【WEB版】不貞の子は父に売られた嫁ぎ先の成り上がり男爵に真価を見いだされる 〜天才魔道具士は黒髪の令嬢を溺愛する〜

三崎ちさ

第1話不貞の子、ロレッタ

 伯爵令嬢ロレッタ・アーバンは不貞の子である。



 根拠はあった。ロレッタには両親の魔力が引き継がれなかった。

 通常、貴族同士の婚姻であれば父方か、母方か、どちらかの魔力が引き継がれるはずだった。しかし、ロレッタの魔力の系統は父とも母とも違う未知のものであった。


 くわえて、問題となったのは容姿である。ロレッタは父親に全く似ていなかった。なんなら、母にすら似ていない。豊かなブロンドの髪に蜂蜜色の瞳をした父とも、煉瓦色のような落ち着いた赤髪と暗い茶色の瞳の母とも似ていないロレッタは、艶のある黒髪と灰色の瞳を持って生まれてきた。だがしかし、母と似ていなかったとしても、ロレッタは母の胎から生まれてきた。それだけは間違いなかった。


『黒い野良犬に孕まされたか』


 幼い頃に聞いたこの言葉の意味を、ロレッタはそう大きくなる前に悟ってしまった。


 ロレッタをアーバン家に繋いでくれる唯一の存在は母だけであったが、しかし、母もまたロレッタを愛することはなかった。


『せめて、わたくしに似ていればよかったのに』


 それが母の口癖であった。自分と全く似ていないロレッタの顔を見るたびに、母はそう言って、美しい顔を歪めた。


 父と母は離縁しなかった。


 当時アーバン家には借金があり、母の実家から融資を受けていた。それに、貴族社会においては、妻が不貞を働くというのは夫にとっても恥であった。そんな理由で、母が不貞をしたことが明るみに出ることはなく、二人の夫婦関係は続き、ロレッタもアーバン家の長女として育てられることとなった。


 ロレッタが産まれてから二年ほどして、妹が生まれた。妹は父によく似た美しいブロンドヘアーと、母に似た穏やかな茶色い瞳を持って産まれた。顔立ちも父の幼少時代によく似ていて、父方の祖父母が大層喜んでいた。


『ああ、ようやく、真っ当に我々の血筋を継ぐ子ができたのだ!』


 父の一族一同は歓喜に満ち溢れた。妹は全てに愛されていた。


 魔力の種類は髪の色に現れる。ブロンドヘアーの父は電気、赤髪の母は火の力。ロレッタの黒髪は魔力を持たぬ平民と同じ色だった。

 だが、これがまた気味悪がられたことなのであるがロレッタには魔力だけはあるようだった。魔力なしの証の黒髪のくせに。



 家を継ぐ子どもは『魔力継承の儀』を執り行うのがこの国の貴族の習わしだった。親の持つ魔力を、子に譲り渡すことでより力を強めることを目的としたもので、これは血の繋がりのある親族間でしか執り行うことができない奇跡の秘術であった。

 この奇跡を行えること、それが青き血の貴族の証左だった。


 ロレッタのように、両親の魔力のそのどちらの系統も引き継がなかった子どもは稀である。──そう、稀に生まれることは、あるのだ。しかし、ロレッタは容姿も両親に似ていないことが災いした。それも、よりにもよって黒髪だ。政略婚で結ばれた二人の関係も良いものではなかった。二人の間の子ではないのだろうと思わせるのには十分だった。


 妹は父と同じ電気の魔力を持っていた。アーバン家は、この妹が婿を取り、家を継ぐことが決まった。


 不貞の子である黒髪のロレッタは誰からも愛されなかった。

 次期当主となるべく育てられることとなった妹は全てにおいて、姉よりも優遇された。


 不貞の子、ロレッタの誕生パーティは一度も開かれなかったが、妹の誕生パーティは毎年とても盛大に開かれた。父の親族一同、そして親交深い貴族の面々が招かれた。


 ロレッタの存在は『病弱な姉』として伝えられていた。だから、誕生パーティなんて行えない。妹のパーティにも出られない。ロレッタが社交の場に現れることはなかった。

 本人も人の多い環境を嫌がっているのだ、と。両親はそう説明していた。病弱な娘のわがままをよく聞いてあげる優しい親だという体で社交界では通っているらしい。


 朝昼晩の食事だけは滞りなく与えられていたが、ロレッタにあるのはそれだけだった。小さな離れで侍女もつかず、一人で暮らしていた。不貞の証である黒髪を見るのを両親は嫌ったので、ロレッタは髪を短くし、室内でも黒髪を隠すように帽子を被っていた。そもそもロレッタが人目につく機会は少なかったが、その少ない機会に出会った人がもしもそれを訝しんだら、いつも帽子を被っているのは病気の治療のために飲んでいる薬の副作用で毛が抜けてしまうからだと、両親は嘘をついて説明していた。


 妹の豊かなブロンドヘアーは腰ほどの長さまで伸び、ふわふわと柔らかで、陽の光の下で美しく輝いていた。


 妹ルネッタが髪を煌めかせながら中庭ではしゃいでいる姿をロレッタは窓からそっと眺める。


 私は不貞の子として、一生この離れで過ごすのだろう。


 ロレッタは己の運命を受け入れていた。

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