マフィアに拷問された目玉焼き

正妻キドリ

第1話 マフィアに拷問された目玉焼き

「…。ぐちゃぐちゃだ…。」


 翔太は、お皿の上に乗っている、黄身が潰れた目玉焼きを見ながら呟いた。


 そして、その後、机を挟んで向かい側に座っている鞠沙に目をやる。


 鞠沙は、頬杖をつきながら不機嫌そうに、でも、少し頬を赤らめて恥ずかしそうにしながら言った。


「…うるさいなー。朝ご飯くらい黙って食べなよ、とんちき君。アニメのキャラじゃないんだから、独り言なんて言う必要ないでしょ?」


「いや、まぁ…。でも、なんか、鞠沙が卵割るのを失敗するなんて珍しいと思ってさ。ほら、前に言ってただろ?『私が卵の黄身を潰すなんてあり得ないわ!もし、私が卵割りをミスしたら、それは恐らくこの街に巨大隕石でも降ってくる予兆よ!』って。」


 翔太は、そう言ってさり気なく窓の外を見た。


「でも、隕石なんて何処にも見えない。ブルース・ウィリスも地球で日常を送ってる。だとしたら、この黄身がかち割れたのは、一体どうしてなんだい?」


 翔太にとっては何気ない質問であった。しかし、鞠沙はとても答えづらそうだった。


「…眼精疲労とかじゃないの?…目玉焼きの。」


「いや、意味わかんないんだけど…。なんだよ、目玉焼きの眼精疲労って。それに眼精疲労で目玉が潰れるなんてことはないだろう?マフィアに拷問でもされなきゃ、ここまで潰れたりしないさ。」


「…ああ。あの『本当に何も知らないんだ!助けてくれ!俺には妻と娘が…』っていうお決まりのやつね。」


「そうそう。あの、みっともなく、裏切者が妻と娘を盾にして命乞いをする…妻?」


 その時、翔太の中で何かが引っかかった。それはとても嫌な予感だった。


 翔太は慌てて鞠沙に問いかけた。


「ま、鞠沙…。もしかして…」


「…なによ。」


「…昨日、何か見つけた?」


 その問いかけに、鞠沙は、翔太から目を逸らして答えた。


「…何ってなによ。…指輪とか?」


「…!?」


 翔太は動揺して持っていた箸を落としそうになった。だが、それも無理はない。


 鞠沙は見つけてしまっていたのだ。翔太がプロポーズをする為に買ってきた婚約指輪を。


 翔太と鞠沙は、お互いに28歳のアラウンドサーティー。そして、同棲を始めて2年になる。付き合い出してからだともっと長い。


 そんな2人が結婚に踏み切るのは時間の問題であった。案の定、翔太は鞠沙にプロポーズしようと最近決意し、婚約指輪を買ってきていたのである。


 その指輪は、鞠沙に見つからないようにと、翔太の車のトランクに隠された。だから、ほぼ確実に見つからないはずだった。


「昨日の夜のことよ。私は漫画のネームを書き終えて、自分の部屋からリビングに向かった。そしたら、お酒を飲みながらテレビを見ていたはずの翔太が、いつの間にかマヌケな顔を晒して寝落ちしてた。だから、私も寝ようとしたんだけど…あることが気になったの。翔太が最近、やたらと車のトランクを確認することが多くなったことよ。最初は、心配性な翔太のことだから、車上荒らしのニュースでも見て、それに影響されたんだろうなぁくらいに思ってた。でもね…万が一ってこともある。万が一、翔太があの車に他の女の人でも乗せてたなら、私はあなたの睾丸をクルミみたいにかち割らなきゃいけない。眠れなくなった私は、車のトランクを開けて中を捜索した。そしたら…」


 鞠沙は、翔太にチラッと目をやりながら言った。


「ゴルフバッグの影に置いてあった小さな箱の中から、ダイヤモンドの指輪が見つかったってわけ。」


 翔太は、その話を黙って聞いていた。鞠沙のことをジッと見つめながら。


 鞠沙はそんな翔太に構わず、大きな溜め息を吐いて、呆れた口調で言った。


「はぁ〜ぁ、全く、慣れないことはするもんじゃないなぁ。普段ならトランクなんて絶対漁らないのに。昨日は、野生のシマウマ並みに勘が冴え渡ってしまったわ。そのせいで、私は一生で一度のスペシャルサプライズを逃し、翔太は今、映画版のミストを見た後のような、なんとも言えない顔になっているのよ。」


 鞠沙は話し終えた後、自分のことを見つめている翔太を横目で見た。


 2人の目が合った。


 しばらくの間、2人とも何も言葉を発さず、お互いに相手の顔を見つめ続けていた。


「…ぷっ。ふふっ…あははは!」


 突然、その沈黙を破って鞠沙が笑い出した。


「…フッ…アッハッハ!」


 すると、それに釣られて翔太も笑い出した。


 部屋中に2人の笑い声が響いた。


「あはは、なんともマヌケな話ね。浮気を疑ってたら、人生のネタバレを踏んでしまうなんて。」


 鞠沙は少しだけ流れていた涙を人差し指で拭いながら言った。


「俺もさ。指輪がなくなってないか確認してたら、鞠沙にサプライズする機会をなくしてしまった。アメリカンジョークみたいなオチだ。」


 翔太はそう言って微笑みながら溜め息を吐いた。


 鞠沙は一通り笑った後、再び頬杖をついた。そして、意地悪な笑顔を浮かべた。


「それで、どうする?私が今ここでYESと答えて、この後すぐにエンドロールを流す?それとも、ジェームズ・ワンの映画みたいな大どんでん返しを、私はまだ期待していいのかな?」


 鞠沙の質問に、翔太は苦笑いを浮かべた。


「さぁ、どうだろうね?でも、答えは保留にしておいてもらえるかな?もしかしたら、世界中が大絶賛してしまうような、ビッグアイデアが湧いてくるかもしれないし。」


「じゃあ、期待してるね。でもね、ヒントを出すとすれば、私の好みは綺麗に纏まったものより、賛否両論を呼ぶようなやつよ。昔からね。」


 鞠沙はそう言うとウインクをした。


「さぁ、冷めないうちに、気もそぞろだった私が、がんばって作った目玉焼きを平らげて頂戴。そのマフィアが拷問で抉った、裏切り者の目ん玉みたいな目玉焼きをね。」

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