ぬかるんです。

大河かつみ

 

 私の勤める会社は東京の一等地にありながら、通うとスーツが泥だらけになる。靴の中も泥まみれで気持ち悪い。何故そうなるかというと会社内は全フロア、全室、全て泥が敷き詰められているからだ。更に毎朝、役員がホースで水を撒くから常にぬかるんでおり、一歩歩くたびにズブズブと足をとられ、なかなか前に進めない。

 何故そのようなオフィスなのかというと、これは先代の社長の方針なのだ。子どもの頃、泥んこになって土と触れあっていると自然と発想力や集中力を養われると言われているが、大人になってもそれは同じという考えなのだ。


 「キャー!」総務の山田女史が足をとられたのだろう。つんのめって、ぬかるみに顔から突っ込んでいる。人事部で電話が鳴っているが、社員はぬかるみに悪戦苦闘していて間に合いそうもない。開き直ってクロールのように泳いでいる営業マンもいた。もう、どこもかしこもグチャグチャだ。

 私はというと接客中で、普通に泥の上に腰を下ろしているが、先方はそれが嫌なのだろう、しゃがんだ格好で尻を地面に着こうしない。だからさっきから足がプルプルしている。そこへ部下の女子社員が血相を変えてやって来た。

「スミマセン。新人の平田さんが資料室で生き埋めになってしまったみたいで。」

私は客に詫びながら資料室に向かった。この資料室は業者が5cm泥を敷き詰めるところ、間違えて50cm泥を敷き詰めてしまったのだ。だから、行くと大抵何人かは身体が半分以上埋まっている。奥に資料室長がいるのだが、ここ半年身動き取れないでいるらしい。

「平田くん!」私が呼びかけると資料室長が変わりに言った。

「平田君、転んじゃってそのままズブズブ沈んじゃったよ。まだ慣れていないな。」

私はダイブして必死に手足を動かしながら平田が沈んでいる辺りに辿り着くと潜って手探りでなんとか探し当てた。彼の手には必要な資料が握られていた。

「よくやったな。平田君。」

「課長。・・・」

私は平田を抱えながら、そう言えば”帰りに牛乳買ってきて。”と妻に言われていたことを思い出していた。

                                  終わり



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ぬかるんです。 大河かつみ @ohk0165

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