第2話

 淡い水色の招待状がテーブルの隅を陣取ってから、もう4日目。

 毎日それを開き、読み上げてはまた閉じる。『出席・欠席』のシンプルな二択を、僕はまだ選べないでいた。

 大切な友人の結婚パーティー、『欠席』に丸をつける理由はどこにもない。しかし、『出席』に丸をつける勇気もまた、持ち合わせていなかった。


 生まれ育った愛媛を離れて8年。数少ない故郷の友人は、純粋な心でこの招待状を送ってくれたのだろう。

 この8年の間、彼とは数回しか会えていない。いや、会っていないと言うべきか。それでも、同窓会やクラス会の案内、広島への出張の知らせなど、生存確認のように定期的に、それでいてあの頃のままの関係を証明するように、連絡は取り続けてくれた。

 ならば何故僕が雅治まさはるからの招待を悩んでいるのか。それにはいくつか理由があるが、とりわけ彼女の存在が大きい。


『みんな来るよ、もちろん桂木も』


 雅治からのメールに付け足された彼女の名前が、僕のちっぽけな勇気に釘を刺す。

 桂木和水かつらぎなごみ。僕の最高の想い出にして、最大の後悔。

 あと少しの勇気が、きっかけが、時間があれば。取り返せない現実に嫌気がさし、今日もまた水色のそれをそっとテーブルに戻す。


『仕事調整できるように頑張るよ』


 僕のはっきりしないメールに、雅治は了解と書かれたスタンプで答えた。それ以上何も聞いてこないし、催促もされない。それでもどこか、見捨てられてはいない安心感がある。その距離感が心地よく、同時に申し訳なさが込み上げてくる。


 何度か、雅治が広島に立ち寄った際に、連絡を取り合って食事をした。他愛もない話や近況報告、昔話に花を咲かせ、変わらない友人との関係を楽しんだ。そして帰り際、決まって彼は思い出したように、桂木和水の話をした。僕の反応を確認するように。

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