第2話 5年後

「俺は何のために生きているのだろう?」


 板の間に敷かれた布団の中で、太郎は自問自答を繰り返していた。

 今年で十八になるこの男には、自分の生きる意味が見い出せないでいたのだ。

 太郎の父は小さな土地を治める領主で、太郎もいずれその後を継ぐことになっていた。


 元服を目前とする十二の頃まで……


 その年、大きな戦があり、父は亡くなり、太郎は母に連れられ住み慣れた館を逃げ出した。だが、行く宛のない逃避行の末に路銀が尽きてしまう。もはや飢えて死ぬしかないと思っていた時、太郎は川で溺れていた少女を救った。

 その少女は、近くの村の庄屋の娘であった。娘を助けてもらった庄屋は大変喜び、行く当てのない母子にこの村に住む事を許したのである。

 村の一角にある空き屋を宛がわれ、その日から母子は近くの荒れ地を耕して暮らすようになった。しかし、元々武家の娘であった母は、慣れぬ畑仕事で次第に衰弱していく。そして三年前に病でこの世を去ってしまった。

 母を亡くした悲しみから、太郎はすっかり塞ぎ込んでしまい、畑に出ることもなくなり家に閉じこもるようになったのである。

 最初のうちは村人も同情していたが、そんな状態が一ヶ月も続くと次第に村人もあきれ果てて、誰も相手にしなくなっていった。


 太郎が閉じこもるようになって三年目の年、村は酷い日照りに襲われた。もう何十日も雨は降らず、水源のため池もすっかり枯れ果ててしまった。近くの川には水が流れていたが、村よりもかなり低いところを流れており、そこから水を引くには大変な労力が必要であった。

 だが、太郎はそんな事などお構いなしに、ごろごろと寝ころび、生きる意義について思索していた。

 もちろん、こんな事を続けていれば何れは飢え死にするはずである。

 しかし、太郎が引きこもってから三年間、毎日欠かさず庄屋から握り飯が届けられていた。そのおかげで辛うじて命をつないでいたのである。

 太郎はおもむろに布団の脇に置いてあった短剣を手に取って眺めた。

 館から逃げ出す時もってきた物だ。なんでも、先祖がスサノオの尊から賜ったと言い伝えられた宝剣である。

 言い伝えよれば、スサノオの尊からはこの宝剣を賜る時に、ヤマタノオロチの眷属を討伐する事を命じられたとか。

 スサノオの尊がヤマタノオロチを退治した後、その眷属の大蛇神達が日本中に散って隠れ住んでいるらしい。この宝剣には、大蛇神を滅ぼす力があるらしい。

 もちろん、太郎はそんな昔話など信じてはいなかった。

 信じてなどいなかったが、燃え盛る館から逃げ出す時に、祖父から『おまえは落ちのびよ。そしてその宝剣で我が一族の使命を果たせ』と言われてこの宝剣を手渡された。


「こんな事なら、逃げるべきではなかった。母だけ逃がして、館で討死するべきだった」


 おおかた祖父は、自分を逃がすために、とっさにそんな話をしたのだろう。


「こんなの、ただの刀だ。特別な力などあるものか。俺は祖父殿に騙されたのだな」


 太郎が呟いたその時。


「太郎さん!!」


 突然、扉が開き若い娘が太郎のあばら家に駆け込んできた。

 庄屋の娘の依織いおりである。

 寝ていた太郎は突然腕を掴まれ引き起こされる。


「どうしたんです? お嬢さん」

「逃げるのよ」

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