第13話

「昨日は大変申し訳なかった。

 どうか、弟を助けてくれないだろう、か…?」


 ま、普通に考えてそうなるだろうな。


 昨日の俺は不機嫌だった。しかし、人ではないアメーバ的な生き物になったデメリットとも言えるし、メリットとも言える変化。まるで自分が何人もいるかのような感じで、不機嫌ではあっても、それとは別に冷静な自分もいた。それとは逆に怒り狂って発狂している自分も居たりするから、結局俺の内面が普通で人間だったとしても、今回の態度としては何も変わらなかっただろうけど。


 それでも眠りにつくまで終始不愉快・不機嫌をなんとか落ち着かせようと努力した。不治の病の弟がいるなんて普通に同情ものだし、力になりたいとも思ったから。

 だからなんとか落ち着かせて自分が今後どうなるかの予想をした。そしてその時自分がどう行動するかの予想も立てていた。


 メリット。

 デメリット。

 感情に理性。


 色々と要素を足しては多くの事を考えていた。


 その結果出た答え、それは、俺が俺の選択にホッと胸を撫で下せるものだった。


「それでいいのならそれで構わないよ。

 ただ、こちらの話を聞いて、貴女にも俺たちに話をして欲しい。簡単に言えば、俺たちは俺たちの事情をちゃんと話すから、情報をくれって事だけど…それでも良いかな?」


 声音は冷静。

 冷たくも無いし優しくもない口調になっていると思う。


 正直こんな時どうすれば、どう交渉すればいいのかなんて知らないわからない。今まで日本で生きて来た中でそんな経験は無いのだから当たり前なんだけど。


「ああ!それで構わない!」


 そして明らかに明確となったはずの俺とメルトレイさんの上下関係。

 俺たちが上で、メルトレイさんたちが下。多分そんな感じで今立場が決まってしまったと思う。


 俺たちも情報を貰うとは言え、絶対に必要な事でもないし、絶対にメルトレイさんたちでなければならない理由もない。だけど、メルトレイさんの要望であるレギメルドくんの治療は俺たちでなければならない。少なくとも今現状でわかっている範囲では俺たちだけが出来る事。この際確実に治せるのかどうかは脇に置いておく。


 改めて状況を俺なりに整理して見ると上下関係は決定している様に思う。頭を下げているし、感謝もしている。こちらの要望を飲み込んでもいる。だけど、自分が下であると思っている口調ではない。下手に出てゴマを擦っている訳ではない。


 彼女は今、どのように思っているんだろうか?


 別に敬われたいとか、崇めろとか、感謝にむせび泣けとは思わないけれど、ちょっと不思議に思う。どういう風に思っていて、どんな感情があるのか、この先をどう考えているのか。彼女の頭の中を覗きたい気分だ。


「さて、それじゃあ朝食…っと行きたいところではあるんだけど…」


 どうやらメルトレイさん。

 昨日あの後は何も食べる事無くそして布団も無いまま食堂で過ごしていたようだ。


 トイレはどうした?と割とこの場の清潔を保つために重要な事を思うけれど、ざっと見た感じそれらしき痕跡もない。いや、別にあって欲しい訳じゃないから安心以外の感情はないんだけど…自分でトイレにまで行ったのだろうか?

 案内が無いままにこの艦内を移動するのはあまりお勧めしない。別に警報システムが~とか、危険だ~、とかではないけど、単純に迷子になる。結構広いし、どこも同じ見た目をしているからね。通路も上に下に入り組んでるし、部屋数も相当あるからね。


「昨日はここで?」


「ああ。悪いとは思ったのだが、少し外の廊下?を見た感じでは迷子になりそうだったからな。大人しくここで待つことにしたんだ」


「まあ、放って置いたこちらが悪いとは思うけど…トイレとかどうしたの?」


「それは、だな。そういう活術があるので、な」


「なる、ほど?」


 え?それどんな活術??


「食事もとらなかったのか?」


「ああ。やり方も少し分からない部分があったのでな。分からないままに触っては不味いかと思ってやらなかった。幸い昼には醜態を晒す程に食べさせて貰っていたので、思ったよりも辛くなかった。と、言うよりもそれどころではなかったからな。色々と考えていて…」


 まあ、それもそうか…。


 俺が怒って出て行ったのでこの先に不安もあっただろうし、レギメルドくんも死んでしまう事になるだろうから、それは色々と考えるだろうし不安にもなるだろう。もしかしたら後悔とかもしていたかな?


