、と。

 私は大慌てで家へと向かった。


 ◆


「どうしようもないけど、ホントどうしたらいいんやこれ――ん?」


 グチャグチャのDVDを前に頭を悩ませていたら。玄関先から大きな物音が聞こえてきた。


「お、おかえり……え、何事……?」


 奥さんが、今まで見た事ないくらい大慌てで駆け込んできた。相当急いできたのか、髪がぐちゃぐちゃになっている。肩で息をしている状態であったが、俺を睨み付けるような目で見る。顔も汗と――涙? でぐちゃぐちゃになっていた。


「わっわらひ……浮気なんて――あぁーっ!? ディスクぐっちゃぐちゃになってる! なんで!? なんでぇ!? せっかく作ったのにぃ!」


 奥さんは俺に何か言おうとしたが、テーブル上のDVDプラゴミに気付くと、そっちに慌てふためいている。


「おっお願い! 捨てないでぇ!」

「え、いや捨てるけど」


 そりゃ捨てるよ、このDVD。再生とかそれどころじゃないし。


「やだぁ! 捨てられたら生きていけないぃ! 何でもするからお願いしますぅ!」

「そこまで言う!?」


 そんな価値無いよね、これ!?

 だというのにわんわん泣きながら(壊れたDVDを)捨てないで、と縋りつく奥さん。

 どないしたらえんや、これ。あーもう、滅茶苦茶だよ。


――その後、色々とあった誤解を話し合って解決。

 ついでにその送る予定だった映像も一緒に観ました。パソコンに残っていたので。何か奥さんは情緒がぐっちゃぐちゃになってたけど、可愛いから良しとします。

 その後? 夜? お楽しみでしたよ言わせんな恥ずかしい


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送られてきたDVDは―― 高久高久 @takaku13

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