代行人

花園眠莉

家事代行人【カナタ】

 今も昔も代行業務が存在する。そして、その活躍は表には見えない。誰かに認めて貰うための仕事ではない。けれどこの仕事がないと困る人がいる。


 「いらっしゃいませ。お客様、本日はどのようなご用件でしょうか。」受付嬢の明るい声が響く。

「代行を頼みに来た。」素っ気ない態度で答える。

「こちら、様々な代行を揃えておりますので内容を教えて頂けますでしょうか。」ここでは受付嬢に内容を伝えてからじゃないと部屋に案内できないのだ。何故かと言われればそれだけ多くの代行を引き受けているからである。

「家事の代行だよ。」

「かしこまりました。ご予約はされていますか?」

「いや、してない。」

「はい、それでは少々お待ちください。」綺麗に礼をした後、内線電話を鳴らす。何回か言葉を交わしすぐに切り客を呼んだ。

「ここにお名前と代行の種類をお書きになってください。書き終わりましたら2階の家庭代行室にお入りください。」客は書き終わってペンを置き荷物を背負い直して階段を上る。

 態度の悪いこの客でもノックはするらしい。ノックした後すぐに扉に入ると2、3名の客と10は越えないであろう代行人がいた。

「お待ちしておりました。では早速こちらの席へどうぞ。」机を挟んで向かい合わせに座る代行人の男は胡散臭げだ。代行人は皆似たような制服を着ていてこの男も例外ではない。笑顔が貼り付けられているのが胡散臭い原因の1つだろう。

「家事代行人をご希望のようですが、詳しいご希望内容は既にお決まりでしょうか?」

「体を悪くしたから力仕事を頼みたい。それ以外に掃除、洗濯、料理が出来る奴。」先程より態度が少し柔らかくなった様子。

「高いところの物の移動などはありますでしょうか。」客は頷く。

「かしこまりました。少々お待ちください。」そう言って書類に目を通し始める。

「僕、カナタが担当させていただきますね。よろしくお願いします。では住所といつから代行人を望むのかをお願いします。」先程より軽い話し方になり胡散臭いのが更に増す。客は汚い字で必要事項を書いた。カナタは書いて貰ったものを見ながら頷く。

「明日の午前から1日のみのご希望ということですね。よろしくお願いします。」


次の日

「おはようございます。A.T.代行会社リーベ店、家事代行人のカナタです。カナハラさんでお間違い無いですよね?」朝早くから良く通る声で客に話す。

「そうだよ、入って。」あまり広くない家に入り早速仕事に取りかかる。仕事が早いが口数が多すぎる。そのお陰か客は普通に話すようになった。

「カナハラさんこの家に決めた理由はなんだったんですか?ここ山の上で色々不便そうですが。」

「…景色が良いんだよ。」客の眺める窓からは町が一望できた。

「なるほど、確かに町全体が見えますもんね。夜とか特に綺麗そうですね。」そう言って初めて柔らかな笑顔を客に見せた。

「夜の景色が好きなんだ。…昔は絵を嗜んでたんだ。だから絵に納めたい景色の場所に住むのが夢だったんだ。今はもう腕はいうこと聞かなくなっちまってるけどな。」乾いた笑い方で懐かしむように話す。どこか寂しげなのは気のせいではないだろう。

「今まで描いた絵って何処かにまだあるんですか?」純粋な好奇心で聞いた。

「屋根裏部屋に置いといてる。今日はそれも下ろして欲しいんだ。」予め書いたもの以外の内容だったがカナタは快く受けた。本来であれば受けなくて良いのだが彼は好奇心で動く男。案内されれば屋根裏部屋に行くには梯子を登るしかないらしい。

 「では失礼しますね。」軽々と登り部屋の全体を見回す。鼻に独特な匂いが触れる。この家に入ってから微かにしていた匂いは油絵の匂いだった。部屋には使われていたであろう筆、イーゼル、絵の具やパレットが床に置かれている。それ以外にも何枚ものキャンバスが壁に立て掛けられていた。それはどれもこの客が描き出したとは思えない繊細な風景画だった。

「下ろすのはキャンバスだけですか?」

「いや、全部下ろして欲しい。」声のトーンが少し落ちた声で呟いた。

「分かりました。」カナタは1つずつ丁寧に運び出す。客はその動作を描くためかのように目に焼き付けていた。その目線からまだ絵を描いていたかった思いが痛い程伝わってきた。

