僕の世界はぐちゃぐちゃ
景綱
第1話
タンバリン片手にダンスをする猫が頭の中に飛び込んできた。
今だ、叫べ!
「ぐちゃぐちゃ!」
来た、来た、渦巻猫がやって来た。
こいつが来たら百人力だ。
最低、最悪な時をすべて遠いどこかへ吹き飛ばしてくれる。憎らしいいじめっ子の記憶も説教たらたらの近所のおばさんの記憶も、ママの勉強しなさいと怒鳴る記憶も吹き飛ばしてくれる。ほら、もう嫌なことは忘れちゃった。
これこそ、最強の魔法だ。
「フニャ」
渦巻猫が僕をみつめている。上目遣いでみつめている。ああ、もう可愛すぎ。ぐちゃぐちゃに撫でまわしたい。
ダメだ、ダメだ。
渦巻猫は魔法猫。安易に触れたら、渦に巻き込まれて四次元の世界に閉じ込められちゃう。可愛いのに怖い猫。
震えがきちゃう。
「フニャ」
もう、さっきからなんでそんな変な鳴き声出すんだ。魔法猫だからか。
「フニャフニャ」
「もう、なんだよ。おまえは、フニャフニャじゃなくて『ぐちゃぐちゃ』だろう。あれ、違ったっけ」
ぐちゃぐちゃは名前じゃなくて呪文か。じゃ、名前はなんていうんだろう。
おっと危ない。
それにしても、渦巻猫の身体ってどうなってんだろう。ぐるぐる渦巻がいっぱいで、どこかで見た宇宙の写真みたい。無性に触ってみたくなる。
ちょっとだけなら平気だよね。大丈夫だよね。でも、でも、四次元世界に閉じ込められちゃったら、どうしよう。待って、それって僕が勝手に思い込んでいるだけかも。誰にも言われていない気がしてきた。
「おい、ソラ。何をしているんだ」
「えっ、なんか言ったパパ」
「何をしているんだって聞いたんだよ」
「えっとね。渦巻猫さんを撫でようかって」
「渦巻猫? 違うだろう。その子は、おもちゃのロボット猫だろう」
「えっ、あっ、そうだよね」
あれ、そうだったっけ。違うよね。僕の頭がおかしいのかな。
そうか、パパにはそう見えているのか。おもちゃじゃないのに。ぐちゃぐちゃと叫べば嫌なことを忘れさせてくれる渦巻猫なのに。この猫が魔法の言葉を教えてくれたのに。
教えてくれた。そうだったっけ。よく思い出せない。おかしいな。
まあいいや、渦巻猫は僕のこと一番理解してくれているから。
「そうだよね。君はぐちゃぐちゃの魔法を教えてくれた渦巻猫さんだよね。確か」
渦巻猫の耳元で囁くと、渦巻猫の背中の渦がぐるぐると勢いよく回りはじめた。
ああ、目が回る。なんだか景色がぐるぐるだ。
「違うよ」
あれ、今『違うよ』って聞こえた。空耳かな。ああ、目が回る。
「違うなら、おもちゃなの」
「おもちゃでもないよ。ぼくは君の友達。病院であったでしょ」
「友達? 病院?」
「そう、一年前に病気で死んじゃったけどね」
「えっ」
「ふっ、だからって怖がらないで。ぼくと君はいつでも一緒だから。約束したよね。ひとりだけで楽しむのはずるいもんね。だからぼくの背中を触ってみようよ。嫌なことは全部忘れたいだろう。もっと繋がれば天国さ」
繋がれば天国か。それ、いいかも。嫌なことは全部忘れたいもん。ああ、なんだか頭が変だ。ぐるぐる回る。
「ほら、早く。楽になれるよ。それとも、魔法の言葉を三回続けて行ってみる?」
三回続けてか。そうしようかな。なんだか楽しい気分になってきた。
「ぐちゃぐちゃ、ぐちゃぐちゃ、ぐちゃぐちゃ」
僕の世界は本当にぐちゃぐちゃになった。
『楽になったでしょ。ぐちゃぐちゃは最強の魔法。記憶を奪う魔法。それすら忘れてしまったんだね。しかたがないよ。君はこの魔法を使い過ぎたんだから』
僕の世界はぐちゃぐちゃ 景綱 @kagetuna525
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