「それじゃあ、まずはシャワーを浴びて、トイレも済ませてから食事かな?」


 俺たちは昨日の夜普通に過ごしたから綺麗な寝起きであるし、何ならちゃんとお客さんに相対する様に選んだ装備で身支度してるし、朝の身支度もちゃんとやってきた。けど、メルトレイさんは諸々出来てない。


「少し疑問なのだが、昨日の夜は貴方たちも食事をしなかったのだろうか?私はここに居たが誰も訪れて来なかったが…?」


「俺たちは何時もこの船の外で生活しているんだ。

 風呂もトイレも外にしかないから、自然と外で過ごした方が楽なんだよ」


「食事も外で?」


「そう。ここは普段あまり使わない」


「そうだったのか」


 外にはちゃんと家を建てたからね。普通の一般的な一軒家を。


 異世界なのにコレ?とは当初思ったけど、やっぱ文明的な意味でも文化的な意味でも利便性や快適さと言う意味でもあれが正解だった。ま、一般的な大きさよりも少しばかり大き目であるから、一般住宅と言って良いのかはわからんけど。


 そんな我が家に案内…するかぁ。

 本当はちょっと嫌だけど…。


 一度敵対した事で、俺たちと敵対する事はデメリットの方が大きいと理解はしてくれたはず。もしかしたらレギメルドくんの治療が終わり、完治した途端に「嘘だよ!ば~か!」と言われ、敵対し始める可能性もあるにはあるけど、もしそうなったら「もう激おこ!容赦しね~じょ!!」って感じになるだろう。その時になってみないとわからんけど。


 と想定してみるけれど、普通に考えて感謝してくれるのならそんな事にはならず、そのまま味方としていてくれるだろう。悪い場合でもアンタッチャブルとして俺たちの目の前から消えるだけ、になるはず。


 ってな訳で、サクッと我が家に案内しましょう。


 一応光学迷彩を搭載したバリアを我が家の周辺に展開しているし、そもそも道も含めて木々に隠してあるからバリアが無くても見えないけど。だから、ただただ【ラララ宇宙号】から出ただけでは普通目には見えない。


「ん?あちらではないのか?」


「あ~あっちは普段使ってないんだよ。あっちは昔使っていたものなんで」


「なるほど。道理で……」


 ふむ。何かしら昨日使った時に思った事があった模様。ま、明らかにちょっと埃を被っている感じに見えるからな。掃除をしようとしていたエルメリアを必要ないだろうとしなくていい様に俺が言ったので掃除もしていない。

 掃除せずに一月程放置されたほぼ小屋の建物。ま、普通に汚いわな。


「それで、どこに行くんだ?」


「あそこ」


「――――――?確かに道らしきものはある…気がするが…?」


 メルトレイさんが頭に『はてな』を浮かべているのは嬉しい限り。隠しているのが工夫がきちんと効果を発揮している事の証明となっている。


 森の中を川へと向かう一本道。

 これは非常に分かりやすく、一目瞭然のちゃんとした『道』。歩いて5分程度のところに風呂とトイレを用意してある。そこから川まで更に30分以上歩かなければならんけども…。


 一方我が家となる一軒家へと続く方の道はそれとわからない様にしてある。納得するまであの手この手を加えた部分ではあるが、結局は素人がした不細工な工夫。自分たちの手で作ったものを確認したらそれは例え多少不格好不細工でも「最高」と眼が曇っていても不思議じゃない。俺だって元人間だし、エルメリアたちだって今は人間なのだから。


 そんな「最高」と声を揃えた隠された道を不安と入り混じりながら案内した結果。『わからなかった』っと、それはそれは俺にとって最高に近いに賞賛の言葉です。


「うまく隠しているな。言われなければわからないだろう」


 ―――そうだった!

 見る人間も素人の可能性が高い事を忘れてました!


 ま、誰か他の人間が来るのも稀だろうからこれからも改良していけばいいか。あくまでも用心の為だしね。


「こっち」


「ああ」


 分かりづらくした道なき道を進んで3分。

 見えていないけど見えて来るのが我が家。


 築23日。

 家賃0円。

 庭付き二階建て。4LDK。家具家電付き。

 ガス光熱費、タダ。


 何と魅力的な物件だろうか!

 しかも、バリアが常時展開しているため、不審者や害獣の侵入は出来ない。更に光学迷彩を搭載したバリアなので周りの風景に溶け込み、完全に見えない様になっている仕様。変に何もない空間が広がる怪しい広場とかでもない!

 例え誰が来ても安全だね!


「ここだ」


「…ここ?

 ―――何もないのだが?……っ!まさか私をここで!?」


 え?

 は?

 なにを身構えてるんですか?