「これで全部ですね。」

「そうか、ありがとうな。…こんなに描いてたんだな。」暫く自分の作品を見ていなかったのだろう。

「そうですね。…この作品達はどうする予定ですか?」普通の代行人なら聞くのを避ける質問をカナタは迷わずした。2人の間には暫くの沈黙が流れる。客は躊躇った後に先程より少し張った声で答える。

「…捨てる。」

「え?」予想外の答えに純粋な反応が出てくる。

「そんな言い値で売れるような有名な画家じゃないんだ。趣味の範囲から抜け出せなかった。」こんなに繊細で綺麗な絵画を見ると客の話が過小評価にしか聞こえない。少しの沈黙も作らずにカナタは言葉を並べた。

「この絵達を僕が買い取っても良いでしょうか。凄く気に入ったんです。」今はもう胡散臭い男ではなくただの喜んでいる男だった。一方客は目をパチクリさせている。

「値段は貴方が言った値段で払います。」

「本気か?この絵を?」信じられていないようだった。

「はい、本気です。」

「なんもいらん。どうせ捨てるものだ。」少し引いた目線でカナタを見ている。

「いえ、払います。」なにがなんでも払いたいようだった。2人はお互いに一点張りだった。先に折れたのは客の方だった。今日の代金を受け取らないのと手持ちの十数万円を渡し絵の値段とした。


 「では、以上でサービス終了となります。カナハラさんありがとうございました。またのご利用をお待ちしております。」

「じゃあな。…この絵達に価値をつけてくれてありがとう。カナタって代行人は面白いな。」

「褒めていただけて光栄です。」カナタは自分の車に絵を乗せて会社に向かう。日はもうだいぶ傾いているようだった。会社までは30分程度あるので歌を溢して向かう。途中で色々な場所をつい寄って回ってしまった。


 日が傾き終えた頃会社に着いた。

「ただいま戻りました~。」迎えてくれたのは受付嬢だった。

「遅かったですね。夕方頃に仕事終わってるはずですが?どこほっつき歩いていたんですか。」いつも通りだが毎度聞いてくれる。

「…色々?そういや、ヴィンさんは?」

「社長なら第2代筆室にいますよ。」どこにいるのかもちゃんと把握しておいている姿は受付嬢の鑑だと思う。

「了解です。ありがとうございますリリカさん。」


 軽めのノックを3回鳴らして入ると奥の方に目当ての人がいた。

「ヴィンさんこんばんは。今お時間大丈夫ですか。」

控えめな声で聞いてみると顔をこちらの方に向けてくる。

「カナタ君、どうした?」万年筆を置いて体もこちらに向けてくれる。

「この会社に絵を飾りたいです。」唐突に言われた言葉に少しの間ヴィンは固まる。カナタはそんなのはお構い無しに話を続ける。

「今日のお客様が油絵を描く方だったんすけど作品を捨てようとしてて引き取ってきちゃいました。」カナタの謎の行動力には毎度驚かされる。

「それは、どんな絵ですか?」ヴィンはこの答えによって、いやどちらにせよこの会社のどこかに飾ろうとは思っている。

「風景画です、めっちゃ繊細なんすよ。ちょっと持ってくるんで見てもらえます?」今にも走り出しそうなカナタに着いていくようにヴィンも立ち上がる。

「運ぶの手伝うよ。」


 数日後。今日も変わらず客が来る。

「いらっしゃいませ。お客様、本日はどのようなご用件でしょうか。」受付嬢の明るい声が響くロビーにはいくつかの風景画が飾られている。常連客が受付嬢にロビーの装飾が変わったことを聞く。

「この風景画、とても綺麗ですね。ロビーの雰囲気も明るくなった気がするわ。これは、どなたの絵ですか?」受付嬢はにっこりと笑い答える。

「こちらは個人で絵を描いていた方の作品ですのでお名前はお答えしておりません。1つ言えることはうちの職員が偶然出会うことの出来た画家さんです。これはその方の画家人生最後の絵となってます。」

「まあ、そうなの。勿体無いわね。まだ画家のお仕事をしていたら依頼していたのに。」そう言いながら柔らかな笑顔を浮かべた。

「ええ、そうですね。」

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