第76話 ソダシが引退した話
ソダシが引退した。
引退といっても、スポーツ選手やアイドルではない。ソダシとは「純粋、輝き」を意味するサンスクリット語からとられた競走馬(サラブレッド)の名である。馬の毛色としては極めて珍しい「白毛」の競走馬で、「白毛のアイドル」として非常に人気が高かった。
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小説投稿サイトで競馬のことを書くのはなんなんですが……。
奇跡のように強かったソダシが、競走馬を引退しました。あの輝くように白い馬体が競馬場を走ることがなくなるのは寂しいです。
競馬に詳しくない人にとっては「なんのこっちゃ」な話でしょうが、ソダシには競馬ファンを夢中にする物語が詰まってるんですよ。ちょっとその物語をここに書きますね。
そもそも「白毛」という馬の毛色が、非常に稀な毛色で競走馬として登録されている数が少ないのです。
――うそつけ。白い馬は結構走ってるぞ。
そうですね。白い馬は結構走ってます。オグリキャップやメジロマックイーンといった往年の名馬も白い馬でした。ただ、彼らは「白毛」ではないんです。
一般に「白馬」とされる馬は、「芦毛」という毛色に分類されています。その毛色は真っ白――というよりは、グレーからライトグレーといった色ですね。それに対して「白毛」は(ブチが入ることはありますが)真っ白な毛色をしています。
わたしが競馬を覚えた90年代には「白毛は非常に稀な上に、虚弱体質で生まれてくるので競走馬にすることはできない」と言われていました。その後、シラユキヒメという名の白毛馬が競走馬登録され、父親が大種牡馬サンデーサイレンスだったことから「この馬なら走る(レースに勝てる)のでは」と期待されました。
結局、シラユキヒメは一勝も上げられませんでしたが、引退後、繁殖牝馬となった彼女は何頭もの白毛馬を産み、息子や娘たちのなかから、レースで勝てる馬が現れるようになったのです。
白毛馬ではじめてJRAのG1レースに勝利したソダシは、このシラユキヒメの孫に当たります。シラユキヒメのデビューが2001年。ソダシが阪神ジュベナイルフィリーズ(G1)を勝ったのが2020年。足かけ20年かけて白毛のG1馬が誕生したことになります。
それにしても、わずか20年で白毛のG1馬が現れるとは……。
シラユキヒメのような突然変異の白毛馬が生まれる確率は0.1%らしい。一旦生まれると、その毛色は一定の確率で子どもに遺伝していくのですが、サラブレッドはレースに勝ってナンボの経済動物。レースに勝てない(賞金を稼げない)馬は毛色に関わらず子孫を残せない(交配してもらえない)ところ、JRAの場合、競走馬の勝ち上がり率は約30%。実に7割のサラブレッドが一勝も挙げることなく競馬場を去るのです。
ひとつもレースを勝てなくて「普通」なサラブレッドの世界。もともと登録頭数の少ない白毛馬が勝ち上がり、最高ランクのG1レースを勝つことがどれほど難しいことか。カクヨムコンで大賞をとるより難しいんじゃないですか?
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ソダシが注目を集めたのは、その出自を巡る物語が奇跡のようだったからですが、その強さと美しさが相まって、白毛のアイドルと呼ばれるような人気馬になりました。茶色かったり黒かったりする馬の中で、ただ1頭真っ白なソダシが先頭でゴールに飛び込む姿は、そりゃあ綺麗でした。
わたしの周囲は、「不景気」、「高齢化」、「物価高」の三重苦にあえぐ人が多い。こういう人たちにとって、ソダシの活躍は、やりきれない世の中にも救いはある――奇跡は起こるということを目に見せてくれていたように思いますね。少なくともわたしにとっては勇気づけられる存在でした。
ソダシ引退かあ。
いろいろな重圧があったでしょう。お疲れさまでした。
お母さんとして、いい仔馬を産んでね。
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