「何もしないっての」


「いや、しかし…」


 敵対もしたし、俺は一応見たくれは男だし、周りは何も無い森だからね。不安になるのも致し方なし?理解は出来なくはない。


 しかし、俺は別に性的な意味でも、暴行的な意味でも、襲う気はありません。


「ぽちっとな」


 バリアの光学迷彩を一時的に解除する為、持ち歩いていた小型の認識装置を起動。するとあら不思議。今まで森にしか見えなかった風景なのに、目の前の森は一部が消えてなくなり、代わりに我が家が姿を現した。


「っ!?」


「ようこそ。マイホームへ」


 驚いてくれるのは嬉しいね。

 これも何気に苦労した。


 光学迷彩搭載のバリアは存在はしていたけど、サイズが人一人を包める程度のものしかゲームには存在しなかった。いや、厳密に言えば宇宙船には搭載してあるけど、それは別。

 その機能を持っているパーツがどこに付けられているのか全く分からんからノーカン。


 この家を用心のために隠そうとして、いの一番に思い浮かんだのは【ラララ宇宙号】にも搭載してあるものだけど。それを取り外した場合【ラララ宇宙号】のバリアが当然使え無くなる事を懸念。今は飛べないただの建造物でしかないけれど、今は外すべきではないと判断。


 仕方なく防具に同じバリアが搭載してあるものを解析して、新たにゲームには存在しなかったアイテムを作成した。


 これはロコンの手柄。マジで頑張ってくれました!しかも数日でとかどんな頭をしていらっしゃるのでしょうかね?


 俺は新たに知らないアイテムを作ると言う発想は出てこなかった。疑いもなくゲーム内に存在した物しか作れないと思い込んでいた。


「これ、は…」


「さ、どうぞ」


 発想し、必要な技術を解析・開発したロコンと、新たに『アイテム』として創造したエルメリアに感謝を改めて思い浮かべつつ、玄関ドアを開け、メルトレイさんを案内。


 呆けながらも付いて来てくれたのを確認して、靴を脱がせ、スリッパを履いてもらった。案の定そのまま中に突撃しそうだったのを止めたのは我ながらファインプレイだろ?


「おかえりなさいませ」


「エル。メルトレイさんをバスルームに案内して、シャワーを浴びて貰ってくれ。それから使い方も説明してあげて」


「サー。

 メルトレイ様。こちらです」


「あ、ああ」


 さて、後は朝食の準備すればいいかな。


「あ、エル。トイレの場所と使い方も教えといて~」


「サー」


 さてさて、何作ろっかね~。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「弟はまだ目覚めないのだろうか…?」


「それはちょっとわからないんだよね…」


 ホント。

 素人でしかない俺も疑問に思っています。【回復薬】で目が覚める程度には治療出来ているはずなのに、何故か目覚めない。


「恐らく、今まで寝たきりであり、意識が無かったため、一種の脳の誤作動、若しくはに時間がかかっているのだろう。心配せずともその内目が覚めると思われる。残念ながらいつ目が覚めるかはわからないが…」


 今回の検査も問題なく、昨日までと変わらない症状だった。目が覚めておらず、食事によって栄養補給が出来ていないので変わらず【医療用レーション】を与えているけど、いい加減目を覚ましてほしい。【医療用レーション】ってそこそこ高級品だったし、今はもう買う事が出来ない貴重品なんだ。多分作る事は現実となった今、可能ではあるだろうけど、作り方知らないのよ。

 劣化版ならレシピにあるけど、それを使ってもし効果が足りずに死んだら困るし。どうせならやりすぎが一番いい、はずだから…早うお目覚めなさいな。勿体ないとは言わないけどね。ちょっと、ね?


 うん。よろしく頼むよ?


「……わかった」


「さて、朝の検査も終わったし、話しを改めて始めたいんだけど…どう?」


「…ああ」


 改めて話を始めるには、俺が人間じゃない事を初めに詳しく話す方がいいだろうね。そんで、そこから俺たちがこの世界じゃない違う世界からやって来た事を話す。当初予定していた話す内容の順番が変わっただけで、こっちの行動はそうは変わらん。


 という事で、それらの話が終われば当然この世界の話になって来て、気になって仕方のない活術についてもう少し根掘り葉掘り聞く事も出来る。……ってか、先にその話をするか?正直気になり過ぎで他の話が頭に入ってこない可能性がある!


「話をするにしても場所を移動しようか。ここじゃゆっくり出来ないしね」


「わかった」


 レギンメルドくんの監視…?いや、観察?はエルメリアが医務室にあるあれこれでしてくれるから、気にせず行きましょ。


 すぐに目が覚めるさ。

 俺が聞きたい事、この世界の情報で聞いておいた方が良い事なんか色々とある話を聞き終えるかも怪しい。多分それくらい簡単にあっけなく目覚めるだろう。


 多分ね。


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